2016年度 森泰吉郎記念研究振興基金
研究成果報告書

珠算熟達者の暗算における神経ネットワークの解明

所属:政策・メディア研究科
修士課程 2年
学籍番号:81524177
江部 正周 Masahiro Ebe
ebe[at]sfc.keio.ac.jp

  珠算(そろばん)の熟達者は, 15桁以上の数字の記憶や200ms間隔での3桁の足し算の暗算など, 数的処理に特異的な能力を持つ[1]. これまでのfMRIの研究では, 珠算熟達者の数的処理に関連した脳部位は明らかにされてきたが[2], これらの神経ネットワークは明らかにされてこなかった. 本研究では, 珠算熟達群13名(平均年齢=24.1, 標準偏差=7.3, 男性=10)と対照群13名(平均年齢=21.1, 標準偏差=1.7, 男性=10)に対して, フラッシュ暗算時の脳波を計測した. そして, 領域間のネットワークを形成すると言われるθ波(4-7Hz)帯域のベースラインと比較して有意な神経ネットワークを見た. これらの神経ネットワークを見ると, 熟達群は対照群と比較して, 前頭から頭頂にかけての有意な神経ネットワークが形成されていることがわかった. これらの結果により, 珠算熟達者の数的処理における特異的な操作能力は, 中央実行系を司る前頭から頭頂への神経ネットワークが形成されていることによるものであることが明らかになった.



研究概要

はじめに

  珠算(そろばん)の熟達者は, 15桁以上の数字の記憶や200ms間隔での3桁の足し算の暗算など, 数的処理に特異的な能力を持つ[1]. これまでのfMRIの研究では, 数の処理の課題における上頭頂小葉(superior parietal lobule)など, 珠算熟達者の数的処理に関連した脳部位は明らかにされてきたが[2], これらの神経ネットワークは明らかにされてこなかった. 本研究では, 珠算熟達群13名(平均年齢=24.1, 標準偏差=7.3, 男性=10)と対照群13名(平均年齢=21.1, 標準偏差=1.7, 男性=10)に対して, フラッシュ暗算時の脳波を計測した. そして, 位相同期の指標であるWeighted Phase Lag Index[3]によって,領域間のネットワークを形成すると言われるθ波(4-7Hz)帯域のベースラインと比較して有意な神経ネットワークを見た.


方法

  実験は, 実験協力者に静かな暗室で液晶ディスプレイ(EIZO社製 23.5型ゲーミングモニター FORIS FG2421)の前の椅子に安静にして座ってもらい, ディスプレイに表示される課題を以下の手順で行ってもらった. その際の脳波を, 64チャンネルのBrain Products社製actiCHamp(アクティブチャンネルアンプ)を使用して計測した.

  フラッシュ暗算課題の手順は, 右図に示したように, 始めに500msの一様分布のジッタをかけた1,000msの注視点を表示し, その後, 2,000msごとに1桁を15回呈示し, 暗算してもらった. 「?」が画面に表示されたときに, 口頭で暗算の答えを言ってもらい実験者の操作で答えあわせを行った.フラッシュ暗算は正答率が個人ごとに大きく違うことが予想されたため, 6回正解した時点で終了とした. なお, これらの課題はできるだけ競技の環境に近づけるように, フォントや文字の色を調整した.


結果と考察

  フラッシュ暗算時の神経ネットワークを見ると, 熟達群は対照群と比較して, 前頭から左頭頂にかけての有意な神経ネットワークが形成されていることがわかった.

  前頭はワーキングメモリの中央実行系(executive control)を, 左頭頂は心的そろばんを担うと言われており[2], これらの神経ネットワークが太く安定して形成されていることが, 珠算熟達者の卓越した数的処理の基盤になっていることが明らかになった.



発表

日本生体医工学会 専門別研究会 第18回マルチモーダル脳情報応用研究会(発表済み)
日本心理学会「注意と認知」研究会 第15回合宿研究会(採択)


参考文献

[1] Hatano, G. and Osawa, K. (1983). Digit memory of grand experts in abacus-derived mental calculation. Cognition, 15(1-3):95–110.
[2] Hanakawa, T., Honda, M., Okada, T., Fukuyama, H., and Shibasaki, H. (2003). Neural cor- relates underlying mental calculation in abacus experts: a functional magnetic resonance imaging study. Neuroimage, 19(2):296–307.
[3] Vinck, M., Oostenveld, R., van Wingerden, M., Battaglia, F., and Pennartz, C. M. (2011). An improved index of phase-synchronization for electrophysiological data in the presence of volume-conduction, noise and sample-size bias. Neuroimage, 55(4):1548–1565.