2014年度 森泰吉郎記念研究振興基金による研究助成
研究成果報告書

国際コンテスト決勝に向けた温泉温度差発電の評価実験

慶應義塾大学 大学院 政策・メディア研究科 後期博士課程
山本 浩之 (yama[at]sfc.keio.ac.jp)


 これまで温泉の廃熱を利用した温度差発電の実証実験を行ってきたが、2014年8月に開催された台湾国際学生技術コンテストに慶應義塾代表として参加し、本研究について発表した。このコンテストに向けて、静岡県の実験場で行っている実証実験を更に進め、デモ用の発電装置の製作や、評価実験に使用する測定機器を導入するために助成を申請した。成果として、評価実験によってこれまでの研究活動をまとめたとともに、コンテストでは決勝まで選抜された。また、評価実験を元に装置を改良し、発電効率の向上に成功した。

はじめに

 世界的な経済不況や天災によって、近年ではエネルギー問題への取り組みが盛んになっている。大規模災害による生活インフラの破壊は、人類の日常生活や心の平穏をいとも簡単に脅かし、その復旧には長期に渡る苦難が強いられることを、皆が身をもって知った。また、オール電化などといった家庭でのエネルギーインフラの電力一本化や、電気自動車、更なる電子化、情報化社会のために、今後も電力需要が益々増えていくことは容易に予想できる。その上、CO2排出量の削減や核エネルギー使用の危険視、資源の枯渇等により、近年ではクリーンエネルギーの利用と実用化、そしてその安定供給が希求の技術となっている。

 太陽発電や風力発電など、身の回りのエネルギーを利用する技術を総称してエネルギー・ハーベスト(energy harvest)という。慶應義塾大学 環境情報学部 武藤佳恭研究室では、これまでにエネルギー・ハーベストに関する様々な製品を研究、開発してきた。駅の改札などで人が歩く振動を利用して発電する「発電床」や、温泉の排水の熱を利用した発電装置などがある。これらの装置は、実際にJR東京駅やベッセル神戸サッカースタジアム、静岡県熱海市の日航亭温泉などに導入された。

 本研究では、温泉排熱による発電の応用として、温泉の源泉から溢れている高温の湯気を熱源として利用した発電を行っている。温泉水を使った発電はいくつかの例があるが、湯気を使った熱電発電は世界初の試みである。

(源泉井戸 写真)

(源泉井戸付近の温度分布)

(源泉井戸 写真)

(源泉井戸付近の温度分布)


要素技術

 発電の原理として、ゼーベック効果という現象を利用している。ゼーベック効果とは、半導体に熱の流れを与えると電力が発生する現象で、これを実現するためのゼーベック素子という電子部品がある。ゼーベック素子は板状の熱電素子で、片面に高温の熱源を、もう片面に低温の熱源を接触させると、その温度差から電力が生じる。温度差がある場合、熱は平衡になろうとするため、高温側から低温側への熱の移動が起こり、ゼーベック効果が発生する。ゼーベック素子などの熱電素子を用いた発電を、温度差発電と呼ぶ。とりわけ、数百度程度の温度差によるものを低温度差発電と呼ぶ。
 ゼーベック効果は、1821年に物理学者のThomas Johann Seebeckによって発見され、この効果を利用した発電は昔から試みられてきた。しかしながら、これまでは実用できるほどの電力を得ることができなかった。その原因の1つとして、熱源から素子へ熱を伝達する段階で、大部分の熱が損失してしまっていたことが挙げられる。


特色

 本研究では、ヒートパイプを用いて熱を瞬時に伝達させることで、伝達時の熱の損失を大幅に少なくする方法を考案した。この方法によって、従来の温度差発電装置の約2.89倍の発電量を得ることに成功した。この成果から、様々な場面での排熱を温度差発電に利用して、電力を得ることができる可能性が生まれた。例えば、工場、自動車のエンジン、家庭のガス釜やガスコンロ、そして温泉などが発電所としても利用できる可能性がある。

 ヒートパイプとは熱交換器などに使用される部材で、パイプに揮発性の作動液が真空封入されている。パイプが加熱された際には、作動液が蒸発し、蒸気が低温部へ移動すると同時に熱を伝達させる。その後、蒸気は凝縮して加熱部に戻る。パイプの内部は真空のため低気圧になっており、作動液は低い温度で蒸発して熱伝達を行う。また、真空中の気体分子は、理論的には音速に近い速度で移動するため、非常に高速で熱伝達できる。
 パイプの材質や作動液の種類は、使用環境や用途によって異なる。


(ゼーベック素子)

(ヒートパイプ)

(銅製ヒートパイプ例)

活動実績

 2012年度(森基金採択)には、この湯気発電の装置を実際に温泉施設に常設し、発電した電力で様々な電気機器を稼働させることに成功した。この取り組みは、多くのニュースや新聞、テレビ番組で取り上げられた。

 上記のほか、ワールドビジネスサテライト(テレビ東京 2012年10月5日)、News every(静岡第一テレビ 2012年10月5日)、NHK静岡放送ニュース(2012年10月5日)などで放送され、日本経済新聞、日刊工業新聞、朝日新聞、読売新聞、中日新聞、静岡新聞などの新聞、及び各種メディアで紹介された。

 この発電装置では、高温の熱源として温泉源泉から発生している約100℃の湯気を、低温の熱源として約20℃の水道水を使った。この湯気が溢れ出ている源泉に、ゼーベック素子を使った発電ユニットを設置し、ここから得られる電力を使ったアプリケーションとして様々な電気機器を稼働させることに成功した。源泉の隣にある神社まで電線を引き、そこにLED照明、神社の音声案内用の音楽プレーヤとスピーカ、携帯電話用の充電ポスト、そして無線でインターネットに接続できるWifiルータを設置した。
 これらの実証実験は、2012年10月5日から2013年8月30日まで公開した。


(2012.9.17 NHK ニュース)

(2012.10.09 SBS イブニングeye)

(湯前神社 写真)

(アプリケーション 写真)

(案内板 写真)

(案内板 写真)

(音声案内用スピーカ、充電ポスト 写真)

(LED照明 写真)

(携帯電話の充電 写真)

(Wifi接続 写真)

 発電装置の構造は、熱電素子を取り付けた発電ユニットを中心として、高温側と低温側に分けられている。高温側では、源泉井戸の湯気から熱を得るためのヒートパイプをゼーベック素子へ接続している。低温側では、高温部からゼーベック素子を通過して反対側へ熱を逃がすためのヒートパイプが接続されており、このヒートパイプを水槽内へ引き込み、水道水で冷却して熱の移動を促している。
 発電ユニットでは、縦40mm、横40mmゼーベック素子1枚を熱電素子として用いており、これに高温側と低温側用のヒートパイプが接続されている。発電装置には、この発電ユニット5基を搭載している。
 発電装置はプロトタイプから改良を重ねた。2012年7月にプロジェクトを開始し、いくつかのプロトタイプを経て、2012年10月に第1世代目の装置を設置した。その後、2013年2月に第2世代目に改修し、2013年8月まで稼働させた。主な改良点としては、発電量の増加のために熱伝達の効率を向上させ、また冷却水用の水槽の水密性を向上させているほか、湯気に含まれる温泉成分よる装置の腐食への耐久性を向上させている。


(プロトタイプ1 写真)

(プロトタイプ1 写真)

(プロトタイプ2 写真)

(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)

(第1世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

(第2世代機 写真)

 2013年度(森基金採択)には、発電装置の大幅な改良に挑戦した。
 これまでの発電装置では、湯気との温度差を得るために、低温側熱源として水道水を用いていた。このような水冷式温度差発電の長所として、一定の低温が保つことができ、発電量が安定することが挙げられる。しかしながら短所として、ホースや水槽などの給排水設備のために発電装置が大型で複雑になることや、常に水道水を供給するために水道費用が必要なことが挙げられる。
 このことから本研究では、水道が不要な発電装置として、低温側熱源に外気温を利用する空冷式温度差発電を模索した。空冷式では、水冷式で必要だった水槽や給排水ホースが不要であることから、装置の小型化と設計の簡易化が期待でき、また水道費用もかからない。空冷式で水冷式と同等の発電量を得ることができれば、水冷式よりも優れた装置であると言える。

 実験では、空冷式温度差発電装置の機械的な設計と、発電回路の電気的な設計を行い、発電量の向上を目指した。機械設計では、熱力学に従って熱が装置下部から上部へと移動できるよう部材の選定と配置を模索した。電子回路設計では、発電素子の内部インピーダンスと負荷抵抗を整合させることで、発電素子の起電圧が最大になるよう調整を行った。


(実験風景)

(実験風景)

(実験風景)

(実験風景)

(実験風景)

(実験風景)

(実験風景)

 本実験で製作した発電装置の構造は、熱電素子を取り付けた発電ユニットを中心として、高温側と低温側に分けられている。高温側では、源泉井戸の湯気から熱を得るためのヒートパイプをゼーベック素子へ接続している。ここまでは水冷式の装置と同じだが、低温側の構造が異なる。低温側では、高温側からゼーベック素子を通過して反対側へ熱を逃がすためのヒートパイプが接続されており、このヒートパイプに放熱フィンを取り付けることで熱の移動を促している

 本装置は長さ50cm、重量500g程度で、これまでの水冷式装置と比較して大幅に小型化し、組み立ても簡便になった。低温側の放熱機構として、コンピュータの部品として製造されているヒートシンクを利用した。ヒートシンクはおよそ50種類の中から、放熱性能の高いものを比較検討し選定した。また、板状のヒートパイプを用いることで、同じく板状である発電素子と接触する面積が増え、多くの熱量を取り入れられるようになった。更に、大型のヒートシンクを用いることで、効率良く放熱することが可能となった。

 評価として、発電装置の小型化と設計の簡易化には大いに成功した。発電量では、水冷式装置が発電素子5枚を使って約15Wの発電量を得たことに対し、本研究での空冷式装置は発電素子2枚を使って約4Wの発電量を得た。本装置で15Wの発電量を得るためには装置4台を必要とするが、4台分の大きさでも水冷式装置よりも小規模で設置できるため、設置の容易さと同じ空間への設置可能台数を考慮すると、水冷式よりも効率が良いといえる。


(空冷式温度差発電装置プロトタイプ)

(空冷式温度差発電装置プロトタイプ)

(空冷式温度差発電装置)

(空冷式温度差発電装置)

(空冷式発電装置の発電量 = 4W程度)

評価実験

 実験装置の発電効率を算出するために、熱源としている湯気の熱量と、発電装置の発電量を測定し、装置を評価した。
 湯気の熱量は、一定量の水が湯気の熱で温度上昇することから算出し、約139W秒であることが分かった。
 実験装置に使用している熱電素子は、理論値で熱量の5%を電力に変換することができる。空冷式装置では、1ユニットに2枚の熱電素子を使用していることから、139W秒の湯気では最大で約13.9Wの発電が可能であると考えられる。
 空冷式装置では約4Wの発電を行うことが出来たが、これは理論値の約28.7%の出力となるため、装置の改良に余地があると考えられる。改良の方針としては、冷却フィンの大型化と、フィンに湯気かかかることによる冷却効率の低下を防止する設計などが挙げられる。


(湯気の熱で水を加熱して熱量を測定した)

TECO Green Tech International Contest 2014 での発表

 2014年8月26日に台湾で行われた TECO Green Tech International Contest 2014 において、Non-linear Energy Harvesting という題目で本研究について発表した。残念ながら入賞には至らなかったが決勝まで選抜され、ファイナリストのサーティフィケートを獲得した。

空冷式装置の改良

 評価実験での考察を元に、空冷式装置を改良した。冷却フィンの高性能化と、冷却部を湯気から防護する設計を行った。発電量は、最大で7Wとなった。
 本装置では、アプリケーションとしてLEDを発光させており、2014年9月5日に設置して以来、連続稼働している。


NIMS熱電セミナーでの発表

 独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)で2015年2月5日に行われた第5回熱電セミナー「熱電発電素子の実装応用とその課題」に参加した。
 熱電発電のアプリケーションに関する研究に注目され、「エネルギーハーベストの実用化 - 床振動発電から温泉熱電発電へ -」という題目で講演を行った。

考察と課題

 本年度は評価実験、対外発表、実験装置の改良と、これまでの活動の総括となる活動を行った。装置の発電量としては、最終的に空冷式装置で最大7Wに至った。これは理論値の約50%であり、装置の設計には改良の余地が残ると考えられる。また、2014年9月5日から現在まで約6ヶ月間連続稼働中であり、装置の耐久性に関しては、充分な設計のノウハウを得ることが出来た。


対外発表まとめ

  • 武藤 佳恭, 山本 浩之; 床発電から温度差発電; 電子情報通信学会和文論文誌B,Vol. J96-B,No.12, pp.1316-1321, 2013年12月1日, 招待論文
  • Hiroshi Yamamoto Motokazu Moritani Sae Miyake Yoshiyasu Takefuji、Non-linear Energy Harvesting、TECO Green Tech International Contest 2014 (Taiwan)、Aug 26,2014
  • 山本浩之 小路幸市郎、エネルギーハーベストの実用化 - 床振動発電から温泉熱電発電へ -、独立行政法人物質・材料研究機構 第5回熱電セミナー「熱電発電素子の実装応用とその課題」、2015年2月5日、日本語

  • Copyright 2015- Hiroshi Yamamoto & Yoshiyasu Takefuji Laboratory