研究課題名:物語読書中の感情研究のための身体・生体情報分析

氏名:布山美慕

所属:政策・メディア研究科博士課程2

 

 本研究は読者の感情の時間的な変化を客観的・連続的に観測することを目的として読書実験を行った。本年度は、読者の心拍数・胸部加速度・映像・質問紙データを収集して分析した。被験者の読書を妨害すると自然な感情の変化を観測することができないので、読書を妨害しない小型のセンサーやカメラ、事後のアンケートを用いた。

 本研究の難しさの1つは、どのように読者の感情を特定するかという点にある。被験者本人の主観的な報告だけでは、ある被験者の感情報告と他の被験者の感情報告が同じ感情について述べているのかは確かではない。そこで、本研究では、被験者の報告とは性質の異なる客観的に観測可能ないくつかの指標を被験者報告と併せて分析し、それらの間に一貫した関係が見つかれば遡及的にある感情を規定するという方法を採用した。例えば、ある感情報告の際に必ず同じように変化する生理指標があれば、その一貫した関係が特定の感情を示していると解釈した。

この方法を試すため、まずは各種の生理指標が読書中に変化するのか予備実験で確かめた。また、そもそも読書中とそれ以外で変化しているのかも調べた。後者は各生理指標が読書行為に関係しているのか確かめていることになる。

 予備実験では、研究担当者自身を被験者として、種々の条件で前述の心拍数や加速度の変化を調べた。具体的には、何もせずに坐っている状態、小説の読書中、絵本の読書中、算数問題の回答中、立ち上がる、瞑想、などいくつかの異なる条件でこういった生理指標や身体状態が変化することを確認した。ただし、各条件は5分程度だったため、感情の変化に対応した変化かは分析対象ではなく、読書の種類やそれ以外の行為で各指標の変化を確認するに留まった。

 その後、感情変化の観測方法を構築するために、研究担当者自身を被験者とする長編小説を用いた2~6時間の読書実験、別の6名を被験者とする短編小説もしくは長編小説の冒頭を用いた1時間弱の読書実験を行った。

これらの実験では、前述の心拍数・胸部加速度・映像・質問紙データを取得・分析した。また、6名を被験者とした後者の実験では、読後に30分程度のインタビューを行い、読書時に浮かんでいた物語の情景やイメージ、感想や気になったことなど定性的なデータを口頭で取得した。

 この結果、まず、感情の種類は分けられないが、大きく感情が動いた際(たとえば被験者が強い衝撃を受けたり、深く熱中したり、声に出して泣いたり笑ったりした際)には心拍数から算出/推定した心拍変動係数やフラクタル次元が変化することがわかった。これは、感情の強度が生理指標の変化の程度に関係する可能性を示唆する。

 また、インタビューから、被験者の読書時のイメージや感情変化の固有性と共通性がわかってきた。たとえば、同一作品の同一の登場人物に対する評価が被験者によって大きく2つのグループに別れたり、ある場面に対する色のイメージが必ずしも作中に明記された色でなくても類似することがあった。また、物語内容の大きな転換時には、多くの被験者が強い感情的な変化を共通して体験していることが示唆された。

 一方で、これとは別に、読者の映像からページを捲る動作を書き出し、その時間間隔を統計的に分析して読書時に行われている認知処理の数や速度の増減を推定した。この結果、こういった認知処理過程自体の変化は読者間である程度共通であることが示唆された。この結果は、物語をどう理解するのかという認知処理の変化は物語のコンテクストである程度規定されており読者に共通であるが、それによって喚起される感情は読者固有であることを示唆する。さらに興味深いのは、物語内容の転換に伴う大きな感情変化はこういった認知処理の質的な変化とほぼ同時であることが示唆された点である。

 現在までのところ、感情を分類してその時間的な変化を観測するには至っていないが、その前段階として感情の変化に関係する指標の候補を見つけそれが感情の強度によって変化することを確認し、読書時の認知処理過程と感情の変化の関係を調べた。本年度の研究によって、読者の感情の時間的な変化を考えるためには、読書時の感情は物語を読むことで起こっているため、読者の感情報告や生理指標の観測に加えて、物語で喚起されているイメージなどの意味的な理解や、読書行為自体の認知処理過程の時間変化のデータを分析することが有効であると示唆された。

 来年度はこの結果を受け、インタビューで取得していた意味的データをアンケートである程度共通して取得できるように工夫し、さらに被験者を増やして実験を継続していく予定である。

 

2014年度の関連する研究発表

    布山美慕,日高昇平,諏訪正樹.「読書における熱中状態の定義・観測手法構築」.『第28回人工知能学会全国大会』,愛媛県民文化会館,20145

    Miho Fuyama,  Shohei Hidaka, Masaki Suwa. The Continuous Measurement of Absorption in Reading Based on the Time Series of Subjective Evaluation and Heart Rates,  Jagiellonian- Rutgers Conference in Cognitive Science 2014, 2014 June

    布山美慕,諏訪正樹.「読書後のプロトコル分析を用いた物語読書中の熱中・忘我状態の観察と記述」.『日本認知科学会第31回大会』,名古屋大学,20149

    布山美慕,日高昇平,諏訪正樹.「ページ送りの時間間隔に基づく読書の認知処理の分析」.『第5回知識共創フォーラム』,石川勤労プラザ,20153

 

2014年度の関連する受賞

    人工知能学会 2014年度全国大会優秀賞(口頭発表部門):布山美慕,日高昇平,諏訪正樹.「読書における熱中状態の定義・観測手法構築」.『第28回人工知能学会全国大会』,愛媛県民文化会館,20145

    5回知識共創フォーラム 萌芽研究賞:布山美慕,日高昇平,諏訪正樹.「ページ送りの時間間隔に基づく読書の認知処理の分析」.『第5回知識共創フォーラム』,石川勤労プラザ,20153