1. 研究背景

コンピュータのデジタル情報と人間のインタラクションを考える上で、画面の存在は常にその制約となってきた。画面の中に存在する情報を、人間は画面の外側からインタフェースを駆使してそれらを操作するという関係が一般的である中で、近年では、その制約を取り払おうとする取り組みも盛んになってきた。一般的に、画面の中の情報は容易に動的な変化を見せるが、画面の外側に存在する身近な物体の多くは静的であり、不変である。プロジェクションマッピングと呼ばれる映像投影重畳などにより、あたかも実世界の物体が動的に変化しているかのように見せるアプローチも盛んに行われるようになっているが、より直接的にユーザにフィードバックや情報を提示するために物体そのものの動きを制御しインタラクションを可能にする研究が注目を集めている。
物体そのものを操作する手法は、大きく二つのアプローチの研究に大別できる。一つはモータなどのアクチュエータを直接的に物体に埋め込む手法(直接駆動)である。しかし、この手法では、導線や基板などによって、サイズや形状の問題など物体に物理的な制約を設けてしまうことが考えられる。もう一つのアプローチは、動かされる物体には何も組み込まずに、外力によって物体に動力を与える手法(間接駆動)である。このアプローチでは、物体に直接的な加工を施す必要性がないために、物体の特性を損なうことなく扱うことが可能であるが、物体の形状や特性などを考慮しながら適切に外力を与える必要がある。

2. 研究目的

申請者はこれまでにも後者の間接駆動のアプローチを採り、物体そのものの特性を引き出しながらインタラクティブに動きをつけるシステム (tamable looper(図1))の提案を行ってきた。しかし、そこには実世界ならではの制約として「重力」の問題が付きまとい、基本的には地面に接地した状態での動きに留まっていた。そこで今回は、間接駆動の方式を採りながら、身近に存在する物体の粒を空中に浮遊させた状態で移動させる手法を提案し、人間とのインタラクションを含め、その粒子の動きを通した応用表現を行うことを目的とした。
具体的には、超音波振動子アレイを用いて音響浮揚によって粒子を空中に保持し、さらに水平方向の位置をコントロールする。本手法によって、浮遊された粒子が空中で小刻みに振動しながら漂うという独特の振る舞いに注目し、あたかも小バエのような「生き物感」を伴う表現を制作し、本作品を「lapillus bug」(図2)と名付けた。


図1: tamable looper


図2: lapillus bug

3. 主なスケジュール

上述で述べたtamable looper及びlapillus bugを実装・評価するとともに、その成果を発表することに取り組んできた。具体的なスケジュールについては下記の通りである。
6月 SIGGRAPH Asia 2013 Art Gallery Submission
7月 日本バーチャルリアリティ学会論文集照会
8月 エンタテインメントコンピューティング2013原稿投稿
9月 第17回文化庁メディア芸術祭投稿
10月 エンタテインメントコンピューティング2013 参加 @香川県高松
11月 SIGGRAPH Asia 2013 参加 @香港灣仔
       ORF 2013 出展 @六本木ミッドタウン
12月 JST-CREST x Miraikan Open Lab 2013 出展 @未来館
2月 第17回文化庁メディア芸術祭受賞作品展出展 @国立新美術館

4. 主な成果

tamable looper及びlapillus bugを実際に上記のスケジュールに基づき発表してきた。その結果下記のような成果を達成することができた。
・SIGGRAPH Asia 2013 Art Gallery 採択
・日本バーチャルリアリティ学会論文集 VOL18 NO.3 「アート&エンタテインメント3」採録
・エンタテインメントコンピューティング2013 論文賞受賞
・第17回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品選出

またlapillus bugについては、複数の展覧会を通して浮遊している黒い直径約2mmのほどの発泡スチロールを展示し、鑑賞者にはレーザーポインタで光を当てると任意に粒子を操ることのできるインタラクションを提供してきた。実際の鑑賞者の反応としては、「生きているみたい」「本物のハエがいるのかと思った」「何かいる」「気持ち悪い」などといった本物の生き物を見たときと同様な感想が得られた。(図3)さらには「この揺れ具合が良い」「この震えている感じが面白い」といった感想も得られ、今回着目した粒子が小刻みに振動しながら漂う振る舞いからも生き物らしさ、面白さが生じたものだと考えられる。
インタラクションを体験した鑑賞者は、周囲に散乱する残飯に向かわせようとしたり、レーザーポインタを使用して素早く前後左右に動かしたり、その生き物としての振る舞いを楽しんでいた。また、素早くレーザーポインタを動かして、粒子の追従が遅れる様子を見て、「一生懸命追いかけている」「かわいい」などの感想が聞かれた。
一方で、浮遊原理に関心を示す鑑賞者が非常に多く、「ものが浮いているということだけでも魅力的」といった感想もあったように、物質が重力に捕われず実世界の三次元空間上で浮いている状態そのものが魅力的であったと考えられる。


図3: 第17回文化庁メディア芸術祭受賞作品展

5. 今後の展望

今後は展示などで得られたフィードバックを元に、別の素材と別のアクチュエーション手法を用いた表現について検討する。具体的には、これまでは磁力や超音波を用いて、物質に動力を与えてきたが、振動や静電気力などの他の動力源を、紙や泡、糸などの身の回りの素材と組み合わせていくための実験を行う。
無機質な物質に、外力による間接的な制御を加え、動力を与えることを通して人間が見出すことのできる物質の特性を表現し、作品を制作していく。