2014年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成金 報告書
シングルソースデータが可能にする広告効果測定・広告戦略策定について
~ベイジアンネットワークを活用したグラフィカルモデリングと確率推論~

田中 渚子
慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科 修士課程1年


問題意識と研究目的

■問題意識

【消費者のメディア接触行動の複雑化】

 スマートフォンやソーシャルメディア、動画サイトなどの普及により、若年層を中心に消費者のメディア接触行動は複雑化している。このような状況下で企業は様々な形態の広告戦略を実施しているが、広告効果指標は広告チャネルによって分断されているため、チャネルを横断した消費者起点の広告効果測定ができず、チャネル間での適切な広告予算配分が難しくなっている。
【成熟市場における消費者ニーズの多様化】

 成熟市場においては、消費者のニーズはより洗練され、多様化する傾向にある。そのような状況下では、商品の実用性だけでなく、ライフスタイルに合うか、他人にどう見られるかなど、自身のアイデンティティへの欲求が購買行動に大きく影響していると考えられる。さらに、同じ消費者であっても、時と場合、また、商品ジャンルによって、統一された意思決定基準で購買するとは限らない。こうした消費者の性質を理解するためには、購買に対する価値観や、日常生活行動、特定のブランドへの関心度合いなど、メディア接触や購買行動などの行動データとして顕在化しにくい内面的な要素について、多面的に考慮する必要があり、ターゲットセグメンテーションが難しくなっている。

【分析業務の煩雑化】

 上記のような課題に対し、デジタル技術の発展や、シングルソースデータの活用により、広告効果測定に有用なデータは飛躍的に増加している。しかし、互いに性質の異なる膨大なデータについて、目的に応じて見るべき変数を選別し、適切に表示する作業が煩雑になっているのも事実である。膨大なデータから有用な知見を引き出し、それを広告戦略策定上の意思決定につなげることが難しくなっている。

■研究目的

【広告チャネルを横断した消費者起点のモデル化】

 テレビCMと雑誌広告のように異なる広告チャネル間での相乗効果を表現する広告効果測定モデルを構築する。また、マスメディアやソーシャルメディアなどのメディア利用状況を一括してモデルに取り入れることで、マスメディアだけでなく、インターネットメディアにおける広告戦略策定の示唆となる分析を行う。

【購買行動の背後にある内面的要素のモデル化】

 たとえ同程度の広告に接触したとしても、購買に対する価値観やその商品への関心度合いなどによって、広告効果は異なると考えられる。価値観や購買意向などの内面的なデータと、メディア接触などの行動データを結び付けた広告効果測定モデルを構築することで、ニーズが顕在化していない潜在ターゲット像を発見し、広告効果の最大化に寄与する分析を行う。

【広告戦略策定上の意思決定プロセスへの貢献】

 互いに異質、かつ多数の変数の関係性をわかりやすく視覚化し、モデルから得られた知見を広告戦略策定における意思決定につなげられるよう、ビジネス上の実務に貢献するプロセスを提案する。

分析

■データ

調査期間:2014年2月8日~2014年4月5日
(出所)株式会社野村総合研究所 インサイトシグナル(2014年2~3月期)データ

■分析の流れ

(1) 変数の整理

・消費価値観と趣味の変数群について潜在クラス分析を行い、変数のグルーピングを行う。
・クロス集計を行い、度数の少ない項目を合成する。
・数字の大きさが変数の傾向の強さを表すような順序尺度に変換する。

(2) データの探索

・採用した全指標を用いて、情報量基準に基づく統計的学習によるベイジアンネットワークの構築を行う。
・変数間の関係性を数量化1類を用いて表現する。

(3) 仮説の導出

・構築したネットワークから全体像を把握し、変数間の依存関係や、その強さを考察する。
・ネットワークから発見した知見と、研究目的を基に、仮説を導出する。

(4) 広告効果分析

・仮説の検証に適したベイジアンネットワークを構築する。
・構築したベイジアンネットワークを用いて確率推論を行い、仮説を検証する。

(5) 広告戦略への展開

・内面的な変数を組み合わせ、広告効果の最大化に寄与するターゲットセグメンテーションを行う。
・上記で設定したターゲットに基づいてテレビCMの出稿プランの見直しと、広告効果のシミュレーションを行う。

 一連のプロセスを通じ、複雑化したメディア接触行動および、内面的要素を用いた多面的なターゲットセグメンテーションを考慮した広告効果測定モデルを構築し、広告戦略策定における意思決定プロセスへの貢献を目指す。

考察

【広告チャネルを横断した消費者起点のモデル化】

・「CGM同士」や、「アットコスメとインターネット上のドラッグストア」、「女性誌閲読数とテレビ視聴時間」など、メディア間での依存関係の高さが示唆されていた。
・CGMの利用頻度とテレビの視聴時間を用いて、購買実態や意向、態度変容を推論した際は高い正解率を保っており、メディアの利用状況が購買行動に影響することを示唆する結果が出ている。
・雑誌広告とテレビCMは両方接触すると態度変容の確率が高まるという結果が出ており、異なる広告チャネル間の相乗効果を示唆している。
・態度変容の有無からメディア利用状況を推論したところ、購買に近い状態で態度変容をした顧客層はFacebookやTwitterの利用傾向が強く、かつ、テレビの視聴時間も長いという結果となった。このような顧客層には、テレビを見ながらソーシャルメディアを利用するといったようなマルチスクリーン視聴の傾向があることを示唆している。したがって、広告チャネルの予算配分については、テレビとソーシャルメディアの双方で相乗効果を生むようなキャンペーン施策が効果的と思われる。

【購買行動の背後にある内面的な要素のモデル化】

・購買実態によって、同程度のテレビCMの接触回数であっても態度変容の確率が異なるという結果となった。また、検討段階の顧客層に関しては雑誌広告の態度変容確率が高いなど、広告チャネルによって、より効果的な購買実態の段階があることも示唆されている。どのような購買実態の顧客層に態度変容を促したいのかという広告戦略に応じて広告チャネルを選択し、予算を配分する必要性があると思われる。
・趣味や消費価値観などの内面的な変数を基に設定したターゲットセグメントを用いてテレビCM出稿番組の見直しを行うことで、態度変容の確率を増加させられるという結果が得られた。内面的な要素にまで踏み込んだ顧客のセグメンテーションと、メディア接触行動や購買行動などの行動データを組み合わせることで、より深い広告戦略の展開が可能になると考えられる。

活動報告

本研究を「マーケティング分析コンテスト2014」に応募し、2位に入賞した。