2014年度 森泰吉郎記念研究振興基金

研究者育成費(博士) 活動報告書 

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 博士課程3年 関口-辰巳 奈央

研究題目

NIRS データと修辞の概念連想辞書を用いた計算神経言語学的研究

本研究では光脳機能計測(NIRS; Near Infra-Red Spectroscopy)を用いて自然言語の認知・処理過程における脳内活動を評価し,そこで得られたデータを分析することで,人間の脳内での言語理解のプロセスモデルの構築や統計学習的手法を用いた実験結果の言語資源構築への応用を目標としている.今年度は特に,申請者が研究を続けている「複数単語間の概念関係と脳内処理の関係」について,修辞技法などの人間の高度な言語使用にみられる単語間の関係性に注目しながら更なる実験を行った.語と語の関係・親密度と人間の認知に関する研究は,認知言語学や認知神経科学の分野において一部の研究者によって進められてきたが,語の概念関係に注目した研究を行っている研究者は現段階では少ない.しかしながら私達が日常使っている単語には上位や下位,属性や場所といった概念関係が存在しており,それらが言語認知に重要な役割を果たしている.

NIRS装置では,近赤外線を頭皮から照射し脳皮質の毛細血管内の血液が光に散乱反射する現象を検出する.酸化型・脱酸化型ヘモグロビンの光吸収係数の違いより酸素交換の現場をほぼリアルタイムで計測でき,神経活動が生じた(思考や発話で酸素が消費された)部位とその時系列変化の検出が可能とされている.本研究では脳内で語が処理される時系列変化の検出を大きな目標としており,空間分解能とリアルタイム性が重要であるため NIRS はこの研究に適した計測方法だと言える.本助成による研究の結果,人間の言語認知に際して大きな影響を与えているにも関わらず関連研究が少ない,“単語の属性”や”単語同士の概念関係”と脳活動の関連性を評価する手法の発展に寄与することができた.

研究活動と進捗

春学期は昨年度までに計測した脳計測データの解析と引き続き修辞の連想実験で取得した言語データの表記揺れ修正,秋学期はデータ解析法のサーベイと脳計測実験を行うというスケジュールで研究を進めた.
計測実験は昨年度以前より計測装置会社の協力を得て行っており,今年度も協力を頂いた.なお全ての実験はSFC実験倫理委員会の承認を受けて行われた.

修辞の概念連想データの整理と追加取得

修辞の連想実験

比喩などの修辞技法の成立には,言葉の持つ概念体系のほか,人間がその言葉に対して持っているイメージ・心象性が大きく関わっていると考えられる. そこで本研究で用いるデータとして昨年度から今年度にかけて名詞についての連想実験を行っている.これは取得データを辞書として構造化したり,さらには人間の言語理解モデルのための脳計測実験などに応用することを目的としている.

連想実験では,刺激語に対して連想課題を与えた上で実験参加者に自由に連想させている.
課題については先行研究を元に,「色彩名」「形状・触覚」「感情」「様相」「比喩表現」の5つとしている.実験参加者には事前に練習問題を解いてもらい,課題への理解が確認できたところで実験に参加してもらった.本実験では単語のイメージを聞く課題が多く連想結果には正解も不正解もないと言えるが,連想した単語が課題にきちんと対応しているかには注意してもらうように実験を行った.
なお本実験でのプロトコルは以前より実験刺激に採用している連想概念辞書の作成方法とほぼ同様のものを用いている.連想概念辞書とは連想実験で大量に収集した連想語を構造化した辞書で,刺激語と連想語との距離を定量化したものである.連想概念辞書は他の辞書と比べて語と語の関係に注目しており,本実験においても単語の比喩・修辞性を見るのに適していると考えている.

修辞の連想実験データの表記揺れ修正

これまでに取得した修辞の連想データを構造化し脳機能計測実験の刺激語として利用できる形にするためには表記揺れや不明語のマーキングをする必要があるため,まずは使用する可能性が高い概念・単語より整備を進めた.計測したデータは実験参加者の純粋な連想であるため実験終了時点では漢字変換やひらがな/カタカナ表記の違いなどは全てそのままの状態で保存されており,某大な量の全データに対する修正は計測実験等と平行しながら現在も続けている.修正に時間が掛かっているものの,他の連想実験での表記揺れ修正に用いられているテーブルを入手し一部に適用することで効率化を目指した.また今後の実験追加のために修正方法についてもサーベイを行った.

脳機能計測データの計測と解析

計測実験

昨年度は健常成人を対象に,被験者に対し刺激語として単語・単語ペアおよび単文を提示し,判断課題や連想課題中の脳内での酸素交換機能の活動を計測する実験を行った.概念連想関係に注目した刺激単語・文の提示を実現するために,実験刺激として連想概念辞書を用いた実験をデザインした.
今年度は単語ペアの選定に際し,同音異義語などの表記のみでは語義の曖昧性が解消出来ない単語ペアを採用することで,連想に対する影響を調べることとした.

実験被験者はSFC 所属の学生とし,測定と発表等に関しては慶應義塾大学SFC 実験・調査倫理委員会によって承認された手続きに基づき,文書で了承を得た後に行った.計測装置は昨年度まで使用していた装置の新バージョンである島津製作所のLabNIRSを使用した.計測範囲は,三角法をもとに両側の前頭葉後部から側頭葉(BA44 からBA22 後部)を広くカバーする範囲を計測した.

データ解析

昨年度の計測で得たデータに加え,今年度取得したデータに対して解析を行った.解析のステップは以下の通りである.

実験データの脳表抽出データへの適用

本研究では,MRIデータから構築した3D脳モデルに対し,デジタイザにて取得したNIRS計測地点をプロットすることで,空間的に不明瞭というNIRSの弱点をカバーした.今後ネットワーク解析が進んだ際には,3Dマップ上にアニメーションの様な形で表現する方法を考えている.

NIRSデータのネットワーク解析

昨年度より引き続きNIRSデータのネットワーク解析手法の確率に向けてサーベイと試行を行った.昨年度よりfMRIなどの他のモダリティで用いられることが増えてきたDBNMを試している.申請者による昨年度までの研究によって,刺激とそれに対する脳反応が微細な実験データに対してはノイズの影響が大きく出て応用結果が分かりづらいことが判明したため,ヘモグロビン動態の差がはっきり分かるデータへ適用している.現時点で解析手法を導入しやすいデータ構造への変換作業が終わり,パラメータの調整が続いている.来年度以降も研究を進めるつもりである.

学会活動

学会・研究会への参加

国内学会や研究会へ参加し,最新研究動向調査並びに発表者や参加者とのディスカッションを行った.
以下は抜粋である.

NIRSシンポジウムへの参加

研究に使用しているNIRS装置製造元主催のセミナー/シンポジウムに参加予定である(本報告書提出以降の開催).