1.研究概要
本研究は、筆者が専門領域とする陶芸を、デザインリサーチに於ける新規なアプローチとして応用していくことの可能性を実践的に検証していくものである。
取り分け、陶芸に於ける焼成のプロセスが、鉱物をはじめとして、金属・草木灰・骨といったほぼあらゆる物質をデザインマテリアルとして利用できる点に着目し、現代の大量生産・大量消費型の社会構造から発生せざるを得ない廃棄物を原料として用いることの可能性を検証する。
現在の大量生産・大量消費社会に於ける廃棄物は、E-wasteに代表にされるように、金属や樹脂など複数のマテリアルが分かちがたく集積された<アマルガム>であるといえる。そのようなアマルガムを工芸的な素材として見たとき、その複雑な元素組成には、作品制作の過程に於いて予期せぬ結果を産むような<豊かなノイズ>が含まれていると考えられる。
そのような視座を前提として、本研究では提供者から譲り受けた、壊れてしまった・或いはもとの用途を失ってしまった日用品を釉薬原料として再利用した陶磁器作品を制作するプロジェクトを展開する。 具体的には、提供者から収集された物品を丸ごと微粉砕し、白、ないし透明の基礎釉薬に着色剤として加える。その釉薬を陶器表面に塗りつけ、1200度以上の高温で焼成することで、粉砕された物品に含まれる様々な酸化金属が呈色しあい、その物品特有の色彩・マチエールを帯びた器が焼きあがることになる。
このようなマテリアル自体に内包された複雑性・予測不可能性=豊かなノイズは、工業的に精製されていない天然素材に含まれる<ムラ>とも近い効果であるとも言え、そのようなノイズたちは古来から工芸作品の制作プロセスにおいて大きなインスピレーションとなってきたものである。工芸家の目を通して都市鉱山を眺めることで、そこには工学的な再利用可能性に留まらない、現代の廃棄物に内包された美的・文化的なマテリアリティが見えてくると言える。
2.成果物
廃棄物を粉砕し、釉の着色剤として再利用した器のシリーズ作品を実際に制作し、複数回の展示を行った。
2014.4.19-5.6 『KEA(小砂環境芸術展)2014』@栃木県, 那珂川町( http://koisago-art.net/ )
2014.6.2-6.15 『瀬川辰馬展 陶葬』@undō(東京都,荒川区)( http://minowa-undo.tumblr.com/tagged/exhibition )
2014.10.4-11.3 『大館・北秋田芸術祭 2014「里に犬、山に熊。」』@秋田県, 大館市・北秋田市( http://inukuma.jp/ )
なかでも、秋田県・北秋田市の芸術祭での出展は、三回の展示の中で最も規模の大きいものとなった。
北秋田市の協力のもと、素材となる廃棄物の公募を行い、そのなかから全部で15点を選出し、器にした。
いくつかの事例を紹介すると、例えば携帯電話を粉砕して着色剤とした器(図1、図2)では、鮮やかな青い色調が発生した。
釉薬として機能する調合にするため、長石やマグネサイトといった他の鉱物も混ぜあわせているが、着色剤はスマートフォンの他に加えていない。つまり、この鮮やかな青は、スマートフォンに含まれていたミネラルの色そのものである。具体的には、リチウムイオンバッテリーの陽極に含まれている微量な酸化コバルトが中心となって起った呈色反応と思われる。
また、パソコンを着色剤とした例では、黒い結晶を伴った緑系統の色調が発生した。(図3、図4)
パソコンは、提供された段階でバッテリーとハードディスクが取り外されており、それ以外の部品をまとめて粉砕し、着色剤として利用した。このような非常に多様なマテリアルが内包された廃棄物の場合、やはり色調も予想外の複雑なものになる傾向がある。
あるいは、アクセサリーを着色剤として利用した例では、これも青系統の色調が発生した。(図5、図6)ただ、これは色調からコバルトの青ではなく、銅由来の青と考えられる。恐らく、金属部品が真鍮製であったため、真鍮に含まれる銅元素が着色剤として機能したものと推測される。
いずれの事例にしても、焼成前の常温での色調からは想像できない呈色反応を見せており、またいずれの製品も複数のミネラルを含有した<アマルガム>であるため、精製された着色剤による単純な呈色反応とは異なる複雑さのあるマチエールを備えた陶磁器作品として仕上がっている。
また、展示の際には、提供者がその廃棄物に纏わるエピソードを独り語りする映像と、廃棄物が粉砕されていく過程の映像も制作し、器の展示に並置した。(図7、図8) そのような演出を加えることで、焼成前の廃棄物と焼成後の色彩に連続性を与えることを意図したものである。
3.まとめと展望
本研究の狭義の意義として、陶磁器表現に於ける新たなイメージソースとして都市鉱山の可能性を提示したことが挙げられる。工芸という領域に於いては元来、素材の特性が果たす役割が大きく、素材の選定・調達は重要なプロセスであると言える。既存の工芸に於いては、そのような素材調達のフィールドは自然環境に限られていたが、このフィールドを都市にまで拡張することによって、そこには新たな表現可能性が拓けたといえる。
また、そのような工芸の文脈に於いてはインスピレーションに富んだ素材になり得るマテリアルが、現代の大量生産・大量消費の産業構造のなかでは無価値、あるいは極めて低価値とされている廃品であるという点において、本研究は現代社会に於けるマテリアルサステナビリティに新たな可能性を拓くものでもある。
無用の工業廃品から、工芸的な完成度を備えた高付加価値を生み出すことによって、新しいマテリアルと経済の循環経路のプロトタイプをそこにデザインすることは、工学的な指標とは異なるモノのサステナビリティの探求であると言える。
工学的なリサイクルによる廃マテリアルの価値の「延命」という方法論とは異なり、廃マテリアルとして結実してしまったミネラルたちから焼成によって異なる価値を引き出し「転生」させること。そのような試みから、未来社会に於けるデザイン、マテリアル、サステナビリティの関係の在り方を、引き続きプロトタイプしていきたい。
図1 携帯電話 | 図2 携帯電話を着色剤とした器 |
図3 ノートパソコン | 図4 ノートパソコンを着色剤とした器 |
図5 アクセサリー | 図6 アクセサリーを着色剤とした器 |
図7 会場展示風景 1 | 図8 会場展示風景 2 |
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