2013年度 森泰吉郎記念研究振興基金 成果報告書

 

課題名(旧)

「エジプト民主化革命と対イスラエル外交」

ムバーラク体制崩壊後のエジプトにおける外交政策決定過程に関する事例研究

課題名(新)

「アラブの春」に見る革命運動の発展過程における国際要因(仮題)」

―「革命の輸出屋」CANVASとエジプトの「4月6日運動」との関係を事例に―

 

野原 直路

政策メディア研究科修士 1

 

 

 

目次

 

 

1.          活動概要

2.          活動スケジュール

3.          エジプトにおけるフィールドワークの報告

4.          「地域戦略研究(イスラーム圏)」発表の報告

5.          経理報告

6.          活動成果と今後の予定

 

 


1.活動概要

 

(1)研究テーマの変遷

 

 今学期は、エジプト情勢に翻弄された学期だった。研究のテーマは、以下のように変遷した。

@ ムルシー政権の外交戦略について(Diversion Theory の検証)

→事実上のクーデターにより研究続行不可能に。

A ムスリム同胞団の外交戦略について

→強制排除による同胞団の影響力低下、ならびに活動禁止令により研究続行困難に。

Bエジプトの革命運動組織「4月6日運動」に、東欧の「色の革命」で登場した革命運動組織「CANVAS」が与えた影響について

 →現在のテーマである。両運動は同じロゴマークを採用しており、過去に接触が行われたことが確認されている。ある民主化(革命)運動が、10年近い時間を隔て、異なる地域に影響を及ぼした事例の研究は少ない。この事例の研究を通じて、既存の革命運動の波及モデルに、何らかの新しい示唆を与える可能性がある。また、エジプトの革命運動が有していた思想や特徴、および活動が分裂・弱体化していった経緯への理解を深められる可能性がある。

 

(2)研究の手段

 

 研究のためにとった主な手段は、以下の通りである。

@ エジプトでのフィールドワーク

A 学会(中東調査会)、勉強会(中東木曜フォーラム)等への参加

B 先生方への相談

C エジプト報告・研究発表

D 仲間との相談(サブプロ「研究の方法論」、ヤン・ファンさんとの個人的議論等)

 

 


2.活動スケジュール

 

2013年

Ø  8月9日 自由公正党 国際関係担当(Foreign Relations SecretaryMohamed Soudan氏にインタビュー

Ø  8月10日頃 タマルド運動(反ムルシー政権運動)参加者へのインタビュー

Ø  8月12日 ナハダ広場でのムスリム同胞団員へのインタビュー

Ø  8月17日〜 軍支持派・強制排除支持派へのインタビュー

Ø  8月21日 日本語を学ぶエジプト人の青年3名と知り合う。内一人は、ムスリム同胞団の元マネージャーを父親に持つ。

Ø  8月26日 朝日新聞国際報道部長の石合力氏が行った、エジプト情勢に関する講演を聴講する。

Ø  9月19日 カイロ大学文学部イサム・ハムザ教授のエジプト情勢に関する講演会を聴講する(中東木曜フォーラムの一環)。石合力氏と再会し、研究への協力をお願いできることに。

Ø  10月10日 廣瀬先生(主査)との研究相談

Ø  11月3日 A.S.P.(アラブ人学生歓迎プログラム)参加、エジプト人学生ムハンマドさんと知り合う。

Ø  11月5日 サブプロ「研究の方法論」にて、大塚久男『社会科学の方法』の書評

Ø  11月13日 「地域戦略研究(イスラーム圏)」にてエジプト情勢の報告、奥田先生と相談をさせて頂く。エジプト人学生のムハンマドさんからもコメントを頂戴。

Ø  12月初旬 電車内で加茂具樹先生に研究相談

Ø  12月10日 サブプロ「研究の方法論」にて研究計画発表

 

2014年(予定)

Ø  1月22日 サブプロ「イスラームとグローバルガバナンス研究」にて輪読発表

Ø  1月末 同胞団の元マネージャーを父に持つエジプト人学生と会う約束

Ø  1月末〜2月初旬 ピルグリム発表の予定

 

 


3.エジプトにおけるフィールドワークの報告

 

(1)調査内容・目的 

 

 エジプトでは、当初はムスリム同胞団の外交戦略を調査するためのフィールドワークを計画していた。同胞団系の政党「自由公正党」の国際関係部長へのインタビューや、デモ隊への聞き込み調査などを行った。だが、この計画は8月14日に発生したデモ隊の強制排除により、潰えてしまった。しかし、この過程で得た人脈の一部は現在も生きており、今後の調査に影響を与える。よって、ここに報告を行う。

 

(2)Mohamed Soudan

 

デモ軽量.jpg 左の写真は、ムスリム同胞団を中心とするデモ隊の行進(8月中旬)の様子である。同日に行われた別のデモに、インタビューをお願いしたMohamed Soudan氏が参加していた。彼には、8月9日に、ムスリム同胞団のこれまでの活動内容や、彼らが求めている外国との関係に関してインタビューを行った。要点は、以下の通りである。なお、斜線部がSoudan氏の発言の概要である。

 

@ エジプトの軍や警察は、ムルシー政権に協力的でなかった。警察は職務を放棄し、ムルシー政権下で治安の改善を行うことができなかった。

→軍、警察への不信感と、政治的権限の弱さへの強烈な不満を有していた。

 

A エジプトの軍は、エジプトの予算の大半を牛耳っている(憲法では、軍は独自に予算編成を行う権限が認められていた)。ムルシー氏はその改革を行おうとした。

→この証言は、エジプト軍とムルシー大統領との関係が悪化した経緯を知る上で、重要な示唆を与えると考えられる。ニューヨークタイムズ紙のスクープによると、2012年12月の段階で、既にクーデターが計画されていた模様。

 

B ムスリム同胞団は、徹底的な非暴力主義を貫く。座り込みというデモ形態は、クーデターの正当性を否定する有効な方法だと考えている。

同胞団に対する国際的な支持を得るという目的もあった模様。実際には、このインタビューの5日後に強制排除が発生した。軍は、ムスリム同胞団の運動の「非暴力」的性格を封じるためか、同胞団を「テロ」と呼称する広報戦略をとっていた。

 

C アメリカのクリントン国務長官(当時)は、2011年3月16日のCNNによるインタビューで、同胞団をテロリストと呼び、エジプトの支配者として認めないと発言した。

→アメリカへの不信感をのぞかせていた。同胞団の内部では、末端から中枢にかけて、アメリカへの不満を表明する者は多い。

 

D 我々こそが本当のリベラルだ。

→質問者が外国人であることを意識しての発言かも知れないが、民主主義の守護者として自らを示そうとする表現・発言がところどころに見られた。

DSC_0093.JPG
 


(3)座り込み現場参加者・市民へのインタビュー

 

 左の写真は、カイロ大学前で行われていた座り

込み現場を取材した際に渡された、認証である。
 入り口でボディーチェックを受け、身分証を見

せた上で、初めて取材許可の認証が降りた。

 カイロ大学前の広場はナハダ広場と言い、

教師や学生の姿が多く見られた他、家族連れ

での参加者も複数存在した。

 ナハダ広場の同胞団員は、口々にアメリカやイスラエルへの不満を口にしていた。座り込み現場には、アメリカやシーシー国防長官(事実上のクーデターの主導者)が共にムルシー氏を追いやるポスターが貼られていた。また、ムルシー大統領なら、イスラエルとの平和条約を変えることができるという趣旨の発言も見られた。取材ができた人数はほんの少数であったが、聞かれたのは、ムルシー大統領の実際の政策とは異なる要望であった。また、コプト教徒も少数がデモに参加していると証言を得た。

 一方、カイロ市内の市民に話を聞くと、圧倒的多数の者から、ムルシー政権と同胞団への批判や不信が聞こえてきた。頻繁に聞かれたのは、同胞団は貧困層に「ばらまき」を行って支持を固めているということへの批判、宗教的行事・習慣の強要への批判、およびアメリカを後ろ盾とした「非現実的」な政治への批判であった。また、「ムスリム同胞団は本当のムスリムではない」という発言も聞かれた。

 

(4)考察

 

 ムルシー派も反ムルシー派も、「反米」を口にするという点では一致していた。ムルシー派はクーデター政権がアメリカの支援を受けていると批判し、反ムルシー派はアメリカがムルシー大統領の支援をしていると批判するのである。また、「ムスリムであること」、および「リベラルであること」が、あたかも正当性を得るための記号であるかのように、双方から聞かれたことも注目すべきかも知れない。

 即ち、エジプトで起きている対立の背景にあるのは、必ずしも経済的な格差や権力の集中に対する不満だけではないと思われる。生活の質を改善したいという焦りはもちろん、何を「ムスリム」ないし「リベラル」と定義するかという、思想やイデオロギー上の対立への関心も高いと見受けられた。

 ただし、ムルシー派も反ムルシー派も、その発言内容をよく観察すると、必ずしも際立ったイデオロギー上の違いがあるとは限らなかった。むしろ「反米」や「反イスラエル」「非暴力」といった方向性の共通点が見えることさえあった。また、大半の市民は、「敬虔な」ムスリムであることを望んでいる様でもあった。そうした点から、思想やイデオロギーは必ずしも体系だってはおらず、どのような点で対立しているのか(あるいは実は対立していないのか)、当事者も把握せぬまま、不信感ばかりが肥大化している側面があると思われた。それゆえに、仮に思想やイデオロギー上の不和や問題があったとしても、それを解決する場を構築するのは、容易ではないだろう。

 

(5)調査過程詳細

 

Ø  8月7日 エジプトカイロ到着

Ø  8月9日 自由公正党 国際関係担当(Foreign Relations SecretaryMohamed Soudan氏インタビュー

Ø  8月10日頃 タマルド運動(反ムルシー政権運動)参加者へのインタビュー

Ø  8月12日 ナハダ広場でのムスリム同胞団員複数名へのインタビュー(二日後の強制排除により、連絡手段喪失)

Ø  8月14日 デモ隊の強制排除のためホテルに退避

Ø  8月16日 Mohamed Soudan氏から最後のメール。以降連絡が途絶える。

Ø  8月17日〜 軍支持派・強制排除支持派へのインタビュー

Ø  8月21日 日本語を学ぶエジプト人の青年3名と知り合う。内一人は、ムスリム同胞団の元マネージャーを父親に持つ。以後連絡を継続する。 

 

 

4.「地域戦略研究(イスラーム圏)」発表の報告

 

 11月13日に行われた地域戦略研究での発表は、上記のエジプトでのフィールドワークを基にしたものだった。まずエジプト情勢に関する報告を行い、その上で事実上のクーデターが発生した経緯を、(1)社会(2)国内政治(3)国際政治の三つの側面から説明するという趣旨で行った。その際、エジプト人からの留学生であるムハンマドさんから、貴重なコメントを頂いた。以下、発表の概要と頂いたコメントを示す。

 

(1)社会に関しては前章の内容と重複するため、割愛する。

(2)国内政治に関しては、エジプト軍とムルシー政権との間で起きていた摩擦を、法律面から説明した。特に、ムルシー大統領が新憲法の制定を強引に行った背景には、同政権が軍との力関係に負けていたことによる、意思決定・実行能力の不足への焦りがあったことを、指摘した。また、エジプト軍は、「イスラームの守護者」と自らのことを広報している点を指摘した。「ムスリム」に自らを関連づけることが、正当性を示すある種の道具となっていると考えられた。

(3)国際政治の章では、クーデター以後、従来エジプトがアメリカから得ている援助を超える額を、サウジアラビア等の湾岸諸国から得ていることを指摘した。こうした援助を得る見込みがあったことが、クーデターが発生した一つの背景ではないかと述べた。そして、エジプト(軍)に対するアメリカの影響力が相対的に低下し、クーデター以後のエジプトが新しい外交関係を築きつつある可能性を指摘した。

 

 上記の報告について、エジプトから来ていた学生ムハンマドさんからは、概ね内容に間違いは無いとして、評価を頂いた。その上で頂いたコメントは、非常に示唆的かつ有益だった。

 まず、ムハンマドさんとの対話から、エジプト社会において、情報の批判的読み解きという意味での「メディア・リテラシー」の欠如が問題となっていることが示唆された。そもそも、「メディア・リテラシー」という概念自体がアラビア語圏では(少なくともエジプトでは)存在しないということだ。

 また、人々が生活の改善に対して焦っている様子を、具体的に説明して頂いた。一方で、軍の予算には上述の報告の通り制限がなく、ムルシー氏の経済政策には限界があったことが分かった。他方、多くのエジプト人は、ムルシー大統領を放逐したクーデターのことを、こうした軍との間の権力闘争という側面よりも、勧善懲悪の物語として、認識していると説明を受けた。

 これらはいずれも、エジプト社会を理解する一助となる「生の声」だった。

 

 

5.経理報告

 

 申請金額211,000円のうち、73,850円を頂いていた。これは、全額航空券の入手に充てさせて頂いた(経理報告書参照)。

 

 

6.活動成果と今後の予定

 

 今学期は、エジプトの政治情勢によって当初の研究計画を大きく変更せざるをえなかった。しかし、8月に訪れたエジプトで得た人脈や情報は、そのまま新しい研究計画においても活かせるものであった。実際、現在でもエジプト人の知人と連絡をとり続けることができており、内何人かは、取材対象者を身内や知人に持つ人々である。今後に繋がる成果としては、この現地における関係構築が挙げられる。また、将来的にはエジプトで直に目にしたデモ隊の強制排除の様子を、ルポとしてまとめることも考えている。

 今後は、2月中にも、新しい研究計画を精緻化し、主査の先生と緻密な打ち合わせを行う。その上で、3月中にはインタビュー相手へのアポイントメントをとり、夏には直接話を聞きにいきたい。

 なお、既存の革命運動の研究として、伝播のパターンを類型化したものが存在する。しかし、その類型理論は、「伝わった革命のノウハウ」と「それによって起きた変化」との区別がついていない場合が多い。よって、CANVASが4月6日運動に伝えた内容と、実際にそれによって起きた変化とを区別して明らかにすることができれば、本研究の新規性を示せると考えている。