2014年度森基金 研究成果報告書

 

研究題目名:視聴プラットフォームとしての音楽フェス研究
政策・メディア研究科 修士課程1
吉田正人
学籍番号:81425121

 

■研究テーマ

視聴プラットフォームとしての音楽フェス研究

 

 

背景

 

 本研究では、音楽視聴プラットフォームの変化がプレイヤー・リスナー、ひいてはコンテンツそのものに対して、どのような影響を及ぼすのかを探ることを目的とする。視聴プラットフォームの変化で言えば、記録メディアの変遷やウォークマン、インターネットのストリーミングなどの変化もあるが、昨今より多くのミュージシャンにとっての主戦場となりつつある「音楽フェスティバル」をひとつの視聴プラットフォームとみなし、ここでは一体どのような傾向のアーティストや楽曲がオーディエンスに「ウケる」特性を持ち、またどのようなインターネット上のコミュニケーションがフェス自体への盛り上がりと相互作用を及ぼすのか、といったアーティストの人的属性や楽曲構造分析、またtwitterでのネットワーク分析を通して社会学、情報学、楽典の知識など様々な視点から音楽視聴プラットフォームとしての「音楽フェスティバル」の姿を描き出す。

 また数ある視聴プラットフォームの中から「音楽フェスティバル」を選択する理由としてあげられるのは、あまりに風化しやすい指標や、現場感から著しく乖離した研究を避けたいという筆者の思いがある。過去のポピュラー音楽研究のなかで頻繁に活用される音楽指標として、オリコンリサーチ株式会社の発表する「オリコンチャート」がある。また、You tubeの再生回数とCD売り上げの相関関係を探求するものなどが散見される。しかし、近年のアイドルビジネスにおける握手券配布を目的としたCD販売がより一般的になるにつれ、オリコンチャートの「ポピュラリティ指標」としての役割が果たされているとは言い難い。一方、米国音楽業界雑誌Billboardが提供するBillboard Chartにおいては、ラジオやテレビのAir Playや、2012年にはネットのストリーミング再生回数、そして2013年にはYou tubeの再生回数なども含め、より現実的なポピュラリティ指標として機能することを目的とし数々の試みが行われている。こうしたより信頼性のおける指標が不在の日本において、曖昧な指標を研究の軸に据えてしまうのはあまり好ましいとは言い難い。

 そして、科学的手法を用いながら音楽のオーディエンスに与える影響を探求するような内容も、現実のミュージシャンの思いからは大きく乖離していると言える。なぜならば、作曲者のほとんどはサイエンスの方法を用いて作曲を行わないからである。加えて、そうした現実離れした研究が、サイエンスの手法をただ音楽にあてはめ、その新規性や物珍しさでのみ価値を持つような内容に、なんらかの価値を見出すことが困難に思えたからである。そうした音楽とプラットフォーム、音楽指標にまつわる先行研究のなかでもとりわけ研究が進んでおらず、風化しにくいインターネット上のコミュニケーションから見えるオーディエンスの有り様と、フェス出演者の特性の相関性にまつわる研究を行うことにした。

 

研究の方法

 

 本研究では、インターネット上の最もリアルタイムなやりとりが盛んなSNS(現状であるとtwitter)のネットワーク分析を通して、ネット上でのオーディエンスのやりとりが音楽フェスティバルにおける盛り上がりとどう連動しているかを探る。具体的な手法として、任意の音楽フェスにまつわるつぶやきを、Pythonで取得したtwitter Streaming APIのデータを自然言語処理の方法である形態素解析エンジン「Mecab」を用いて分かち書きし、それにHadoopを用いた処理をおこなうためのPigを利用し、キーワードの出現回数を探求する。また、ステージ規模毎のアーティストにまつわるツイート数の偏差を算出し、その中で著しい差異を表したアーティストの属性を性別、グループ編成、楽曲セットリスト、楽曲キー、平均BPM(Beat per Minutes)などアーティスト毎の音楽的特性を様々な角度から分析することにする。

 そうした分析から、音楽フェスの盛り上がりには、twitter上でのやりとりがいかに影響を与えているのか、またそれぞれのオーディエンス間ではどのようなやりとりが行われているのかといったことを検証する。続いて、ステージ規模毎のアーティスト偏差(ここでいう、アーティスト偏差とは、ステージ規模に対するつぶやき数の指数を指す)とアーティスト属性から、どのような属性を持つアーティストが、「音楽フェス」と相性が良いのか、といったことを探求する。そして、そもそも「音楽フェス」というものがどのような音楽がもっとも受容され、どのような音楽が受容されやすいのかといったことについて検証する。

 

 

パイロットスタディから得られた仮説

 

SUMMER SONIC2014TOKIO」の盛り上がりから得られる仮説〜ネットのコミュニケーションと現場の温度感連動と促進〜

 

 筆者は大型音楽フェスティバルの代表格であるSUMMER SONNNIC2014の現場にオーディエンスとして赴き、参与観察を行った。その観察から得られたのは、ネット上のコミュニケーションと現場の盛り上がりは強く連動しているという仮説である。というのもSUMMER SONIC2014に出演が決定した「TOKIO」は出演者発表時「農家のTOKIOが音楽をするのか」といった具合に、ミュージシャンとしてはネガティブな評価がtwitter2chといったコミュニケーションプラットフォーム上では優勢の言説であった。実際に現場での出演待ち時間にtwitterで”TOKIO”と検索すると、「ジャニーズが本場外タレの中に混ざって大丈夫か」や「普段農業しかしていないアイドルグループの演奏は聞くに耐えうるか」といった、ミュージシャンとしてはネガティブな評価が目立った。しかし、メンバーがステージに姿を表すやいな「アニキ(長瀬智也)かっこいい」「リーダー(城島茂)最高」といった声援がネット上でもフェス会場でも男女問わず湧き上がり、本フェスにおける初の入場規制がおこるまでの事態となった。ここでいう入場規制とは、複数会場同時並行のフェスにおいて、ある会場が規定人数を超えたオーディエンスを動員し、規制をかけることを指す。また本フェスは東京大阪の2daysで行われ、TOKIOは連日の出演が決まっていた。初日東京での盛り上がりはまもなく多くのユーザーのツイートやアップロードされた写真とともにNaverまとめや2chまとめサイト、Togetterなどに掲載され、その様子をみた2日目のオーディエンスは、初日の「瞬間最高風速」をパッケージングされ、それを見てライブに臨むことで、二日目も入場規制が起こるなどといった大きな盛り上がりを見せた。このタイミングでは正確なツイート数など定量的な分析は行えていないものの、現場に参加した肌感からネット上のコミュニケーションは現場での盛り上がりと呼応関係にあり、強く相関しているといった仮説が得られた。

 

 

 

ドラマのツイート内容を追いかけた関連研究から得られる仮説

 

 フェス分析を行う前準備として、情報収集ツールの特性を理解する必要がある。そのために、テレビドラマ視聴におけるツイート数分析に関して筆者が所属する研究室の同期が行ったリサーチについて議論を重ねた。そのリサーチでは2014年フジテレビで放送された「HERO」の総ツイート数と、各登場人物で誰がもっともネット上でコミュニケーションの話題として用いられたかを探求するものである。本リサーチは学術論文の体裁をなすものではなく、慶応義塾大学SFCが行ったORF2014などより一般ユーザー向けの「データから示唆を得るワークショップ」のような形である種のエンターテインメントとして行われたものであるが示唆を得るには十分であった。

 このリサーチから得られたことは、ある枠組みの中でユーザーは自明なことは発信せず、イレギュラーでかつ事件性があることを発信する、ということである。ドラマHEROの例で言えば、主人公栗生にまつわるツイート数は少なく、脇役やドラマの中である種の驚き要素として用いられるようなキャラクターが登場した場合のツイート数が目立ったのである。

 こうしたことを踏まえると、音楽フェスというものをオーディエンスがたのしみ、それを発信するときにはある仮説が立てられる。それは、フェスの主役級の出演者であるヘッドライナークラスのアーティストのツイート偏差はそこまで高くなく、一方で中小規模のアーティストでかつ楽器破壊やステージ破壊といった事件性やイレギュラーを起こす場合により高いツイート偏差が得られるのではないかといったことである。

 

 

COUNTDOWN FESTIVAL14/15ツイート分析から得られる仮説〜情報発信とコンテンツの属性〜

 

 コンテンツ内容によって、ネットで発信するのがそのコンテンツを楽しむ前なのか、最中なのが、後なのかといったことがわかれることが想定される。テレビ視聴のように「ながら行為」との親和性が高ければ、そのコンテンツの再生中にオーディエンスが情報発信を行うことがかんがえられるだろう。また「ながら行為」との親和性が低ければ、そのコンテンツの再生後にオーディエンスが情報発信を行うことが考えられる。情報機器の使用が禁じられた映画館などが、視聴コミットを強要するコンテンツの代表であると言える。仮に音楽ライブというコンテンツが、のめり込むことをオーディエンスに強要し、そのコンテンツを楽しんでいる間はネットに発信しづらいものだとすれば、もっともネットにおける情報発信がおおかった瞬間があるとして、その直前に最も大きな盛り上がりをライブで起こしていると考えられる。

 実際に筆者がCDJP14/15のツイート取得をおこなった結果、4日間のフェスを通して3日目のみもっともtweet総数が多かったのは、終演後の時間帯であることがわかった。また他3日間に関しても、もっともその日の中でのtweet総数が多かったのは知名度や話題性の高いアーティストが集積した時間帯の後であったことがわかった。このことから、音楽フェスというコンテンツの属性は、映画ほどの視聴コミット要請が強くないながらも比較的「ながら行為」とは親和性が低いものであると考えられる。

 

 

■今後の研究指針

 

 以上のパイロットスタディを元に、「ネットと現場のコミュニケーションは連動している」「情報発信ツールの特性として、ユーザーはイレギュラーや事件性の高さに反応し情報発信を行う」「音楽フェスというものは、ながら行為と親和性が低いコミット強要型コンテンツ」であるという仮説を筆者は立てた。これを元に今年行われていく様々な音楽フェスティバルの情報分析を行う。これまでのリサーチでは数少ない音楽フェスにまつわる情報分析しか行われていないが、複数の音楽フェスをそれぞれ分析し、比較を行う予定である。その中で、音楽フェスと言うものの特性を導き出すことを目指す。また、実際に情報を取得するだけでなく、現場の温度感やそこで行われているコミュニケーションといった空気感も同時に理解することでよりリアルで現実と乖離していない音楽フェス研究を行う予定である。