2004年度SFC研究所プロジェクト補助研究成果報告

ゲノム置換および人工ゲノム構築技術を

用いた人工設計可能な細胞の創出

慶應義塾大学先端生命科学研究所・環境情報学部

中山 洋一


研究目的

近年、医薬・食品の世界では、生物界から得るには非常にコストのかかる物質をバイオリアクターという装置を利用して安価に生産しようという試みがなされ、実際に様々な物質の生産が産業レベルで行われてきた。これまでのバイオリアクターを用いた物質生産では、自然界から単離した微生物を遺伝的に改変して目的物質の生産量を向上させることで増産が図られてきた。しかし、生物は本来、自己と自己の属する集団の安定的繁栄を目指しており、特に微生物の場合は、細胞分裂速度などが向上するように最適化されている。このため生産量の向上には限界があり、実際、細胞分裂に振り向けられるエネルギーを制御する試みが長年行われてきた。

このような既存生物の改変による物質生産は短期的視野においては今後も発展してゆくと思われる。しかし、根本的な問題の解決には、人間が自ら細胞を設計し、目的物質の生産に特化した細胞を構築するのが最適のように思われる。我々は染色体を選択的に破壊する技術を開発し、これを用いて細胞が持つ天然のゲノムを選択的に破壊して、人工ゲノムへ置き換える手法の開発を行った。このゲノム破壊技術に人工的にバクテリアの染色体(1Mbp〜)を構築する技術を組み合わせて、人工的に設計されたゲノムを持つ新規な原核細胞を構築し、これを物質生産や環境汚染物質の除去などに役立つ細胞の創出を狙う。


研究成果の概要

● ゲノム破壊手法の改良

昨年開発を行ったPaeR7I制限修飾系によるゲノム破壊手法は6塩基認識の制限酵素を使用していることが原因で、巨大なサイズの人工ゲノムを持つ細胞の天然ゲノム消去には適用することが困難であるという重大な欠点を持っていた。これを解決するために、より認識配列長の長い8塩基認識酵素を利用して人工ゲノム構築を容易にする手法を考案した。しかし、8塩基認識酵素遺伝子は、数社のバイオ系企業が保有しているものの、いずれも企業の機密に当たるとして分譲を許可されなかった。また、独自にクローニングを試みようと調査を行ったが、いずれも病原菌であり、最近の入手に成功したとしても、それを扱い得る十分な施設が存在しないことから、これも困難であると判断された。そこで、ISceIという18塩基認識のホーミング・エンドヌクレアーゼを使用する方法に切り替えた。このISceIの認識配列は天然の大腸菌ゲノムには存在しないため、ゲノム破壊には予め破壊のための認識配列を埋め込む必要がある。昨年度中にPaeR7I制限遺伝子を載せたベクターにI・SceI遺伝子をクローニングすることに成功し、現在は大腸菌への認識配列の埋め込みを行っている。

 

 

● 模擬人工ゲノムとの置換

一昨年までに開発を完了していたPaeR7I制限遺伝子を用いたゲノム破壊法を利用して、天然ゲノムを破壊し、約7kbBAC(Bacterial Artificial Chromosome: 細菌人工染色体)と入れ替える実験を行った。その結果、破壊後にもBAC plasmidは無傷の状態で細胞内に存続していることがわかった。この結果は本手法によりゲノム置換が可能であることを示している。これから置換したBACに含まれる薬剤耐性遺伝子が発現しているか確認する。また、天然ゲノムをPaeR7Iと同じ認識配列を持つXhoI制限酵素で分解し、数百kbからなる断片をBACにクローニングして大型の人工ゲノムを構築している。

 

 

● 人工ゲノム構築手法の改良

一昨年に開発を行ったGapped gene Polymerase Chain Assembly (GPCA)手法の改良を行った(1)。これまで再現性の低かった9遺伝子の連結を高頻度で得られるように条件検討を行った。また、プライマーも100塩基以上の比較的高価なものを用いていたが、これを60塩基程度のもので実行できるように改良した。以下はその手法で作成されたものである(Fig.1)

 

 

Fig.1  9遺伝子連結を行った泳動像

A: 4遺伝子連結、B: 5遺伝子連結C: 6遺伝子連結、

D: λHindIIIE: 7遺伝子連結、F: 8遺伝子連結、

G: 9遺伝子連結、徐々に断片の長さが長くなっている

のがわかる。

 

以上の成果より、人工ゲノム合成にGPCA手法が応用可能なことが示された。また、高い可能性で天然ゲノム破壊後にも人工ゲノムが細胞内に無傷で留まることを示した。この結果は本手法によって人工ゲノムのみを持つ人工細胞を構築できる可能性があることを示している。


研究発表

(1) Komai, H., Nakayama, Y., Tomita, M., Gapped Gene Polymerase Chain Assembly: a method for rapid clustering of gene fragments. in preparation