2015年度森泰吉郎記念研究振興基金「研究育成費」研究成果報告書

ゴール型ボールゲームの集団の行動決定過程の分析

糸田孝太

慶應義塾大学政策・メディア研究科修士課程二年(81424092)

Project Virtual Systems Research / Project Novel Computing


1. 研究背景と概要

複数の人間からなる協調的集団行動は,お互いの意図推定に基づく動的で複雑な系を構成する. 代表的な集団行動として集団競技のスポーツを考えると,試合の中で複数の選手同士がお互い の意図を推定し合う事で円滑な協調を実現している様子を見る事ができる. しかし一方で,人間の協調的集団行動を実現する個人の意志決定や意図推定は未だ明らかになっていない. そして選手の行動の予測は一般的に困難と考えられている. しかしそのような複雑な集団行動の中にも一定のパターンや状況があり,それが選手の瞬間的な 判断を可能にすると考えられる. 本研究では,人間の協調的集団行動の例としてハンドボールやサッカーといったゴール型ボールゲームを 対象とする.そして複数の選手が判断に用いる共有される概念を想定し,それに基づく行動間の関係と 視線を用いた参照行動の分析を行った.具体的な内容は以下である.

まず一つ目の研究として,試合の中の選手の位置情報を記録したトラッキングデータを用いて 選手の行動モデルを構築し,異なる集団行動における選手間の行動間関係の抽出を行った. 具体的には,時系列モデルの一つである隠れセミマルコフモデルを用いて選手の行動のモードが確率的に 遷移する行動モデルを構築し,トラッキングデータから算出される速度や加速度を用いてパラメータを推定した. さらに,行動間の関係を見るために,各集団行動毎に行動モデルによって推定された行動の遷移間の 時間遅れを含む移動エントロピーを計算し分析を行い,それらの結果がどの程度実際の場面を表現しているのか 検証を行った.

そして二つ目の研究として,選手の参照行動として視線に着目し,仮想環境を用いた行動実験を行った. まず,選手の視線の分析のためのツールの構築を行い,動画情報とトラッキングデータの情報が完全に同期 して確認ができるようにし,さらに各フレームにおいてインタラクティブにデータを入力できる環境を整えた. 視線方向は動画中の選手の頭部方向を元に近似し,特定の場面における視線変位をもとに実験に用いる場面の 選定を行った.さらに,ヘッドマウントディスプレイのOculus Riftを用いて仮想的に選出した場面を再現し, 被験者の仮想環境における行動実験を行った.

2. 研究成果

(1) トラッキングデータから算出される速度や加速度から構成される行動モデルを隠れセミマルコフ モデル(HSMM; Hidden Semi-Markov Model)によって構築した. 分節化された行動をモデルの出力分布のパラメータ空間における分布と実際の動画で見られる行動 を照らし合わせる事で,人間の感覚に近い自然な分節化の実現を確かめた.

(2) 行動モデルによって得られた行動の分節から行動の切替え時点に着目し,各集団行動における 行動の切替えの間の関係の抽出を時間遅れを含む移動エントロピー(dTE; delayed Transfer Entropy)を 用いる事で複数の時間遅れを含む行動の関係性を捉え,実際の選手の役割を反映するような関係の抽出 ができる事を確かめた.

(3) 動画データ及びトラッキングデータや視線データを同期させ,データを獲得するソフトウェアの開発 を行った.これにより,フレームレートの異なるデータ間でインタラクティブにデータを獲得する事が 可能となり,実際に頭部方向の入力にツールを用いた.

(4) 視線行動に着目した仮想環境における概念獲得実験を行い,学習フェーズを経る事で被験者の視線の 分散が減り,着眼点を学習により獲得できる事が示唆される結果となった. さらに実験に用いた一つの場面の中での幾つかの場面の異なりにより学習結果が異なる結果を得, 今後さらなる実験を行う上で参考になると考えられる.

3. 今後の計画

今後は今回得られた結果を基に,集団における個人の情報処理のモデルの構築を行う事で 実際に共有概念が獲得される過程をより詳細に理解できるように分析,モデル構築,シミュレーションを 行っていく.


研究成果

[1] Kota Itoda, Norifumi Watanabe, Yoshiyasu Takefuji, "Causality Analysis of Group Behavior in Goal-type Ball Game", Machine Learning Summer School Kyoto.(August.23-September.4, 2015).

[2] Kota Itoda, Norifumi Watanabe, Yoshiyasu Takefuji, “Model-based Behavioral Causality Analysis of Handball with Delayed Transfer Entropy”, Procedia Computer Science, vol.71,pp.85-91(2015).