2017年度 森泰吉郎記念研究振興基金 研究者育成費 研究成果報告書

氏名
坂村 美奈
学籍番号
81649164
ログイン名
minarom
所属
政策・メディア研究科 後期博士課程2年
専攻
CI (Cyber Informatics)ユビキタスコンピューティング&ネットワーキングプロジェクト

研究課題名

モンスターなりきり型参加型センシングの実証と運用

研究概要

本研究では携帯端末を通して人々にその場に関する情報を投稿してもらう参加型センシングについて取り上げる.実用的かつ長期的に利活用可能な参加型システム構築のためには,参加者の動機付けや投稿データの品質の担保,プライバシー保護など解決すべき課題は未だ多い.本研究では,これらの問題点を同時に解決するための参加型センシングでの新しい発言形態として「モンスターなりきり型参加型センシング」を取り入れた,Lokemonを提案する.各モンスターの特徴は参加型センシングをする場所に関連づいているためロケモン(ロケーション・モンスター)と呼び,ロケモンの範囲内にいる人々にはそのロケモンになりきって投稿してもらう,前年度の実験によりLokemonの有効性が示されたため,今年度は本システムの都市における本格的な実運用に向けて大規模,広範囲の実証実験を複数箇所で行う.

背景と問題意識

近年、都市地域のリアルタイムな情報を一般ユーザから取得可能とする参加型センシング[1]技術の研究が盛んになされている.人の知覚情報とスマート端末搭載のセンサ(カメラ・GPS、加速度センサ等)を組み合わせることで,主観・客観視点の両方に基づいた情報が都市全体で収集可能となるため, 都市状況把握のための重要なセンシング技術として位置づけられている.しかし一方で,参加型センシングには下記の問題が存在する. 【参加者の動機付け】参加型センシングは,ユーザの善意に基づく情報提供となるため,継続した情報提供を促すための動機付けをどう行うかが問題となる.
【投稿データの品質の担保】例えばネット上での匿名を利用した発言は荒らしや誹謗中傷の原因となり,ユーザ間の罵り合い等のトラブルにつながる恐れもある.そのため,投稿データの内容の品質を担保することは大切である.
【プライバシー保護】参加型センシングに参加するユーザは位置に紐付いた情報を送信するため,その時間にその位置にいたというプライバシー情報の露呈につながる.ネット上での発言者の形態は,既存のシステムでは実名(例:坂村美奈),仮名(例:mina24)もしくは匿名(例:名無しさん)のどれかであった. しかし,特定位置からのネット上での発言は,匿名でも位置情報から本人特定や同一人物推定がされやすくなり,プライバシー侵害の恐れが高くなる.

目的と研究意義

本研究では前節で挙げた課題を同時に解決するための新しい参加型センシングへの参加形態として従来の発言形態を使わない,新しい発言形態として「モンスターなりきり型参加型センシング」を提案する.各モンスターの特徴は参加型センシングをする場所に関連づいているためロケモン(ロケーション・モンスター)と呼び,ロケモンの範囲内にいる人々はそのロケモンになりきって投稿することで,参加者の動機付けを促すだけでなく従来の参加形態が課題とする投稿データの品質の担保やプライバシー保護を解決することを本研究の目的とする. 提案方式で各Point of Interest(PoI)範囲に仮想的に設置されるキャラクタをロケモンと呼ぶ.既存方式では,例えば遠隔からある場所についての質問を受け取った場合,実名,仮名,匿名のどれかで発言をしていたが,Lokemonでは,PoI内にいるユーザはロケモン(この場合はバス停のキャラクタである「バスクン」)に擬態でき,ロケモンの発言として発言をする.遠隔からある場所の情報を知りたい別ユーザとは,キャラクタとして会話を行う. 以下の図にLokemonのイメージを示す.
ロケモンのイメージ図
Lokemonは,Location Monsterの略で,その場に潜む特徴あるキャラクター,すなわちロケモンに回答者は必ずなりきってなんらかのタスクに回答しなければならないという決まりを持つ.ロケモンの場所に紐付いたBeacon端末あるいはGPSの情報からその場の近辺にいる人々を検知する.遠隔にいるロケモンのユーザは質問をその場のユーザに対してではなくロケモンに対して投げかける.Lokemonを導入することで,タスクの回答者は,自分でも匿名でもない,全員に共通の「場所」を擬人化したキャラクターになりきることで,従来よりタスクへの参加意欲が増加したり,その場所への関心意欲が増加したりするのではないかと考えられる. 例えば,自分以外のキャラクターに「なりきる」ことによるタスクの回答や,場所への愛着心をキャラクターに具現化にした回答意欲の増加,キャラクターへの愛着心を利用したその場所に関しての回答意欲の増加である. 想定タスクとして,天気,混雑情報,イベント情報,セール情報,レストラン情報など一般的に多くの人がきになるその場に関する情報や,知らない土地に関する質問,その場の様子,今日の気分や健康状態など質問をするユーザ自身が聞きたい,話したい内容の質問を投げかけることを想定している.また,本研究で得られた知見を活かし,今後,参加型センシングの動機付けだけではなく擬人化した場やモノを介した情報提示によって人々の行動がどのように変化するかについて知見を深めていく.

システムデザイン

今回,評価を行うためにiOSアプリケーション及びAndroidアプリケーションを実装した.本研究では従来の物理的なセンサから得られる情報と参加型センシングで得られる情報を統一的なフォーマット及びプロトコルで管理,利用できるセンシングプラットフォームを構築する.そうすることで,様々なセンサ情報をひとつのプラットフォーム上で扱って応用アプリケーションを作成したり動的な質問フォームを生成したりすることができる.また,人々から提供された情報はオープンデータとして提供可能である.

実験と考察

昨年度の研究では,SFCの教職員及び学生を対象として,34名にiOSアプリケーションを配布し36日間の比較実験を行なった. 被験者をランダムに2グループに分け,モンスターの存在する「Lokemon」と存在しない「Lokerepo」と言う類似アプリを作成し,同じ条件のもと実験を行った結果,通常時のモンスターのいない参加型センシング手法と比較して,質問回答総数や回答の質,内容等からロケモンのインセンティブの可能性やなりきり発言の可能性を示すことができた.特に,ある場所(PoI)からの自発的な投稿数(質問がない場合でもその場所に関する情報をユーザが投稿した数)は, Lokemonの方が多い結果となり,本研究の提案手法が今後の参加型センシングの新しいモデルとなり得ることを示せた.これらの結果を踏まえて今年度の実証実験では,Lokemonの都市レベルでの実運用に向けて,より大規模,広範囲の実証実験を行い,知見を得ることを目的とする. 今年度は,iOSアプリケーション及びAndroidアプリケーションを実装し公開配布をした上で,藤沢市において大規模かつ幅広い世代の被験者を対象とした2回の実証実験を行なった. まず2017年9月23日,24日に開かれた藤沢市民まつりにおいて,12ヶ所のPoIにモンスターを設置し実験を行なった. 今回,新しくアプリケーションがインストールされた数は180だった. 発信総数は300で,そのうちモンスターとしての発信は199,ユーザ名による発信数は101だった.すなわち,PoI内からの発信がPoI外からの発信の2倍近く得られた. また,Lokemonは多くのユーザが興味を持つPoIに実際に足を運び,PoI内からの発信を増加させることが分かる.すなわちLokemonが参加者の動機付けだけでなく,ユーザの興味のあるモンスターを配置することで各PoIへの人流誘導の可能性を持つと考えられる. さらに45人から得られた実験後アンケートからは,まず,多くの人が発信時の楽しさやしやすさを感じていることが分かった. また,プライバシーの流出リスクもモンスターを介すことにより減ったと感じる人が多かった. これらの結果から,Lokemonは子供から年配のユーザを含めた多くの人々に受け入れられることが分かったが,一方で,特に年配のユーザの何人かはモンスターになりきることに違和感を感じることが伺えた. 例えば60代の女性ユーザからは「世代相違でモンスターだとしても言葉遣いに違和感があった」という意見があり,ネット上におけるアバターを通したコミュニケーションでも,人によってはネガティブ・フェイスを脅かす可能性が高いことが分かった. 信憑性に関しては,欠けると感じた人は少なく,実験中荒らしや誹謗中傷といった発言は見られずモンスターに沿った発言内容や表現が多く見られた. しかし今後より長期かつ多数のユーザの使用を想定した場合,虚偽投稿の可能性も考えられる.よって,投稿の信憑性を高めるために,発信に対する評価機能の搭載などを通して第三者によるユーザのランク付けなどを考えている.
次に2017年11月7日,8日に開かれたふじさわちょい呑みフェスティバルにおいて13箇所のPoIを設定し実験を行なった. 本フェスティバルはチケットを1枚購入すると,藤沢駅周辺にある約70店舗の飲食店から3店舗選び飲み歩くことのできるイベントで,飲酒を伴うため年配のユーザが集まることが期待される.さらに今回は,発信する情報に画像も加えて実験を行なった. 結果,新しくアプリケーションがインストールされた数は57だった. 発信総数は173で,そのうちモンスターとしての発信は105,ユーザ名による発信数は68と,PoI外よりPoI内からの発信が1.65倍多い結果となった. 7人から得られた実験後アンケートからは,まず,多くの人が発信時の楽しさやしやすさを感じていることが分かった. また,プライバシーの流出リスクもモンスターを介すことにより減ったと感じる人が多かった. 信憑性に関して,欠けると感じた人は少なく,前回の実験同様荒らしや誹謗中傷は見られずモンスターに沿った発言内容や表現が多く見られた.今回の実験は藤沢市民まつりの際よりも少ないユーザ数となったものの,年配のユーザが多く集まるイベントにおいてもLokemonが参加者の動機付け,プライバシー保護や発信内容の品質の担保に有効であることが分かった. また,今回は画像を用いた発信に関するアンケートも実施した.その結果,殆ど全ての人が便利と感じ,抵抗があると感じた人は少なかった. 今後は画像だけでなく,音声や動画,さらにスマートフォン内蔵のセンサで得られるデータを参加型センシングしてもらうことを考えている.

今後の展望

今後より信憑性を高めるために発信に対する評価機能の搭載などを通して第三者によるユーザのランク付けなどを考えている. 今後は,アプリケーションに機能を追加し国内外で異なる文化を持つ人々を対象とした実験を行い,フィードバックを得る. また,Lokemonを通した人々の行動変容や心理的変化に着目し,モンスターを介したネット上のコミュニケーションだけでなく実世界でのインタラクションにも焦点を当てた研究を行っていく.センシングだけでなくアクチュエーションにもLokemonを応用することができれば,社会の情報流通とサービス提供の流れが加速し,より最適化された社会が実現できるだろう. これらで得られた結果をまとめ,来年度以降の国際学会のFull paper及び論文誌として投稿し,発表すること,そして博士論文としてまとめることを今後の展望とする.

研究成果

今学期は、以上に説明した研究に関して、以下の成果を得られた。

  1. 情報処理学会 第54回ユビキタスコンピューティングシステム研究会への論文投稿及び発表(優秀論文賞)
  2. 2017年5月25日~5月26日に、北九州イノベーションギャラリーにおいて、本研究の成果を発表し、フィードバックを得た。そして、優秀論文賞を受賞した。
  3. ORF 2017での発表
  4. 2017年11月22日〜23日に東京ミッドタウンにて開催されたSFCの研究発表フォーラム、Open Research Forum 2017にて、本研究を含めたスマートシティに関するプロジェクトの研究発表を行い、一般の方々や研究者に研究の発表を行うとともに、アドバイスを得られた。
  5. 国際学会Full paper及び国内学会論文誌への投稿
  6. 2017年11月16日にACM IMWUT(Ubicomp 2018)へのFull paperの投稿を行い、 現在修正論文審査中である。 また、2017年12月22日に情報処理学会論文誌に投稿を行い、現在審査中である。

関連作品及び記事

  1. 本研究の紹介動画(Youtube): Lokemon Demo Movie
  2. SFC ニュースの記事(2016/10/20): 坂村美奈さん(政メ博士1)がモバイルアプリコンテストACM MobiCom 2016 Mobile app Contestで優勝
  3. SFC CLIPの取材記事(2016/12/2): 誰もがモンスターになりきれる!?「Lokemon」でスマートシティを実現する坂村美奈さん(政メ・博士1)

参考文献: [1] Burke, Jeffrey A., et al. "Participatory sensing." Center for Embedded Network Sensing (2006).