2015年度 森基金成果報告書

慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科

富田 恭平

家族介護者はいかにして共依存を克服していくか

―知的障害の当事者活動に参加する母親のライフストーリー

 

論文要旨

 

本稿の目的は、家族介護者、とくに知的障害者の子を持つ母親が当事者活動を通じていかにして共依存を克服していくかを明らかにすることである。

介護・介助・看病・看取り・育児といった家族のケアを無償で担う家族介護者は、家族内でのケアを「よきもの」とする社会の価値規範に影響されると、過剰な負担を負いつつも自らケアを担い続けようとする。ケアへ没入するほど過保護・過管理といった抑圧が生じる可能性が高まる。障害者家族、とくに母親は、障害への差別・偏見の影響を受けて抑圧的な親子関係を築いてしまいやすい。抑圧的な親子関係は、親亡き後に向けた障害者の自立への準備・訓練を妨げる。

本稿では障害への差別・偏見をもたらす社会の価値規範を受け入れることで抑圧的な親子関係を築き、そのことによってそうした社会の価値規範を維持・強化されることを「共依存」として捉える。共依存を克服しようとする場合、社会の価値規範の影響を緩和させるか、それ自体を問い直して作り変えていこうとする「当事者活動」を行うことが必要となる。本稿では知的障害の子を持つ親の当事者組織「手をつなぐ親の会」支部組織の会長を経験した母親8人の詳細なライフストーリーに焦点をあて、@差別・偏見をもたらす社会の価値規範との共依存はいかなる他者との相互作用によって緩和されるか、A当事者活動を通じて差別・偏見をもたらす社会の価値規範はいかにして問い直されていくかを考察する。本稿で見出されたのは以下の3点である。

@社会に障害理解が浸透しつつあることにより、差別・偏見から守られた空間で母親同士が相互承認する必然性が薄まり、子同士の比較など母親同士の関わりの抑圧的な側面が強まっている。むしろ母親の育児・療育へのプレッシャーに対する専門職の理解・共感、地域に子が受けいれられる経験によって共依存が緩和される。

A知的障害の当事者活動において、「社会資源を獲得してきた世代」から「地域に障害理解を促す世代」に移行し、事業所の立ち上げといった活動内容がわかりやすい活動と比較し、「地域の障害理解」という成果のみえにくく、明確な基準が存在しない活動を行うことが求められている。

B当事者活動するうえでの問題意識は、地域社会の他の障害・福祉分野や社会問題等の活動者との相互作用によって形成される。また子への差別の自覚、自らの過去等を問い直すことで当事者活動が徹底され、母親は共依存の克服へと向かっていく。