2013年度森基金研究成果報告書

研究課題名:協同調理における多人数インタラクションの秩序の解明
研究代表者:坂井田瑠衣(政策・メディア研究科修士課程2年)

1. 研究背景と目的
 複数人で食卓を囲む行為は「共食 (きょうしょく)」と呼ばれ脚光を浴びている.「飲みニケーション」という俗語が示すように,飲食しながら会話する行為が組織内のよりよい対人関係を作る役割を果たすことは,多くの生活者の直感と合致する.しかし,その相互行為上のメカニズムはほとんど明らかにされていない.
 たびたび共食の献立として選ばれやすいのが,鍋料理に代表される協同調理table cooking (Sakaida et al., 2013) を伴う食事である.近年,共食場面のインタラクション分析が盛んになってきた (e.g. 武川, 2011) が,協同調理を伴う食卓のインタラクションを分析対象とした研究事例はほとんどない.本研究では,協同調理を伴う共食場面を事例として,食卓における身体動作を伴う多人数インタラクションの秩序を映像分析により解明することを目的とする.
2. 分析方法
 協同調理がもたらすインタラクションの秩序を,多人数インタラクション分析 (坊農・高梨, 2009) の手法により明らかにする.多人数インタラクション分析とは,3人以上の参与者間で生じるインタラクションの様子を映像や音声に収録し,微細に分析することで定量的/定性的知見を得る分析手法である.従来,インタラクションの分析手法は言語学の談話分析や社会学の会話分析が基盤を作ってきたが,近年はそれらに加えて認知科学や人工知能なども含めた分野横断的な分析手法として,多人数インタラクション分析という手法が確立されつつある.
 なかでも,言語/非言語の複数モダリティ間の相互作用に焦点を当てて分析する手法は,マルチモーダルインタラクション研究 (e.g. 片岡, 2011; 榎本他, 2013) と呼ばれる.多人数インタラクションには,発話の内容,時間,回数などの発話に関する変数に加え,ジェスチャーや視線,姿勢,身体の向きなどの非言語的変数が多分に介入する.本研究では,調理動作と発話という複数モダリティの共起関係を定量的に示した後,エスノメソドロジーを基盤として発展してきた会話分析 (e.g. Sacks et al., 1974),McNeil (1992) やKendon (2004) により確立されてきたジェスチャー分析の手法を用いて,事例のマイクロ分析により0.1秒単位の時間的関係を明らかにすることで,協同調理における多人数インタラクションの秩序を解明する.
3. 分析結果
 特にもんじゃ焼きの調理過程において,「阿吽のインタラクション」と呼ぶべき相互行為が多発していることが明らかになった.阿吽のインタラクションとは,互いの身体動作から意図や感情を察知し,それに沿うような反応を返すことで息がぴったり合ってしまう現象である.もんじゃ焼きの協同調理において,阿吽のインタラクションを成立させるために人々が無意識下で運用している相互行為の秩序を解明した (坂井田, 2014; Sakaida et al., in press).
 「調理中に無音区間や発話のオーバーラップが増大する」という定量的分析結果を発端とし,会話と調理動作の定性的マイクロ分析により,以下の3種類の場面における阿吽のインタラクションを明らかにした.
(1) 身体の相互参照により調理局面変化が達成される場面では,互いの身体動作が投射 (Sacks et al., 1974) する調理局面の移行タイミングを見計らって,極めて効率的な調理局面の移行を達成していたことを示した.効率的な局面移行の結果,2者間における調理動作の同期現象 (城・細馬, 2009) も観察された.
(2) 音声発話が身体動作により代替される場面では,身体動作という視覚メディアに特有の「時差」が連鎖組織 (e.g. Schegloff, 2007) の成立に関わることを論じた.時差によるトラブルを防ぐために微調整が行われたり,音声対話ならば問題化されるべき現象が時差によって回避されたりすることを示した.
(3) 発話のオーバーラップが放置される場面では,ふつう回避されるべき (Sacks et al., 1974) 偶発的オーバーラップが調理への従事の優先性によって放置される事例,円滑な調理遂行のために調理方法の教示が協同で行われて (Hahashi, 2003; Toyama et al., 2011) オーバーラップが発生する事例を示した.
4. 研究の意義・独自性
 これまでのインタラクション研究は,その多くが発話による明示的な伝達行為を伴う相互行為 (狭義のコミュニケーション) を扱ってきた (木村, 2003; 高梨, 2010).狭義のコミュニケーション概念には,聞き手に対する伝達意図やアドレス行為の存在が前提とされる (Grice, 1957).しかし,阿吽のインタラクションにおいては,伝達意図やアドレス行為が希薄化したがゆえの高度なやりとりが観察され,相互行為の研究対象として興味深い.本研究は,互いの身体が観察可能な状態 (Goffman, 1963; 高梨, 2010) にあるからこそ生じうるインタラクションの秩序を解明するものであり,今後のインタラクション研究の探究対象を拡張する糸口になるものである.また,昨今の知能研究分野においてその重要性が叫ばれている「身体性」を論じる例題としても意義深い.
5. 参考文献
1. 坊農 真弓・高梨 克也 (編) (2009). 『多人数インタラクションの分析手法』. オーム社.
2. 榎本 美香・相川 清明・飯田 仁 (2013). 『マルチモーダルインタラクション』, メディア学大系, 4, コロナ社.
3. Goffman, E. (1963). Behavior in Public Places: Notes on the Organization of Gatherings. The Free Press. (丸木 恵祐, 本名 信行 (訳) (1980). 『集まりの構造―新しい日常行動論をもとめて』. 誠信書房.)
4. Grice, H. P. (1957). Meaning. The Philosophical Review, 66(3), 377-388.
5. Hayashi, M. (2003a). Joint Utterance Construction in Japanese Conversation. John Benjamins Publishing Company.
6. 城 綾実・細馬 宏通 (2009). 多人数会話における自発的ジェスチャーの同期. 『認知科学』, 16 (1), 103-119.
7. 片岡 邦好 (2011). 語用論研究の新たな展開, 『日本語学』, 30 (14), 137-139. 明治書院.
8. Kendon, A. (2004). Gesture: Visible Action as Utterance. Cambridge University Press.
9. 木村 大治 (2003). 『共在感覚 ―アフリカの二つの社会における言語的相互行為から』. 京都大学学術出版会.
10. McNeill, D. (1992). Hand and Mind: What Gestures Reveal about Thought. University of Chicago Press.
11. 武川 直樹・徳永 弘子・湯浅 将英・津田 優生・立山 和美・笠松 千夏 (2011). 食事動作に埋め込まれた発話行動の分析 〜3人の共食会話のインタラクションの動作記述〜. 『電子情報通信学会論文誌』, J94-A (7), 500-508.
12. Sacks, H., Schegloff, E. A. & Jefferson, G. (1974). A simplest systematics for the organization of turn-taking for conversation, Language, 50 (4), 696-735. (西阪仰 (訳) (2010). 『会話分析基本論集―順番交替と修復の組織』. 世界思想社.)
13. Schegloff, E. A. (2007). Sequence Organization in Interaction: A Primer in Conversation Analysis, 1. Cambridge University Press.
14. 高梨 克也 (2010). インタラクションにおける偶有性と接続. 木村 大治・中村 美知夫・高梨 克也 (編) (2010). 『インタラクションの境界と接続 ―サル・人・会話研究から―』, 39-68. 昭和堂.
15. Toyama, E., Kikuchi, K. & Bono, M. (2011) Joint Construction of Narrative Space: Coordination of gesture and sequence in Japanese three-party conversation. In Proceedings of International Workshop on Multimodality in Multispace Interaction (MiMI2011) hosted by the third JSAI International Symposia on AI (isAI2011).
6. 関連発表
[学術論文]
1. Sakaida, R., Kato, F. & Suwa, M. (in press). How Do We Talk in Table Cooking?: Overlaps and Silence Appearing in Embodied Interaction. New Frontiers in Artificial Intelligence: JSAI-isAI 2013 Revised Selected Papers, Springer Verlag.
[国際会議発表]
1. Sakaida, R., Kato, F. & Suwa, M. (2013). How Do We Talk in Table Cooking?. In Proceedings of the International Workshop on Multimodality in Multiparty Interaction (MiMI2013) hosted by the fifth JSAI International Symposia on AI (isAI2013), 52-63.
[国内学会発表]
1. 坂井田 瑠衣・加藤 文俊 (2013). 会話と並行する身体動作がコミュニケーションを規定する ―お好み焼きの協同調理を介した食卓におけるコミュニケーションの分析―. 『第27回人工知能学会全国大会論文集』, 3G3-OS-12a-2.
2. 坂井田 瑠衣・福士 知加・諏訪 正樹 (2013). 多人数インタラクションにおける「話したい」 の発露 ―参与者固有の非言語行為が醸し出す発話欲求による駆け引きの分析―. 『日本認知科学会第30回大会論文集』, O5-3, 112-121.
[学位論文]
1. 坂井田瑠衣 (2014). 『阿吽のインタラクション ―身体性が生む相互行為の秩序―』, 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科2013年度修士論文.