実践コミュニティにおける市民電力が果たす

役割の評価と発展プロセスに関する研究

 

政策・メディア研究科・ 博士課程 4

小林 知記

 

1.    研究背景

 これまで環境に良いクリーンなエネルギーとして注目されてきた太陽光発電は、この度の東日本大震災における計画停電により、太陽光発電の自立運転や、蓄電池を併用し昼夜・天候によらず電力利用を可能とする非常時利用機能に価値があると評価され(後藤・蟻生, 2012)、太陽光発電等の分散型電源へのエネルギーシフトへ向けた動きが加速化してきている。それを後押ししているのが、201271日より施行された固定価格買い取り制度であるが、一方で制度は存在するが、それを地域で推進する人がいないといった実施主体の問題が指摘されている。

 これに対し、地域経済活性化や雇用創出を目的とした、地域主導型の再生可能エネルギー事業(以下、市民電力)の動きが注目されている。再エネ事業を新たな地域産業として十分に活用していくためには、再エネに対する地域住民の広範な理解や、各ステイクホルダーとの合意形成が重要であり、電力の末端消費者が、電力生産者としても積極的に電力市場に参加するための仕組みづくりが必要となる。

 このような仕組みづくりとして、国は発送電分離による電力市場の自由化を進めており、新たに電力広域的運営推進機関を設立する事で、これまで電力会社だけに限定してきた家庭向けの小売事業を2016年から開放する事を計画している。一方、民間企業の動きとして、特定非営利活動法人の環境エネルギー政策研究所が「コミュニティパワー」という概念を基に、地域の人々がオーナーシップをもって進める再エネ事業の取組の支援や、ネットワーキングを行っている。G.Walkerand P.Devine-Wright (2008)は、コミュニティベースの取組をプロセス(who the project is by)とアウトカム(who the project is for)の軸で評価しており、再エネ事業による利益を地域に還元するという狭い定義のコミュニティベースではなく、市民参加(コミュニティエンパワメント)によるエネルギーの民主化という社会構造の変革を 意味するとしている。この考え方は、コモンズ論的な「共」としての地域コミュニティのあり方に通じるものがある。

 そのため、如何にボトムアップで住民や多様なステイクホルダーの巻き込みを行い、地域自治による意思決定を行うかという議論には、まちづくりの視点(ハード・ソフト両面からの課題解決)が欠かせない。しかしながら、まちづくりの視点から市民電力について科学的に議論している研究は少なく、本藤・馬場(2008)は、エネルギー技術の経済面や環境面のみならず、心理的・社会的作用に着目することが重要であると指摘する。エネルギーの民主化という社会構造の変革へ向け、市民電力がもたらす役割を社会・まちづくりの視点から捉え直し、実施主体となる地域コミュニティの設計方法を明確化する事が求められる。

 

2.    研究目的

 そこで本研究では、実践コミュニティという概念に着目し、まちづくりの視点から市民電力という実施主体を如何にして構築していくかという事に焦点を置き、実践コミュニティの発展プロセスを明らかにする。実践コミュニティとは、E.ウェンガーとJ.レイブが1991年に提唱した概念であり、あるテー マに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互作用を通じて深めていく人々の集団として定義され、領域 (Domain)、コミュニティ(Community)、実践 (Practice)3つの要素から成り立っている。(E. Wenger, et al., 2002)

 つまりは、コミュニティの焦点が1つのテーマから 別のテーマに移るにつれて、コアとなる3つの要素が互いに影響しあい絶えず変化し、流動的な状態にあるコミュニティを意味する。本研究の目的は、実践コミュニティにおける市民電力の役割を社会的価値(アウトカム)と、事業化へ向けた発展プロセスを整理し、領域 (Domain)、コミュニティ(Community)、実践 (Practice)3つ軸を基に、実践コミュニティの発展プロセスを明らかにする。( 1)

 本研究により、実践コミュニティの存在が果たす 役割を明確化し、まちづくりにおける市民電力のツールとしての役割の重要性を示唆する事が期待される。

 

 

1 実践コミュニティの概念と発展段階 (E. Wenger, et al., 2002 より作成)

 

3.    研究手法

 これまで著者は、特定非営利活動法人森ノオト(http://morinooto.jp/)と共同し、「次世代郊外まちづくり」のモデル地区である東急田園都市線たまプラーザ駅北側地区(横浜市青葉区美しが丘 123 丁目)において、たまプラーザ電力プロジェクトを立ち上げ、2014118日から横浜市と東急電鉄の「次世代郊外まちづくり住民創発プロジェクト」(http://jisedaikogai.jp/sohatsu/) の認定を受けて活動を行ってきた。次世代郊外まちづくり住民創発プロジェクトでは、良好な住環境とコミュニティの持続・再生が実現した郊外住宅地を目指す15 団体の企画が認定され、環境やエネルギー、食と健康、高齢者福祉といった幅広い領域における活動を行っている。そして、それぞれの認定団体の活動に、プロジェクト関係者や地域住民が一つのコミュニティとなり交流し合いプロジェクトが動いている。そこで本研究では、この次世代郊外まちづくりの活動を実践コミュニティとして位置づけ、たまプラーザ電力プロジェクトという市民電力が、どのような役割を果たし如何にして発展していくのかを研究対象とする。その分析方法を図2に示す。

分析1 実践コミュニティにおける市民電力の役割の評価軸の設定次世代郊外まちづくりの認定プロジェクトそれぞれの立ち上げ背景を調べ、加えて各実施主体と参加する地域住民にヒアリング調査とアンケートとを実施する事で3つの要素の設定を行い、実践コミュニティの発展プロセスにおける評価軸とする。プロジェクト初期段階における実践コミュニティの3つの要素に関する主要な課題は以下の通りである。 (E. Wenger, et al., 2002)

 

1.    領域(Domain): メンバーの心からの関心を引き出し、組織全体にとって重要な問題と整合性が取れるような方法で、領域の範囲を定義すること。

2.    コミュニティ(Community): そのテーマを 基にすでにネットワークを築いている人たちを見つけ出し、彼らのネットワークを拡張して知識共有を進めることの意義を気付かせること。

3.    実践(Practice): メンバーがどんな知識を必要としているかを割り出すこと。

 

分析2 :実践コミュニティの発展プロセス市民電力の立ち上げへ向けて毎月1回実践ワークショップの開催し、アンケート調査により参加者の関心領域に関する動向を把握する。そこから、次に議論すべき課題を抽出し、最終的なゴールとして市民電力に求める役割を明確化する。さらに、コミュニティの時系列推移に関する調査を行うため、Facebook ページを開設し、Facebook コミュニティ上のソーシャルネットワークと実際の参加者との関係性と動的な変化を分析し、発展プロセスを示す。

 

 

2 本研究のフレームワーク

 

4.    結果とまとめ

 

4.1. 領域とは

 市民電力における領域とは、会社のミッションに相当すると考えられる。ただ単に収益を得るという通常の発電ビジネスの目的とは違い、ソーシャルビジネスとしての社会的な目的が存在している。つまりは、何のためにやるのかという事がコミュニティを形成する上で非常に重要となる。太陽光発電事業の場合、レジリエンスなまちづくり(安全性)、社会資本の強化(社会性)、地域経済の循環(経済性)、環境共生(環境性)という4つの視点からみる必要がある。再エネ事業における経済性や安全性に関しては個人や企業に対する個益として捉えられ、ビジネスモデルを構築する上で満たすべき条件である。一方で、環境性や社会性の公益に関しては、ビジネスモデルを構築する上では必ずしも満たされるべき条件ではないが、行政のサポートによる地域への波及性という観点からみれば満たすべき条件と捉えるべきである。先行事例の中でも地域社会への貢献を主軸として活動を行っている、おひさま進歩エネルギー株式会社やNPO法人北海道グリーンファンドの事業では、地元企業・団体がコアとなり事業を展開している。これまでは経済性が波及における課題となっていたが、FIT制度の導入により経済性が満たされ波及効果が高まってきている。従って、FIT制度を基盤とし市民ファンドや地銀・信金による地域ファイナンスを確立させることで、屋根貸し事業などのコミュニティベースの太陽光発電事業はあらゆる地域において可能性を示せるモデルとなり得る。

 

4.2.  コミュニティとは

 コミュニティの形成方法に関しては、トップダウン型の実証実験や新興住宅地型事業によるものと、ボトムアップ型の市民ファンドや共同発電所の取組による2つのアプローチが存在している。トップダウン型アプローチによるコミュニティの特徴としては、行政や企業が主体(コア)となり、活動の目標に対して共通の関心を持つもの同士がサポーターとして集まり、コミュニティが形成されている。一方、ボトムアップ型アプローチによるコミュニティの特徴としては、市民団体・NPO法人が主体(コア)となり、地域の活動を行政や企業がサポーターとなり支援する事で、コミュニティが形成されている。従って、コミュニティの形成という観点から事業の成功要因を考察すると、コアコミュニティとサポーターの両方が形成されている事が重要となる。

 

4.3.  実践とは

 再エネ事業における経済性や安全性に関しては個人や企業に対する個益として捉えられ、ビジネスモデルを構築する上で満たすべき条件である。一方で、環境性や社会性の公益に関しては、ビジネスモデルを構築する上では必ずしも満たされるべき条件ではないが、行政のサポートによる地域への波及性という観点からみれば満たすべき条件と捉えるべきである。 先行事例の中でも地域社会への貢献を主軸として活動を行っている、おひさま進歩エネルギー株式会社やNPO法人北海道グリーンファンドの事業では、地元企業・団体がコアとなり事業を展開している。地域における発電事業の実践において、経済性、安全性、環境性、社会性という4つの視点からとらえる必要があり、さらにそれを実行するプロセスの中で、1.住民主導で行う事(住民の巻き込み)、2.新しい働き方の実現する事(専門家の巻き込み)、3.事業としての価値を見出す事(ビジネスの成功)、を実現する事で実践コミュニティの発展の可能性を示せるモデルとなり得ると考える。

 

4.4.  コミュニティの発展プロセス

 これまで、エネルギー政策の基本理念である「3E」(安定供給、経済性、環境性)をベースに進められ、その重要性は不変ではあるが、これに加えて「+S」(安全性確保)が大前提であることを再認識する必要が指摘されていた(経産省, 2011)。さらに今回の震災による原発事故の影響により、原発の安全性に関する社会的受容性は低下し、代替となる再生可能エネルギーの必要性を国民は広く認知する結果となった。 図(2)-3 コミュニティベース太陽光発電事業の成功要件 これまで再生可能エネルギーの導入は、個人や企業の経済的な利益の結びつきが強く、環境問題やエネルギー問題などに対する環境的・社会的貢献としてのインセンティブは、関心の高い一部の人に限られていた。震災を機にエネルギー問題について身近な問題として捉えられ、国民の関心は高まったものの、結果的に行動に結びついたのは省エネ行動など身近な取り組みに留まり、太陽光発電を導入した家庭は少ない。震災後の20127月からは、FIT制度により太陽光発電の経済性は高まったものの、依然として個人やコミュニティで太陽光発電を導入する事は「ハードルが高い」という認識が強い。従って、まずは個人やコミュニティの経済的なハードルが低い事業モデルの活用による市民の参加と情報発信により、太陽光発電を「行動が容易な」身近な取組として社会的に認知させるべきである。そして、エネルギー政策の基本理念として安定供給「E」経済性「E」、環境性「E」、安全性「S」に加えて社会性「S」という「3E+2S」をベースとして個益と公益のバランスが取れる事業に対して行政側が支援を行い、再生可能エネルギーに対する国民の広範な理解を維持しながら普及させていく事が、地域への波及性という観点において重要となる。 また地域への波及の際には、コミュニティで実行できる事業として社会基盤の中にどう位置づけるのかが課題となる。インタビュー調査を行った先進的な取組事例では、市民ファンドによる出資者としての住民参加や、市民発電所の売電利益を地域通貨として活用する動きなど、エネルギーの中に社会性を盛り込んだ取組がなされている。しかしながら、これらの取組を地域社会のまちづくりの中でデフォルト化するには、コミュニティをどのように形成するのかといったモデルの確立が必要である。 本研究はこの特性に着目し、@発起、A場所、B資金、C設備、D運営、E波及のプロセスの中で、コアとなる活動コミュニティの存在と、それの運営をサポートする体制が必要である事を指摘したい。震災復興においても、復興という社会的な課題の中にエネルギーを取り込んでいく事で再エネ事業に対する住民参加を促し、プロジェクトを通じて事業を推進するコミュニティを形成する事が求められる。

 

引用文献

1.    後藤久典・蟻生俊夫 (2012) 「東日本大震災後の住宅用太陽光発電に対する消費者選好の分析」, 電力中央 研究所研究報告(Y11029).

2.    G.Walkerand P.Devine-Wright (2008) “Community Renewable Energy: What Should It Mean?” Energy Policy 36 (2) (February): 497–500.

3.    本藤祐樹・馬場健司 (2008) 「エネルギー技術導入の社会心理的な影響-太陽光発電システムの設置世帯に おける環境行動の変化-」エネルギー・資源 Vol.29 No.1 pp.14-21.

4.    Etienne Wenger, Richard McDermott and William Snyder (2002) “Cultivating communities of practice: a guide to managing knowledge” Cambridge, Mass.: Harvard Business School Press.

5.    Traud, Amanda L. and Mucha, Peter J. and Porter, Mason Alexander (2011) “Social Structure of Facebook Networks” Physica A, Vol. 391, No. 16: 4165-4180