森基金研究報告書

【ベイズモデリングによる交通事故予測モデルの構築】

 

古谷知之 研究室

政策・メディア研究科

杉尾 樹

 

 今年度の研究は、昨年度に引き続き「プローブカーデータ」を用いた交通事故の予測モデル作成に焦点を絞って行った。

 前年度に比べ、多くの方々の強力のもと、より強固な分析基盤のもとでデータの解析を行うことができたため、スムーズな作業及び精度の高いモデルの作成とその検証を行うことが可能となった。さらに、韓国で開かれた「アジアメガシティー」での国際発表や、オーストラリアで開催された「cauthe」にworking paperを提出、さらには今年度フランスで開催される「Spatial Statistics 2015」にも提出を行った。
 以下、本研究のContributionに関して整理する。(なお、データは非公開資料であるため本報告書には記載しない。)

 本研究では、プローブカーデータ及び急ブレーキデータを用いて、急ブレーキ多発箇所や交通事故発生箇所の要因分析とそれらの予測モデルを構築した。

 まず、カーネル密度分析では、交通事故及び急ブレーキ発生分布をヒートマップとして可視化し、それぞれの分布の特徴を考察した。それによりそれらの分布の差異を確認すること可能となった。

 次に、横浜市における急ブレーキ多発箇所の予測モデルを構築した。モデルは「全道路種」、「生活道路」、「高規格道路」の異なる道路区分で構築することにより、各結果の可視化及び検証を行った。モデルにはそれぞれポアソン分布と負の二項分布を適用したモデルを構築し、あてはまりの良いモデルの推定結果をもとに急ブレーキ予測値を算出した。急ブレーキカウントデータモデルでは、負の二項分布モデルのあてはまりが良い。しかし、急ブレーキのような多発箇所の予測においては、平均的な急ブレーキカウント数から正に逸脱するような現象が多く見られるが、今回のモデルではそのような値に対応できず、過小評価してしまう場合が確認された。また、正の値に逸脱したカウント数にも適合させるようにモデルが機能したため、非常にカウント数も少ない道路リンクを過大評価してしまうという場合も同時に確認された。それぞれの予測結果において、「全道路種」を対象にしたモデルでは、急ブレーキ事象を広く説明するモデルが構築できたが、その多発箇所は幹線道路等の高規格道路に集中したため、生活道路における急ブレーキ多発箇所を過小評価してしまう傾向があった。そのような問題を解決するために、「生活道路」と「高規格道路」に対象を分けてモデルの構築を行った。「生活道路」を対象としたモデルでは、交通事故とは異なり、横浜市北部にも多発箇所が発見されるなど、実際の多発箇所と類似した傾向で危険道路区間の予測を行うことが可能となった。そのような異なった危険箇所を予測する原因を予測された多発箇所の各属性値をもとに考察を行ったところ、横浜市北部では、住宅地と商業値の混在エリア、工業系のエリアが多く存在し、生活道路の速度制限規制なども比較的緩いことが明らかになった。また、「高規格道路」を対象とした場合は、規格の大きな道路ほど急ブレーキカウント数が増加するというシンプルな構造が確認された。

 そして最後に、プローブカーデータ及び急ブレーキデータに加え、各道路構造や周辺地域情報を考慮した上で、交通事故予測モデルの構築を行った。交通事故予測モデルも急ブレーキカウントデータモデルと同様に、3つの道路区分においてモデルを構築し、その結果の考察を行った。「全道路種」を対象としたモデルでは、交通事故現象の発生要因の分析やその予測確率を広く推定することができた。「生活道路」を対象とした場合では、生活道路内で事故の危険性が高いと予測される道路箇所は幹線道路付近に集中しており、その距離が近いほど発生確率が高くなるという関係性も確認できた。また、「高規格道路」においては、生活道路においてその発生確率が上昇する場合と類似して、幹線道路でありながら、住宅系のエリアを通り、その速度制限が強めに設けられてある道路において事故が発生する確率が高いとされている。つまり、道路種の区別が曖昧である道路リンクにおいては、その走行パターンや危険度認識が疎かになるのではないかと推測できる。

 今後の課題としては、予測モデルの精度向上が第一に挙げられる。交通事故のようなスパースなデータに対して適応すべき統計モデルを当てはめることでその予測確率を上昇させる必要があるだろう。そして、このようにビックデータと呼ばれるような大量データからある事象の確率を推定するといった試みは、あらゆる面で実用化されていく。プローブカーデータ及び急ブレーキデータの特性から交通事故現象を分析する検証もカーナビゲーションシステムへの応用や、運転挙動の評価による車両保険の最適化、または道路交通政策立案・評価における客観的な視点の一部として定着する可能性が高いと考えられる。
 このような研究は、ビッグデータ然り、わりかとトレンドのように感じられるが、実世界においてデータ活用の成功事例が増えれば、それの利用が前提として成り立った社会基盤が構築されることとなるだろう。そのような構想の一部分に貢献できる研究であることは間違いない。今後もさらなる研究の昇華をもとに研究を行う予定である。