1. 研究概要

編み物の構造は、デジタルな表現、すなわち0と1によって表すことができる。編み目がある部分を1、編み目がない部分を0とするのである。これは、編み物の、編み目という離散的な要素の集合によって全体を構成しているという特徴によるものだと言える。
本研究では、この編み物の離散的な性質を密実な(中身の詰まった)立体物に応用する手法を考案した。密実な立体物を「編む」ことができれば、従来編み物の対象とはならなかった「かたいもの」に、編み物の持つ可逆性、更新可能性、再現可能性を付与することができるはずである。

2. 研究成果

3次元メリヤス編みの考案

本研究が目標とするのは、編み物による密実な(中身の詰まった)立体物の造形である。従来の編み物は「面」をつくるものであり、編み物自体に「中身」という概念はなかった。編み物に「中身」があるとしたら、「あみぐるみ」の綿などということになる。編み物は「面」を構成する造形手法だったからこそ、そのなかに身体を通す衣類などがその対象となってきたのである。
この研究では、編み物の構造で密実な立体物を構成する方法を考えることで、編み物がいままで対象としなかった「かたいもの」を造形することを目的としている。「かたいもの」を編み物で構成することができれば、その「かたいもの」も、通常の編み物でつくられたものと同様、ほどいて元に戻したり、戻したところから別の編み方をしたりということができるはずである。
この目的を達成する方法を考案するにあたって、3Dプリンタのしくみを参考にした。3Dプリンタは、立体物をスライスし、スライスしてできた面を重ねることで立体造形を行っている。これと同様、面を構成する編み物を積層させて、立体造形を行う方法を考えた。

メリヤス編みの裏地

考案したのは、メリヤス編みの裏地を用いることだった。上図の赤い部分にさらに糸を通すことで、高さを出していく。図示すると、下図のようになる。この手法を3次元メリヤス編みと名付けた。

3次元メリヤス編みの手順

3次元メリヤス編みで任意の3次元形状を編む

3次元メリヤス編みで任意の3次元形状を編むために、3次元形状から編み図を生成するソフトウェアを作成した。このソフトウェアは、筆者の指導教員である田中浩也の制作したソフトウェア(Voxelize, Computational Fabrication)を改変してつくった。STLファイルを読み込み、voxelizeというボタンをクリックすると、メッシュデータがボクセル化される。ここでキーボードの「s」を押すと、ボクセル化された3次元データが0と1のテキストデータとして保存される。これを編み図として編んでいく。

3次元データ読み込み

3次元データのボクセル化

生成された編み図

以下は、実際に3次元メリヤス編みを用いて編んだものである。ロープはポリエチレン製のものを用いた。ロープによる編み物は、同じ田中浩也研究室の深井千尋の強力による。

Stanford Bunny

正四面体

立方体

いす

なお、3次元メリヤス編みを編むようすを動画でまとめている。




また、3次元メリヤス編みの可逆性を示すために、ロープで編んだ立方体をほどいた。そのようすを下の動画でまとめている。

3次元メリヤス編みの機械化

最後に取り組んだのが、この3次元メリヤス編みの機械化であった。いくつかの試作を行なったものの、実際に編める機構をつくることができなかった。以下は複数の試作のうちの2つの例である。この機械化という目標は、今後の課題となる。

試作機1

試作機2

3. まとめ

本研究は、密実な立体物を編むという目的のため、3次元メリヤス編みという編み方の考案、またそれを用いて任意の3次元形状を編むためのソフトウェアの制作を行なった。さらに、この3次元メリヤス編みの機械化に取り組み、複数の試作を経たものの、実際に機械化するには至らなかった。この機械化が、今後の課題となる。
本研究は、2013年度森泰吉郎記念研究振興基金の支援によって遂行することができた。研究育成費は主に機械化のための試作に使用した。森泰吉郎記念研究振興基金と基金を運用して頂いた慶應義塾大学湘南キャンパス研究支援センターのみなさま、ありがとうございました。