慶應義塾大学 SFC研究所
所長 村井 純 様
2004年度 SFC研究所研究プロジェクト助成金に関する報告書
研究課題： RNA結合蛋白質とその標的RNAを介したゲノム情報ネットワーク
の解析
報告者： 金井昭夫
所属：環境情報学部 助教授 （先端生命科学研究所 助教授）
1. 研究の背景と意義
近年、バクテリアからヒトに至るまで様々な生物種で蛋白質に翻訳されないnon-coding RNA (ncRNA)の存在が数多く報告されてきた。我々も主に生命情報工学（バイオインフォマティクス）的な手法を用いて、新規のncRNA発見に関わる研究に従事してきた（(1) Nature
(2002) 420: 563-573、(2) Genome Research
(2003) 13: 1301-1306）。これらncRNAの存在意義や、ここ10年の間に明らかになってきたRNAにまつわる多様かつ特異的な制御系（スプライシング、リボザイム、RNA編集、RNA干渉など）の解析状況を鑑みるに、RNAレベルで遂行される生命情報の制御系を特定の指標をもってゲノムレベルで明らかにしていくことが、今後の生命科学を推進、発展させていく上で極めて重要なことと認識するに至った。
ここで、RNAレベルの制御は、そのRNAに特異的に対応する（１）核酸(DNAあるいはRNA)か（２）RNA結合蛋白質のいずれかを媒介して遂行されると判断される。本研究では（１）に関して特に線虫のマイクロRNAの認識機構と標的mRNAの探索を介して、また（２）については超好熱性古細菌Pyrococcus
furiosusをモデル生物として用い、遺伝子機能に関わるようなRNA高次構造(２次構造)とその結合蛋白質のゲノムレベルでの探索を行なった。特に後者はバイオインフォマティクス及び分子生物学の両手法を用いて遂行された。
2. 研究の要旨
2.1 線虫のマイクロRNAの標的mRNA認識機構の解析
線虫C. エレガンスや近縁の線虫の配列情報を利用することで、線虫マイクロRNAはその配列の５’側８塩基程度が強い標的mRNAの認識に関わっていること、さらに9-10塩基目のミスマッチや13-14塩基目の弱い認識も重要であるとの知見を得た。この認識機構を利用して線虫マイクロRNAの標的mRNAを予測した。その結果、複数のマイクロRNAで制御されうる一群のmRNAを見出した（Watanabeら投稿中）。
2.2 超好熱性古細菌由来RNA結合蛋白質の解析
まず、古細菌P. furiosusのプロテオームを生命情報科学的な手法を用いて解析することにより、DNA/RNA結合蛋白質を効率的に分類する新手法を開発した。すなわち、蛋白質の一次配列上に現れる酸性、塩基性のアミノ酸の周期性を利用した、新しい蛋白質の機能分類の指標を提唱した。この指標を機能未知の蛋白質に適用することで一群のRNA結合蛋白質を見出すことが出来た。そのうち数種類については分子生物学的な手法を用いて、そのRNA結合活性を確認できた（Fujishimaら投稿準備中）。また、同古細菌の発現ゲノムライブラリーをステム-ループ構造を有するようなRNAプローブを用いてスクリーニングすることで、DNAの前駆体物質であるチミジンを合成する酵素がRNA結合性を有することを見出し、同酵素の生化学的な解析を行なった（Kanaiら投稿中）。
これらの研究を通してRNAを基盤とした情報ネットワークの具体的な構成成分の一端を明らかにすることが出来たと考えている。これらの成分がいかなる有機的な繋がりをもつのかを明らかにすることが将来的な課題となる。
3. 本研究に関連した研究業績
3.1 論文、総説発表
1.
金井昭夫 (2004) RNA研究が生命解明の扉を開く 日経サイエンス 1月号 P.132 日本経済新聞社
2.
沼田興治、金井昭夫 、谷内江望、齋藤輪太郎、冨田勝 (2004) 新しいRNA分子のゲノム情報学 ゲノム医学 Vol. 4, No. 4 (8月号) P. 429-436 メディカルレビュー社
3.
金井昭夫
(2004) トランスクリプトームとnon-coding RNA: non-coding RNAは転写のノイズだろうか？ 蛋白質 核酸 酵素 Vol. 49 No. 16 (12月号) 2521-2528 共立出版
4.
Kanai, A., Sato, A., Imoto, J. and Tomita, M. (2005) Archaeal
thymidylate synthase Pf-Thy1 is an
RNA-binding protein. 投稿中
5.
Watanabe, Y., Yachie, N., Numata, K., Saito, R., Kanai, A. and Tomita, M.
(2005) Computational analysis of micro RNA target recognition in Caenorhabditis elegans. 投稿中
3.2 学会、シンポジウム等 口頭発表のみ
1.
金井昭夫 (2004) ゲノムレベルでのNon-coding RNA及びRNA結合蛋白質の解析 筑波大学遺伝子実験センターセミナー 筑波
2.
Y. Kageyama, K. Numata, S. Inagaki, T. Kondo, K. Yasuda, M. Tomita and A.
Kanai (2004) Comprehensive screening of mRNA-like non-coding RNA in Drosophila. RNA2004: 9th Annual Meeting
of the RNA Society, Madison USA.
3.
A. Kanai (2004) Computational and molecular biological genomics
for non-coding RNA and sense-antisense RNA. RNA 2004 International Summer
Symposium. The Korean RNA Society. Seoul, Korea 招待講演
4.
A. Kanai, A. Sato, X. Zhang, M. Itaya
and M. Tomita (2004) Reconstitution system that recapitulates the processing of
Okazaki-primer RNA and functional cloning of genes for RNA-binding proteins
using a hyperthermophilic archaeon, Pyrococcus
furiosus. RNase H2004, Strasbourg, France 招待講演
5.
H. Kochiwa, A. Kanai,
M. Itaya and M. Tomita (2004) A dsRNA-binding
protein enhances the activity of Ribonuclease H in Caenorhabditis elegans. RNase H2004, Strasbourg, France
6.
A. Kanai (2004) Reverse Genetics: from cDNAs
to protein expression to functional studies with special focus on RNA
processing enzyme, Seminar in ISPA, National Research Council (CNR), Bari, Italy 招待講演
7.
A. Kanai (2004) Reverse Genetics: from cDNAs
to protein expression to functional studies with special focus on RNA
processing enzyme, Seminar in Istituto di Ricerca sulle
Biotecnologie Agroalimentari,
National Research Council (CNR), Lecce, Italy 招待講演
8.
金井昭夫 (2004) バイオインフォマティクスと分子生物学を用いた新しいRNA制御系の解析 熊本大学発生医学研究センター COEリエゾンラボ研究会 熊本
9.
金井昭夫 (2004) バイオインフォマティクスと分子生物学による新しいRNA制御系の解析 三菱化学生命科学研究所セミナー 東京
10.
金井昭夫 (2004) バイオインフォマティクスと分子生物学によるゲノムレベルでのRNA制御系の解析 弘前大学遺伝子実験施設シンポジウム 青森
11.
金井昭夫 (2004) バイオインフォマティクスと分子生物学によるゲノムレベルでのRNA制御系の解析 大阪市立大学理学部セミナー 大阪
12.
金井昭夫 (2005) ポストゲノムとしてのRNA制御系の解析 日立製作所ライフサイエンス推進事業部セミナー 埼玉
13.
金井昭夫 (2005) ポストゲノムとしてのRNA制御ネットワークの解析 産業技術総合研究所 生物情報解析研究センター 東京
14.
K. Numata, R. Saito, A.
Kanai and M. Tomita. (2005) Comparative genomics of antisense transcribed
genes in eukaryotes. Symposium on Structural and Evolutionary Genomics, Genome
and RNA: Expression and Functions, Costa Rica
15.
A. Kanai, A. Sato, X. Zhang and M. Tomita (2005) Systematic
identification of archaeal RNA-binding proteins. Symposium on Structural and
Evolutionary Genomics, Genome and RNA: Expression and Functions, Costa Rica
16.
金井昭夫 (2005) ポストゲノムとしてのRNA制御系の解析 第一製薬セミナー 東京