2014年度 森泰吉郎記念研究振興基金 成果報告書

紫外線耐性菌の生存メカニズム解析

慶應義塾大学 政策・メディア研究科 修士課程2年
先端生命科学 (BI)
鶴岡 茉佑子


研究要旨

生体への過度の紫外線(Ultraviolet; UV)照射は,DNAをはじめとする様々な生体中の分子構造を変異させ,発がん作用など生命機能に悪影響を与える.そのためヒトを含む多くの生物は体内で色素を合成する事で,UVによる生体へのダメージを軽減する機能を保持している.特に一部の微生物は独自の色素合成経路に基づく高レベルのUV耐性を持ち,多量のUV照射を受けても生命を維持できる事が発見されつつある.一方で,これらのUV耐性菌が有する独自の耐性獲得メカニズムについては,いまだ未解明な部分が多い.
近年,本研究の共同研究者であるアメリカ航空宇宙局エイムズ研究所Lima研究員によって,アリゾナ州ソノラ砂漠の土壌から特異的に高いUV耐性を持つ細菌が新たに単離培養された.この細菌は16S rRNAシーケンシングによる系統解析から,Geodermatophilus obscurusと特定されている.G. obscurusは,生育初期は薄赤色の細胞であるものの,定常期後半から濃い緑色〜黒色の色素を合成・放出するようになり,生育初期には持たなかった高いUV耐性を獲得する.同じ土壌から単離されたGeodermatophilus属近縁種は黒〜緑色の色素を合成せず,またUV耐性も持たない事から,G. obscurusに固有の色素が高いUV耐性の要因となっていると考えられる.本研究では,この特徴的な色素の特定を主軸とし,G. obscurusが有する生体防御メカニズムの解明を目的とした解析を行った.その結果,クロリン環を持つポルフィリン様代謝物が色素分子の有力候補として得られた.またG. obscurusでは多糖の合成・細胞外放出が亢進している事,その多糖から成る細胞外構造体に色素を顆粒として放出している事,エネルギー代謝関連物質と一部の補酵素の細胞内濃度が顕著に高い事が明らかになった.これらの結果から,G. obscurusは色素による細胞内外のUV吸収・高い代謝レベルによる細胞内の恒常性維持と,複数の働きによってUVダメージに対する抵抗性を強めている事が示唆された.高いUV耐性を実現するメカニズムの解明は,多量のUV-Cに晒される宇宙環境での宇宙船外活動から皮膚がん等の疾病予防まで,幅広い分野への活用と貢献が期待できる.

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