「スポーツにおける集団行動とアナロジー学習の研究」

２０１５年度森泰吉郎記念研究振興基金 成果報告書

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 修士課程１年

加藤貴昭研究室

久野貴弘

スタンドアップパドルサーフィンにおけるロウイング課題の潜在的運動学習に関する研究

Implicit motor learning of a rowing a Stand up paddle surfing (SUP) task: Validation of the effectiveness of analogical instruction

研究概要

本研究は，ボート競技における熟達選手の漕ぎ動作のリミットサイクルアトラクターの変化を計測し，漕ぎの動作モデルの明確化を図ると同時に，非熟達者に対してアナロジー学習を実施することによって，効率的かつ効果的にアトラクターの形成を促すことを目的とする．

研究方法としては，慣性センサー，モーションキャプチャーシステム等を利用した選手の漕ぎの動作の３次元動作解析を中心的に行い学習効果を分析する．

研究背景と目的

アナロジーとは，既知の構造概念から類推して発想し，同じ構造概念を持つ新たな知を作り出したり，同じ構造概念を用いることで新たな知の説明を容易にする思考の仕方である．例えば，小学校教育における理科の授業において，初めて電気について生徒に教える際，「電流を水流れに，電圧を水圧に」例えて指導する場面がしばしば見受けられる．これはアナロジー学習例の一つだと考えられる．スポーツ分野において Poolton, Masters & Maxwell (2007a) は，テニスでオーバースピンをかける際に，「山の輪郭をなぞるようにラケットを振る」というアナロジーを与えることが効果的であると紹介し，また，Lam, Maxwell & Masters (2009) では，バスケットボールのシュートの際に「棚の上のビスケットのビンに手を突っ込むようなイメージ」というアナロジーを与えることでシュートの成功率が向上することが示された．しかし，スポーツ分野におけるアナロジー学習の研究は未だに少なく，充分に研究が進んでいるとは言い難い．当研究室では，昨年，ダーツ競技におけるアナロジー学習効果の検証を行い，その結果，「紙飛行機のようなイメージで投げる」というアナロジーが投擲フォームの修正に効果的であることが解明された．本研究では引き続きスポーツにおけるアナロジー学習効果の検証を行うこととし，ボート競技に関して，熟達者が有するアナロジーについての調査を行い，調査の結果得られたアナロジーの有効性を検証した．

今学期の成果

今学期は，予備実験としてStand up paddle surfing（SUP）における熟達者と非熟達者の漕ぎの動作の差異，及び，非熟達者に対して「棒高跳びのようなイメージで漕ぐ」というアナロジー教示を行った際の漕ぎの動作の変化をモーションキャプチャーシステムを用いて計測した．被験者は熟達者2名（全国大会上位選手），非熟達者2名（競技歴3年未満）とした．モーションキャプチャーシステムVENUS3D-Duo（サンプリングレート120Hz）を用い，実験室にてSUPの空漕ぎ動作を計測した．その際，水上での漕ぎの動作に近い環境にするため，被験者にハーネスを装着し前傾姿勢で漕ぎの動作が行えるようにした．身体関節及びパドルに赤外線反射マーカーを装着し，漕ぎ動作時の「下腕の伸ばし角」「パドルの持ち角」「上体の前傾角」「膝の屈伸角」を計測した．その結果，熟達者は各計測項目において角度変位が同期傾向にあるのに対して，非熟達者はパドルを持つ角度の偏差が大きく，つまり，パドル制御の乱れが大きいことが分かった．また非熟達者は，上体前傾角度変位量が小さく姿勢が十分に前傾できておらず，その結果，漕ぎにおける水のキャッチ動作が熟達者と比較して不十分であることが示された．屈伸角度変位量の結果からは，熟達者と比較して，非熟達者は膝の屈曲伸展運動量が不十分であることもわかった．一方で，アナロジー教示後は膝の屈曲伸展運動パターンが熟達者と一部近似し，アナロジー教示の効果が表れていることが示された．このアナロジー教示による膝の屈曲伸展運動パターンの近似については，アナロジー教示によって腕に意識が集中したことで下半身に対する意識の集中が外れ，無意識下で制御される自然な漕ぎ動作のサイクル（リミットサイクル）が形成されたのではないかと考察される．

今後の予定

今回の実験では，アナロジー教示により熟達者特有の腕のフォーム及び漕ぎ動作のリミットサイクルを非熟達者に形成させることを期待したが，腕のフォームではなく下半身に対して教示の効果が表れた．アナロジー学習効果が直接的に意識が集中しない下半身の変化から始まり，意識が集中する上半身へとシフトしていくと仮定するならば，より長期的に学習実験を行っていくことで上半身に対しても学習効果が表れること期待される．そこで，今後の計画として，アナロジー教示群（潜在学習群），直接的教示群（顕在学習群），コントロール群を用意し，各群に長期的な学習を実施し漕ぎ動作の変化を比較・分析していきたいと考えている．その際，今回の実験結果から下半身の動作の重要性が示唆されたことをふまえて，三次元動作解析に加えてフォースプレートを用いた下半身で発揮される力の計測も行っていきたいと考えている．また，今後は9軸ワイヤレスモーションセンサを用いた水上での動作計測も行っていく予定である．

参考文献

1) Poolton, J., Masters, R. S. W., & Maxwell, J. P. (2007a). Development of a culturally appropriate analogy for implicit motor learning in a Chinese population. Sport Psychologist, 21, 375-382.

2) Lam, W.K., Maxwell, J.P., & Masters, R.S.W. (2009). Analogy versus explicit learning of a modified basketball shooting task. Performance and kinematic outcomes. Journal of Sports Sciences, 27, 179-191.

3) Hodges, N.J., & Williams, A.M. (2012) Skill Acquisition in Sport: Research, Theory and Practice, 2nd ed. London: Routledge, 385.

4) Lam, W.K., Maxwell, J.P., & Masters, R.S.W. (2009). Analogy versus explicit learning of a modified basketball shooting task. Performance and kinematic outcomes. Journal of Sports Sciences, 27, 179-191.

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