幼児における色語彙システムの獲得過程結果
政策・メディア研究科
認知・意味編成モデルと身体スキル
修士2年 大石みどり
研究の目的
語の意味は,他の語との関係の中で成立する(Lyons,1977; Saussure, 1916/1983)。例えば、黄色という言葉を使用するには、黄色とオレンジの境界線がどこにあるかを知っている必要がある。子どもがある語を獲得するということは、ある語とある語の関係、つまり、母語の意味の体系を獲得することだといえる。しかし、これまでの語彙獲得研究では、このような意味の体系を学ぶという視点から語彙獲得は殆ど検証されてこなかった(Saji, Imai, Saalbach, Zhang, Shu & Okada, 2011)。この観点から考えると、ある色語の典型色を理解しているだけでは子どもが色語を獲得したということはできない。そこで、本研究では、多数の色刺激を用いて、子どもがどのような過程を経て、大人の色語彙体系に近づけていくかを検証した。
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調査対象
本調査では、子どもがどれくらい大人と同じように色の名前を理解しているのかを調べるため、大人と子どもの両方で調査を行った。大人は大学生、大学院生あわせて15名、子どもは、東京、神奈川の幼稚園、保育園で調査に参加して頂いた、3歳20名、4歳18名、5歳~6歳前半19名が参加した。
実験1大人と子どもはチップをどのような色のグループに分けるか
まず、下の写真のように、93色の色チップを大学生、子どもに見せた。その後、「赤知ってる?赤どれかな?他にも赤はあるかな?」と尋ね、子どもがどのチップを「赤」と考えているかを調査した。同じように、「白、黒、赤、黄、緑、青、茶、紫、オレンジ、ピンク、灰色」についても子どもに尋ね、子どもがこれらの色名の範囲をどのように理解しているかを調査した。
グループ分けの例
実験2:大人と子どもはどのような色の名前でチップを呼びわけるか
調査@で使用した93色の色チップを一枚ずつ見せ、自由にその色名を答えさせた。大学生、子どもが、どのような色の名前を用いてチップを呼び分けているのかを調査した。
☆調査@の結果:大人と子どもはチップをどのような色のグループに分けるか
色のグループ分けの課題では、参加者に、調査者が指定された色名を分類してもらいました。子どもがどのように色を分類するか、考えられる可能性は3つ存在する。
◇予想
@完全にバラバラに選んでしまう:例:赤と言われて赤の刺激、黄色の刺激、青の刺激、黒の刺激など範囲に関係なく選択
A選ぶ範囲が大人と完全に異なる:例:赤と言われて大人なら紫を選ぶ範囲を選択
B大人とほぼ同じ範囲を選択するが少しずれる:例:赤と言われて大人と同じ範囲の部分を選びながらも他の部分も選択、あるいは大人よりも選ぶ範囲が狭い
◇結果
3歳から5歳~6歳前半を通して@のようにある色名を指定されて、全く違う色のチップをバラバラに選択する子どもは殆どいなかった。このことから、少なくとも3歳の時点で、子どもは色名がグラデーションのある範囲を示すことを理解していると考えられる。
また、クラスター分析の結果、3歳でも、色表の中から色を選ぶこの課題では、「灰色」、「茶色」などの一部の色名を除きBのように、少しの「ズレ」は見られるもの、大人と同じ範囲を選べることがわかった。この時の範囲が大人と「ズレる」幅が一番大きいのは、意外なことに4歳であった。考えられる可能性として、4歳が、3歳より多くの色名を知っているであろうことが挙げられる。
「灰色」や「茶色」については、3歳の子どもでは、Aの反応を示すケースが多数見られた。つまり、3歳の子供は「灰色知ってる?」と尋ねられると、「うん」と答えるものの、実際に選んだ範囲は大人の「灰色」とは全く重ならないのである。また、3歳、4歳の子どもは実際にはその色名をよく理解していない時にもその色名を知っていると答えるのに対し、5歳〜6歳前半は、範囲に自信がない色名に対してはっきりとその色名を知らないと答える傾向が見られた。
☆調査Aの結果:大人と子どもはどのような色の名前でチップを呼び分けるか
色のグループ分けでは、子どもたちは色表を見ながら色チップを選ぶ事が出来た。しかし、ある色を見て自分でその色の名前を言おうとする時、子どもは自分で、一番その色にあった色名を考えなければならない。
では、子どもが色の名前を大人と同じように答えるためには、色名に対するどのような理解が必要だろうか?単にその色の名前を知っているというだけでは、大人と同じように色の名前が使えるとはいえない。大人と同じように色名を使うためには、まず「赤」の中でも、もっとも「赤らしい赤」はどのような色なのか、典型的な「赤」い色を理解しなければならない。また、「赤」の色が指す範囲がどこからどこまでなのか、「黄色」や「オレンジ」との境界線はどこなのかを知る必要がある。
調査Aでは、子どもが1.色名を知っているか、2.その色名の典型を大人と同じように理解しているか、3その色名の範囲が大人と同じように理解できるか、という、3つの視点から分析を行った。
以下の表は1.色名を知っているか、2.その色名の典型を大人と同じように理解しているかを調べた結果のまとめである。
○がその年齢で多くの子どもが答えた色名、△:その年令で半分以下しか答えなかった色名、×:その年令のほとんどが答えなかった色名である。
表1
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3歳 |
4歳 |
5歳〜6歳前半 |
1. 色名を知っているか
各年齢が 答えた色名の具体例 |
白○、黒○ 赤○、黄色○ 緑○、青○ 茶色○、ピンク○ 紫○、オレンジ○ 灰色× |
白○、黒○ 赤○、黄色○ 緑○、青○ 茶色○、ピンク○ 紫○、オレンジ○ 灰色×、 |
白○、黒○、 赤○、黄色○、 緑○、青○、 茶色○、ピンク○ 紫○、オレンジ○ 灰色△、 |
2. 典型色を 知っているか
典型色チップの 色名を正しく言える |
白○、黒○ 赤○、黄色○ 緑○、青○ 茶色△、ピンク○ 紫△、オレンジ○ 灰色× |
白○、黒○ 赤○、黄色○ 緑○、青○ 茶色○、ピンク○ 紫○、オレンジ○ 灰色× |
白○、黒○、 赤○、黄色○、 緑○、青○、 茶色○、ピンク○ 紫○、オレンジ○ 灰色△ |
この結果から、3歳の子どもでも、灰色以外の10色については少なくともその色名を知っていると考えられる。しかし、3歳ではその名前を知っているにも関わらず、いざ「茶色」や「紫」の典型的な色のチップを見せられても、正しくその色名を答えることはできない。また、どの年齢の子どもでも、「灰色」は最も苦手とする色名であることが伺える。
そこで、「灰色」についてよく知らない子どもたちが、白、灰色、黒(この三つの色を無彩色と言います)について、どのように捉えているのかを詳しく分析した
まず、3歳の子どもは灰色という色名を知らない。その結果、無彩色の範囲を以下のように「白」と「黒」と言う色名で二分する傾向があった。
3歳の解答例
4歳の子どもは3歳と同じく、「灰色」という色名そのものをあまり知らない。しかし、灰色のチップを見せられた時の4歳の子どもの回答は3歳の子どもと異なるものだった。具体的には、灰色チップの一部について、「茶色」と答えるケースが非常に多くみられた。興味深いことに4歳の子どものほとんどは茶色の典型色刺激を見せられた時に、きちんと「茶色」と答える事ができる。それにもかかわらず、灰色のチップに対しても「茶色」と言ってしまうということは、子どもが典型色についてその色名を正しく言えたとしても、まだその範囲までは大人と同じとはいえないことを示しているといえる。
4歳の解答例
5歳〜6歳前半の子どもは、4歳と違い、灰色の部分に対して、また「茶色」などの典型色を理解している色名を用いることもあまりなかった。一部の子どもは「灰色」や「ねずみ色」と言った正しい色名を使い始め、また灰色やねずみ色ではなかったとしても、「シルバー」や「ぞうの色」といった色名を用いている。しかし、大人と異なり、白と黒の間の全ての色についてそうした無彩色の色名を答えるということはなく、まだ「灰色」に該当する範囲が大人よりも狭いという傾向が見られた。。
5歳の解答例
☆結果のまとめ
今回の調査で分かったことは主に4つ挙げることができる。
@ 3歳以上の子どもは色名がグラデーションのある範囲を示すものであることは理解している。
A 典型的な色をみて、その色名を正しく答えられても、例えば「茶色のように」その色名の範囲までを大人と同じように理解しているとは限らない。
B色の範囲を理解するために子どもはまずは大まかな色名であたりを付け(例えば白や黒など)、その後他の語(茶色や灰色)を用いて、試行錯誤をしながら細かく言い分けを習得する
C 正しい色名を知らない色に遭遇した時、子どもはまだ自分の中で、正しく理解しているという自信がない色名(例えば茶色)を答えようとする傾向がある。
☆今後の課題
今回の分析では色名の範囲については、主に無彩色に関して分析しました。今後、他の色名の範囲についても分析を行っていきたいと考えています。
平成26年2月
慶應義塾大学政策メディア研究科修士2年 大石みどり
moishi@sfc.keio.ac.jp