2014年度 森泰吉郎記念研究振興基金 成果報告書

ビタミンCの抗がん作用における分子機構の解明

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程2年
先端生命科学 (BI)
上瀧 萌


研究内容

 ビタミンCは,生理濃度において抗酸化作用を有する補酵素として広く知られているが,その一方で高濃度においては活性酸素種 (ROS) を発生させる酸化促進作用を発揮することが明らかとされている.抗酸化能の低いがん細胞では,このビタミンCにより産生されるROSを消去しきれずに酸化ストレスが生じ細胞死が誘導されることが報告されている.しかしながら,ビタミンCによる抗がん効果における詳細な作用機序については未だ不明な点が多い.本研究ではメタボロミクスの観点からビタミンCによる抗がん作用の分子機構について検討を行った.まず始めに,我々はMCF7細胞 (ヒト乳がん細胞) を用いてビタミンCによる殺細胞作用について調べた.その結果,高濃度のビタミンC (1 mM以上) を添加することによって細胞死が誘導された.また抗酸化物質であるN-acetylcysteine (NAC) および還元型グルタチオン (GSH) はそのビタミンCによる細胞死を顕著に抑制したことから,ビタミンCはROSの産生を介して細胞死を誘導することが確認できた.ROSは細胞の酸化還元状態をはじめ様々な代謝プロファイルに大きく影響を与えることが予想される.そこで我々は,キャピラリー電気泳動飛行時間型質量分析装置 (CE-TOFMS) を用いて,ビタミンCによる代謝変化について網羅的に解析を行った.MCF7細胞をビタミンCで処理した結果,解糖系上流およびTCA回路上流に位置する物質濃度の増加が見られ,ATPレベルの顕著な低下も認められた.また,これらのビタミンCによる代謝変化はNACを共処理することよって抑制することができた.さらにビタミンC処理によりNADの低下が明らかとなり,NADの低下に起因するエネルギー代謝全体の停滞が考察された.さらにMCF7細胞においてビタミンCによる殺細胞効果がNAD濃度依存的に抑制された.すなわち,これらの結果から,MCF7細胞においてビタミンCはROSを産生し,NADを減少させることで,解糖系を阻害しATP産生を抑制し殺細胞効果を誘導することが示唆された.