2014年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究成果報告書

氏名
坂村 美奈
学籍番号
81424393
ログイン名
minarom
所属
政策・メディア研究科 修士課程1年
専攻
CI (Cyber Informatics)ユビキタスコンピューティング&ネットワーキングプロジェクト

研究課題名

参加型センシングにおけるタスクの価値付けと可視化

研究概要

近年,センサネットワークと携帯端末を利用したセンシングが普及している.携帯端末を利用したセンシング中で,特にユーザが意識的にセンサとして働く参加型センシングでは,例えば場所や天気の様子に関するタスク(あるセンシングの目的)を閲覧・選定し情報収集・提供する.しかしタスクの種類によって更新頻度や内容が異なることから,どのタスクを選定し情報収集・提供することが最も必要とされているかが分かり辛い.また,現在は物理センサや人から得られる情報の他にもウェブ上のSNSや公開されている大気汚染などのデータなどから得られる情報も自由に利用可能になってきた.本研究では各センサによりタスクの対象となる状況を定量的に監視することで,タスクの更新必要性に関する価値付け,可視化を行い,人によるセンシングが必要な際に通知するシステムを提案する.提案手法を実現するために,本研究ではセンサネットワークと参加型センシングが同一プ ラットフォームで動作する統合アーキテクチャを設計・実装し,相互補完的なセンシング環境を構築する.以下で,検知した実世界の事象に基づき,状況に応じて動的に複数のセンシング主体の中から最適なセンサを配置・関連づけられる手法について提案及び構築した結果について説明する.

背景

近年,安価で高機能かつ高精度な物理センサの普及によ りセンサネットワークにおける研究が盛んである.物理セ ンサを用いると湿度や照度などの環境情報を定量的に取得 することが出来る.また,携帯端末を用いたセンシングが注目されている.スマートフォンは加速度センサや気圧センサなど様々な物理センサを搭載しているだけでなく,セ ンサの値や位置情報といった定量的な値の取得も可能であり,写真,コメントといった人の感性から得られる定性的な情報のリアルタイムな取得媒体としても利用できる.携帯端末を用いたセンシングのひとつに,参加型センシング (Participatory sensing)がある.参加型センシングにはユーザが意識的に行うセンシングと無意識的に行うセンシングがある.ユーザがセンシングに無意識的または意識的に参加することで達成される目的のことを本論文では「タスク」と呼ぶ.無意識的な参加とは,例えば騒音レベルが分かる物理センサを用いて「歩いている間の騒音度を取得してください」というものである.一方で意識的な参加とは,アンケートを利用して「今の天気はどうですか」と尋ねることなどを指す.このようにタスクはセンシングの具体的な収集目的のことでありセンシングシステムの管理者や他ユーザが提示する. 近年の参加型センシングでは,「列に並んでいる人数を教えてください」,「今の天気の様子を写真に撮って送ってください」などといった達成までのステップが少なく,単純なタスクが多い.また,簡単にこなせるタスクなので,参加する意思があり環境が整っていれば通行人など大半の一般の人々が達成可能である. しかし今後の参加型センシングでは,このような比較的達成が容易なタスクが増加するだけでなく,達成までのステップが多く.複雑なタスクも増加すると予想される.達成が難しいタスクとは,そのタスクを達成できる場所や時間の制約や,人の能力や権利によって達成出来るかどうかが分かれるもので,タスクを達成出来る人が限られる.これらのタスクは,ユーザのプロフィールとセンシング対象に関係する.プロフィールとは,性別や住所(その土地と関わりが深いかどうか),また,技術者や医療従事者,管理者といった特定の職業などである.センシング対象としては,道路状況や街灯,標識の故障状況,植物,建物の様子,街の清掃状況,混雑状況,イベントの情報などが挙げられる.

問題意識と目的

本研究の問題意識として,達成が難しいタスクを実行するためにはそのタスクに見合ったプロフィールの人物がタスクを達成しなければいけないが,そのような人々の数は通りすがりの人々の人数と比べて限られている,ということが挙げられる. そこで本研究では,必要なタイミングで適切な人や物理センサなどに効率的にタスクを割り振るために,ソーシャルリソースの最適配置を行うことを目的とする. 本研究において,ソーシャルリソースとは,温度センサや湿度センサといった物理センサ,参加型センシングに参加する人々,そしてTwitterを始めとしたSNSから得られるイベント情報,つぶやき,盛り上がり度が挙げられる.さらにそれらに加えて,ウェブページ上に日々発表,更新される情報も利用可能である.例えば,環境省は公式サイトには,大気汚染物質広域監視システム(そらまめくん)や、花粉観測システム(はなこさん)、大気汚染の状況などについて紹介されている.ここには日々更新される各種データが一般公開されている.そのため,例えばこれらの情報を元に,大気汚染度や花粉量の変化を何らかのセンシングの引き金にしたり,他の情報と組み合わせることも可能である.ウェブページに情報は公開されているものの,現段階ではまだ利活用されきれていない情報は他にも,放射性物質量の情報,漁港の採れ高,富士山の写真など沢山あり,本研究ではこれら全てをソーシャルリソースとしてセンシングに利活用できるようなシステムを構築する.

LiPS

本節では本研究のシステムについてコンセプトと応用例を述べる. 本研究では,複雑なセンシングタスクを小さなタスクに分割し,それぞれに適切なセンサを割り振り,お互いをリンクさせることでソーシャルリソースの最適配置を行う. センシングタスクがお互いに関わりあい,様々な事象によりセンシング対象が変化することから,システムをLinked Participatory Sensing(LiPS)と呼ぶ. LiPSのイメージとして,病院内のシチュエーションが挙げられる. まず病院において,例えば患者の方が脈拍センサを常時装着している状況を想定する. この患者の方が普段とは異なる脈拍センサの値を取得すると,看護師が呼ばれる. 看護師は患者の元に行き,様子を見た上で自分の手に負えない状態であると判断した場合,医者を呼ぶ.この時看護師が手に負える範囲の状態であった場合は,その時点で処置を行い,医者は呼ばず脈拍センサの値は通常値となる. 医者が呼ばれた場合,医者は様態への対処を自分で行ったり,それでも医者の手に負えない場合は他の医者を呼ぶ等,何らかの措置が考えられる. この例で考えた場合,最初の患者の方に常時装着された物理センサである脈拍センサが,LiPSにおける低レベルなセンシングと言える.物理センサは数も多く,安価で低コストなため,常時センシングを行うことが可能である.それに比べて次に呼ばれる看護師は脈拍センサよりも処理出来る内容は高いが数が少なく,常時患者のそばに付いて様態を見守れるわけではない.そのため,看護師が患者の様態を見るという行為は脈拍センサよりも高度なタスクと考えられ,効率的に労力や時間を配分するためには必要なときにのみそのタスクが発行されるべきである.同じように最後に呼ばれた医者は看護師よりもさらに高度な処理を行うことができるが,数も看護師よりも少なく,時間もかなり限られている. そのため,脈拍センサでも,看護師でも手に負えなかった場合のみ緊急で医者が呼ばれる仕組みになっている.この状況下では医者は特定の職業に就く高度な能力を持った人物として高度なタスクを達成できる人としてプロフィール設定を行うことが出来る.

LiPSのコンセプトとして,例えばセンシングタスクとしてバス停留所付近の様子を把握するタスクがあった際,LiPSではまずひとつのセンシングタスクを細かいタスクに分割する.例えば下図では,レベル1のタスクとして物理センサを割当て,バス付近の人の存在を赤外線センサなどで把握する.もし赤外線センサが人の存在を検知した場合,レベル2のタスクが発動する.レベル2のタスクでは,バス停留所付近にいる人に付近の様子を参加型センシングにより質問する.もし混雑が起きていたり,清掃状況が酷く悪いなど通常時と異なる状況が検知された場合,付近の人々では対処できないため,次のレベルのタスクへと移る. 最終的にはバス停留所の管理者や,バス運転手など,特定の人々へタスクが移ることとなる. また,レベルの高いタスクに移るだけでなく,一旦そのタスクが落ち着いたと判定されるとレベルの低いタスクに移ったり,必要な場合はレベルが段階的に移るのではなく飛ばして異なるレベルに移ることも考えている.

システムデザイン

これまで,センサネットワークや参加型センシングで利用するアプリケーションの提案や開発が行われてきたが,多くは別々のアーキテクチャやフレームワークで動作するものであった.センサネットワークと参加型センシングアーキテクチャをひとつのアーキテクチャに統合することで,両者が持つ利点を活かしつつ互いに欠点を補完しあったセンシング環境が実現可能となる.そのため本研究ではシステムを構築するためにセンサネットワークと参加型センシングが同一プラットフォームで動作する統合アーキテクチャを設計・実装する. 本アーキテクチャはアメリカのカーネギーメロン大学で開発されたSensor Andrewという,異種センサノードセンサデータを統合的に扱えるミドルウェアをベースとする.アプリケーションが物理センサ又はユーザから送られてきた情報を活用する際,その情報のフォーマットを知る必要がある.そこで,本アーキテクチャでタスクとして定義された仮想のイベントノードをメタノードとデータノードの2つをペアとして扱う.メタノードは,物理センサまたは参加型センシングに関する情報のフォーマットを定義する.Sensor Andrew では緯度,経度,kelvinなど物理センサに関する単位が既に定義されているが,本システムの際に必要となる参加型センシングに関するテキスト入力や.選択肢,写真や動画,音声ファイルについて定義されていないため,今回Sensor-Over-XMPPの拡張を行う.参加型センシング􏰀定義も物理センサと同じようにメタノードに記述することで,参加する際に表示されるインタフェースも動的に取得し,それぞれタスクにあったインタフェースを生成することが可能となる.また,データノードに実際物理センサが取得したセンサデータや,ユーザが取得したタスク内容に関するテキストや写真などを記述する.

実装結果

本節では今回実装をしたLiPSのアプリケーションについて説明を行う. まず1つ目に,小さく分割したセンシングタスクにセンサを割り振り,リンクさせる設定を行うウェブツールを開発した.ここではモデルの定義を行うことができる.現在使用可能なソーシャルリソースは右側の枠にリアルタイムなセンサデータと共に表示される. 配布したいタスクの定義として,ピンク色の四角の中にはセンサID,センサのカテゴリ,センサのノード名,配布したい時間帯,配布したい相手の定義,そして次のタスクへ移る際の条件を複数追加することが出来る. モデルの配布場所に関しては,アクティベートをする際に配布したい場所を半径を指定して定義することで,その付近にいる人々にタスクを配布することができる. 作成したモデルは名前をつけて保存することができ,後から編集をしたり,消去したりすることが可能となっている. このツールはウェブ上で公開することで,限られた人々だけでなく,今後益々あらゆるソーシャルリソースから得られるセンサデータを誰もが利用できるようになることを想定し,どこでも誰でも使えるツールを目指している.
2つ目に,参加型センシングにおけるタスクへの参加を可能とするAndroidアプリケーションの開発を行った. 貢献者はまず自身のプロフィールを設定する. プロフィールは複数設定することが可能である.設定したプロフィールをもとに,そのプロフィールの人が必要となるタスクが発生した場合,Androidに通知が来る.

研究成果

今学期は、まず、以上に説明した研究に関連した論文についての発表を行った。
2014年8月1日から3日にかけては、シンガポールのSMU(Singapore Management University)及びNUS(National University of Singapore)での研究交流を行った。
また、9月1日から2日にかけてフランス・センティティエンヌにてIWISS2014(International Workshop on Web Intelligence and Smart Sensing :http://iwwiss.ht.sfc.keio.ac.jp/2014/)という学会にて“Help Me!:Valuing and Visualizing Participatory Sensing Tasks with Physical Sensors”というタイトルで,情報処理学会ユビキタスコンピューティングシステム研究会で行った発表内容を元に作成したプロトタイプ実装及び評価について発表を行った.
9月13日から17日にかけてはアメリカ・シアトルでのUbicomp 2014(http://ubicomp.org/ubicomp2014/index.php)にてworkshopでの発表をおこなった。本学会ではフランスにおける学会での知見を生かしより汎用的に社会においてセンシング、センシングタスクの配布を可能とするLiPS:Linked Participatory Sensingというシステムについての発表を行った。大規模な情報学会にて自身の研究発表に関してのフィードバックを得るとともに、世界の研究者の論文発表を聴講することで今後の研究に関する様々な知見を得られた。
さらに研究のシステムの設計及び実装を行い、その結果を11月21日から22日にかけて六本木で行われたORF2014(SFC Open Research Forum)にてポスター発表及びデモを行った。
また、参加型センシングシステムを使用し藤沢市を中心とした地域で実証実験を行い、一般の方々にも参加型センシングをしてもらい、評価を得た。知見を生かして来年度には国内、国外を含めさらに実証実験を行っていく予定である。 また、来年度も引き続き実験、評価を重ねて論文として投稿する予定である。

LiPS:Linked Participatory Sensing

より詳細な説明を以下に掲載する.
LiPS:Linked Participatory Sensing