平成16年度慶應義塾大学SFC研究所プロジェクト補助研究報告書      平成17年4月

 

看護用具・用品の改良開発に関する研究―点滴架台について

                          研究代表者  新 藤 悦 子

                            (慶應義塾大学看護医療学部 助教授)

 

研究組織

研究代表者  新 藤 悦 子   (慶應義塾大学 看護医療学部 助教授)  

共同研究者  安 田 恵 美 子  (慶應義塾大学 看護医療学部 専任講師)

鈴 木 里 利   (慶應義塾大学 看護医療学部  助手)   

石 井 賢 俊   (NIDOインダストリアルデザイン事務所所長)

市 川 周 作   (NIDOインダストリアルデザイン事務所社員)

蔭 山 毅 彦   (モリト株式会社・ヘルスケア事業開発部室長)

   研究協力者  墨 田 雄 二   (株式会社スミタ専務取締役)             

     

 

 

Ⅰ. はじめに

 

近年,看護用具・用品は,医療技術の進歩,多様なニーズ,リスクマネジメント等の観点か

ら,改良・開発の必要性が一層高まってきた。看護用具・用品の改良・開発に関する先行研

究として,研究者(鈴木・安田)の「看護用具開発における産業との連携システムの構築に関

する研究(2003年度SFC研究所プロジェクト補助による研究)」(鈴木・安田,2004)から,看

護師は,既存のもの,または独自に試作した看護用具・用品では,ケアに不都合を感じてお

り,改良・開発の必要性を感じていること,改良・開発の必要性は感じていても,素材や技術

等,企業が持つ資源やノウハウが臨床の現場にはないことにより,改良・開発が困難である

と捉えていること,企業は直接ケアに携わる看護師の意見を聞ける場が少なく,ニーズを把

握しにくい現状にあることが明らかになった(鈴木・安田,2004,安田・鈴木,2004)。このこと

により,リスクマネジメントをふまえた,より患者のニーズに沿った看護用具・用品を改良・開

発していくためには,臨床と企業が連携し,共同開発していくことが重要性であると考えられ

た。

今回,看護福祉機器の開発に実績のあるデザイン事務所及び企業との共同で,点滴架

台の改良・開発に向け,その試作品の評価を行い,製品化を目指すこととなった。

点滴架台とは,イリゲータースタンド(irrigater stand),つまり体内へ水分を注入する

灌注器をかけるフック付の棒で,車輪がつき移動可能な医療用具である。

医療技術の進歩, 1980年代以降の中心静脈栄養法の普及および,輸液物品の開発により,

点滴架台はその機能も形状も改良され変化してきた。それに伴い,輸液療法中の患者の活

動性は損なわれなくなり,快復の促進とQuality of Life(QOL)の向上に寄与することになっ

た。しかしその一方で,点滴架台には,多量・多種類の輸液,輸液ポンプ,ドレーン,酸

素ボンベなどが装着され,さらには段差や溝,スペースの狭さなど設備環境不備も付加さ

れ,依然として転倒事故などの安全性や操作性の問題があり,安全性の高い機能は必須で

ある。これまで研究者(新藤)の先行研究において車輪の大きさなどについて提案をしてきた経

緯があり(新藤・周東・大河原,1993,1994),また臨床の立場からも工夫がされている(村上,

2002)。さらに近年メーカーによる改良も重ねられてきているが,さらなる改良が求められてい

る。

そこで,企業と共同で点滴架台の改良・開発を最終的な目的とし,本研究に取り組んだ。

 

 

Ⅱ. 研究目的

 

本研究は,企業との点滴架台の改良・開発を最終的な目的とする。そこで,点滴架台の使用

に関する現状調査を実施し,その結果をもとにサンプルモデル機を製作・検討し,新製品モデ

ル機を製作すること,また,その使用感調査を実施し,新製品モデル機の評価を行うことを本研

究の目的とする。

本研究により,多様なニーズ,リスクマネジメント等に即した点滴架台が開発される。また,

企業との開発に取り組むことにより,臨床と企業との連携の一モデルケースとなりうる。このモ

デルケースにより,臨床と企業の共同開発に向けての具体的な方略を見出すことにつなが

る,と考える。

 

 

Ⅲ. 研究のプロセスと成果

 

1.     点滴架台の使用に関する現状調査

点滴架台における現状の課題および今後の方向性を明確にするため,看護師への質問紙調査

を実施した。

1)      質問紙の作成

文献検討,看護師からの情報収集およびブレーンストーミングをもとに,点滴架台における課題

および必要な機能について,要素を抽出した。その結果をもとに,質問項目を選定した。

2)      質問紙の妥当性の検討

作成した質問紙の内容妥当性を検討するため,看護系大学教員,臨床経験豊富な看護師数名

と共に,質問項目の内容について精錬を行った。また,意味の不明瞭な質問文や回答しづらい点

などについて点検するため,看護師および大学教員10名にプレテストを実施した。

3) 質問紙調査の実施

看護師を対象とした郵送による質問紙調査である。質問紙は,現在使用している点滴架台の問

題点,点滴架台の機能に関する内容で構成される質問項目とした。

対象施設は,研究者 (鈴木・安田)の先行研究「看護用具開発における産業との連携システムの

構築に関する研究(2003年度SFC研究所プロジェクト補助による研究)」で対象とした500施設と

した。対象者は,対象とした病院の看護部長・総看護師長に,点滴架台を頻繁に使用される病棟

の看護師長,主任もしくは看護スタッフの方を選定して頂き,本調査に協力の意思のある看護師と

した。なお,先行研究で対象とした500施設は,『病院要覧2003~2004』より,全国の200床以上

の病院を無作為抽出したものである。

本調査の協力の依頼は,調査質問紙と共に,施設の看護部長・総看護師長宛に,研究の概要,

研究協力の依頼,倫理的配慮に関する事項を記した依頼文を郵送し,同意の得られた看護師の

みを対象とした。

調査質問紙は無記名回答とし,個別郵送にて回収した。データは,統計学的処理を行い,分

析結果から,点滴架台の問題点および各部の機能の必要性,重要度について確認・検討をおこ

なった。

その結果,懸架部,支柱部,グリップ部,支柱脚部,車輪,全体について,「安全性の向上」,

「使用性の向上」,「デザイン性の向上」,「衛生性,堅牢性」をふまえた機能が必要であることが確

認された。

 

2.     新製品モデル機の開発過程

1) サンプルモデル機の製作

先行文献,看護師からの情報収集およびブレーンストーミング,質問紙調査などから点滴架台

に求められる条件を抽出し,サンプルモデル機を製作した。なお,このサンプルモデル機は,国

際福祉機器展(株式会社スミタ,出展No.5-021 )に出展した。

   

2) サンプルモデル機の安定性実験

これまでの調査から,問題点の一つとして点滴架台のバランス不良の問題が指摘された。この

ことをうけて,このモデル機の重量バランス,支柱脚部の形状(基底面の大きさ,車輪の形状・大き

さ)の検討をおこなった。特に今回は輸液バッグや輸液ポンプを装着した状態の有無などを考慮

にいれて,安定性,安全性を確認するために,二つの実験をおこなった。一つは,傾斜台におけ

る転倒実験,二つめは,障害物衝突時の傾斜角実験である。

(1) 傾斜台における転倒実験

モデル機の安定性を確認するために,モデル機の傾斜面における転倒の有無を確認し,転倒

しやすいと思われる使われ方の条件と転倒の関係を明らかにする目的で傾斜台における実験を

おこなった。本モデル機に輸液バッグ・輸液ポンプを装着し,通称ハートビル法の基準を参考に

した傾斜面をすべり落ちる状態を観察し,転倒の有無を確認した。

その結果,傾斜角5度つまり特定建築物の傾斜路の基準角度では,転倒リスクの大きい条件

(使われ方)でもモデル機は転倒しないことがわかった。この実験下では,モデル機の全体重量と

脚部重量のバランス・脚部径・車輪条件に問題ないことが確認された。

(2) 障害物衝撃時の点滴架台の傾斜角実験

モデル機の支柱脚部は,5脚・脚部長210mm・車輪径50mm・車輪幅40mmである。支柱脚部

基底面の大きさは,点滴架台の安定感や安全性にとって重要であるが,一方,歩行のしやすさや

狭いトイレやベッド周囲での操作に影響を及ぼす。本実験はモデル機支柱脚部の安定性を確認

するために,走行中障害物衝突時の点滴架台の傾斜状況を明らかにする目的でおこなった。

デル機の支柱脚部の長さと車輪径を検討するために,脚部の長さの異なる点滴架台で障害物衝

突時の傾斜角度を比較した。さらに歩きやすさを保証するために1脚のみ短くした支柱脚部変形

2種類の点滴架台の傾斜角度についても実験した。

その結果,通常の使用状況においては脚部の長さは210mm・車輪径50mmでも問題ないと考

えられた。

 

3) 新製品モデル機の製作およびモニター調査の実施

これまでの調査結果をもとに,研究者間で検討を重ね,新たに点滴架台(以下,「モデル機」と記

す)を製作した。このモデル機の評価を行うため,臨床で働く看護師ならびに入院患者へモニター

調査を実施した。モニター調査は,モデル機の使用及びその使用感についての質問紙調査・聞き

取り調査である。

(1)  使用感質問紙の作成

 質問紙は,看護師用,患者用の2種類を作成した。質問紙は,モデル機全体の使用感及び各部

の機能における使用感をそれぞれ2~4項目,合計30項目,患者用には,合計15項目で構成さ

れる質問項目とした。

(2)  質問紙の妥当性の検討

 作成した質問紙の内容妥当性を検討するため,看護系大学教員,臨床経験豊富な看護師数名

と共に,質問項目の内容について精錬を行った。看護師用質問紙は,看護系教員数名にプレテス

トを行い,意味の不明瞭な質問文や回答しづらい点などについて検討した。また,患者用質問紙

においては,患者が理解しやすいような質問表現について,大学教員・医師・看護師などの専門

家の意見を参考に検討した。

(3) 聞き取り調査

 モデル機の問題点や課題をより明らかにするために,モデル機の安全性・衛生性・堅牢性などに

ついて,看護師,看護助手へインタビューを行った。

(4) モニター調査の実施

対象施設は,先の質問紙調査(本項1参照)の際に,関東4県限定(小児・老人などの専門病院

を除く)しモニター協力募集文を同封した。その結果,了解が得られた9施設うち4施設を選定した。

対象者は,対象とした病院の看護部長・総看護師長に,点滴架台を頻繁に使用される病棟を選

定して頂き,同意が得られたその病棟の看護師(看護師長含む)4~5名,患者3~5名を対象とし

た。患者は,当該病棟で点滴架台を使用し,病棟医長及び担当医師によって許可された病状的

に問題がない患者で自力歩行可能かつ認知障害がなく質問紙に回答可能な患者のうち,この調

査協力に同意した成人患者とした。

本調査の協力の依頼には,看護師・患者それぞれに,調査質問紙と共に,研究の概要,モニタ

ー協力の内容,倫理的配慮に関する事項を記した依頼文及びモデル機の仕様書・取扱説明書を

用意した。看護師へは,研究者がモデル機を持参し,文書及び口頭で依頼し,患者へは当該看

護師長より,文書と口頭で依頼して頂いた。なお,実施にあたっては,慶應義塾大学看護医療学

部研究倫理審査委員会の承認を得た。

モデル機の使用期間は,約2週間とした。使用感質問紙は無記名回答とし,当該病棟で留め置

き法にて使用期間終了後に回収した。モデル機の問題点や課題についてより明らかにするために

モデル機の使用中及び撤収時に病棟看護師,看護助手へ安全性・衛生性・堅牢性についてのイ

ンタビューを行った。分析結果から,モデル機は,概ねよい評価を得たが,さらなる問題点および

各部の機能の改良点などについて確認・検討をおこなった

 

 

Ⅳ. おわりに

 

看護用具・用品は,医療技術の進歩,多様なニーズ,リスクマネジメント等の観点から,改

良・開発の必要性が一層高まってきている。しかし看護職者側と製作者側との有機的な連携

システム,共同開発システムの不十分さなどから,看護用具・用品の改良・開発が遅れている

現状にある。医療の現場で使用される点滴架台においても,改良が重ねられてきているが,

依然として,安全性や操作性の問題があり,さらなる改良が求められている。

本研究は,企業との点滴架台の改良・開発を最終的な目的とし,以下の研究を実施した。

まず先行研究,看護師によるブレーンストーミングをもとに,サンプルモデル機製作,点滴架

台の使用に関する現状調査を実施した。サンプルモデル機を用いて検討を重ね,安定性実験

も実施した。それらの結果をもとに新製品モデル機を製作,使用感調査を実施し,新製品モデ

ル機の評価をおこなった。

点滴架台の使用に関する現状調査では,点滴架台各部位ごとの使用上の問題点,さらにはヒ

ヤリ・ハット経験,点滴架台に求めるものが明らかになった。その結果,点滴架台の改良点として

「安全性の向上」「使用性の向上」「デザイン性の向上」「衛生性,堅牢性」が確認された。

その後,現状調査から指摘された点滴架台のバランス不良の問題をうけて,点滴架台の重量バ

ランス,支柱脚部の形状(基底面の大きさ,車輪の形状・大きさ)について,安定性と歩きやすさの

観点から検討をおこない,サンプルモデル機の重量バランス,支柱脚部の形状の妥当性が確認

された。これらの調査・実験をもとにさらに必要な機能について検討,追加した。製作された新製

品モデル機を用いて実施した患者・看護師対象の使用感調査では,概ねよい評価を得たが,さら

なる検討課題もいくつか明らかにされた。

本研究の成果として,新製品モデル機は,特許出願中であるが,現在残された課題についてさ

らなる検討を重ねているところである。その検討の後製品化される予定である。今後臨床の現場で

使用され,安全性の向上によって患者のアクティビティの拡大,医療従事者にとって使用性の向

上につながることを願っている。

また本研究は,看護における企業との共同開発とその連携のありようについての一モデルケー

スという位置づけでもあった。今回の企業との共同開発に取り組んだ経験から考察をし,臨床と企

業の共同開発に向けてのシステム構築に関する一参考資料としていく予定である。この視点での

研究は,「看護用具開発における産業との連携システムの構築に関する研究(2003年度SFC研究

所プロジェクト補助による研究)」の研究成果(鈴木・安田,2004)に関連して,H17年度私立大学

学術研究高度化推進事業「情報通信技術を基盤としたe-ケア型社会システムの形成とその応用

の融合研究」(1)e-ケア・エンティティに関する研究プロジェクト(テーマ「看護用具・用品開発に関

するケア提供者支援コンテンツ」研究者:鈴木・安田)に申請し,採択されている。

最後になりましたが,本研究にあたり,ご協力いただきました各施設の看護部・科長様,看護師

の皆様,患者様に深く感謝申し上げます。また前慶應義塾大学総合政策学部専任講師川本竜

史氏には安定性実験の折,ご指導・ご協力いただきました。感謝申し上げます。

 

 

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