SFC研究所プロジェクト補助による研究 2005年度報告書
研究者氏名:田中浩也(慶應義塾大学環境情報学部専任講師)
はじめに
コンピュータの小型化・低価格化により、センサネットワーク、ユビキタスコンピューティング等の実世界指向コンピューティング技術が急速に進展しつつある。そのような状況のなか、電源確保の問題に関しても様々なアプローチで新しい方法が提案されるようになってきた。たとえば、電磁誘導は、パッシブ型FIDや、高速“非接点”充電器でデファクト目指す「Splashpower」などでより効率的な発電・充電のメカニズムが提案されるようになってきた。あるいは、ユビキタスセンサネットワークを実現する無線方式として有力なZigBeeは、無線LANやBluetooth(R)と比較して省電力であるため、これを「太陽電池」で駆動することが見込まれており、実証実験が繰り返し行われるようになっている。他にも、風力・水力・振動などの自然エネルギーや物理運動を発電に結びつけユビキタスコンピューティング環境を実現しようとする研究が昨今増えてきている。
このように、小型端末/センサの発電・充電の問題に関しては、「1:機器側の省電力化の技術的取り組み」と、「2:自然エネルギーの効率的利用」という双方の観点を融合するなかから、実践的な研究が進められている状況にある。
このような背景をもとに、我々の研究プロジェクトでは、よりデザインに近い立場からこの問題に対する新たなアプローチを試みた。それは、人々が日常生活の中で無意識的に行う反復的な行動や動作・運動のなかから「発電のチャンス」を発見し、その行為に沿うかたちで発電・充電のメカニズムを生活のなかに埋め込むという方法論の確立である。この“まなざし”は、現在議論されている「インタラクション・デザイン」の方法論の一派生形・応用的な展開であると位置づけられる。
現在のインタラクション・デザインでは、エスノメソドロジーや現象学の手法を用いて、ある特定の活動状況を丹念に調査し、そこに固有の行為・振る舞い・コミュニケーションのパターンを見出し、新しいコンピューティングシステムとの整合性を図る(埋め込む)という”Context-Centered”なデザインの方法論が大きな注目を集めている。このような方法論は「techno-methodology」などとも呼ばれており、新しいパラダイムとなりつつある。「コンピュータが見えなくなる/消える」と言われるユビキタスコンピューティング時代のデザインの方法としては有効性がある。
このようなインタラクション・デザインでは、あるコンテクストにおける人の活動を、たとえば「Activity
Theory」などを援用しながら「人の活動・行為・操作」である「Activity-Action-Operation」の3層に分けて整理し、人の自然な身体行為をセンサ等を用いてコンピュータ側に入力することで、直観的なインタラクション環境を実現しようと試みている。このような方法論から、さまざまな生活世界に根ざした情報機器=”Smart(Intelligent) Object”のデザインが生まれてくると期待されている。
ここで、このような方法論を、「好ましいCHI(Computer-Human-Interaction)の実現」という本来の目標から一旦切り離し、「自然な発電・充電機構の実現」という目標に置き換えて“転用”してみることが可能である。すなわち、人間の身体運動を、「コンピュータへの入力情報」として捉えるのみならず、「発電・充電を行う物理運動」として捉えなおしてみることで、「情報の入出力」のみならず、「エネルギーの相互循環」といった観点も含めた”Eco-Smart(Intelligent)
Object”の実現が可能となると考えた。このような方法論が目指すゴールは「電池・電源の要らない電子機器環境」である。「エネルギーの効率的な利用・循環までを視野に含めた、エコロジカルなインタラクション・デザイン」という新たな分野/理論創出への展望が開けてくるであろう。
本研究プロジェクトでは、以上のような方針をもとに、「1:具体的な方法論の体系化」と「2:確立した方法論に基づいた機器の試作」「3:試作した機器の実験・評価」という3つの段階で遂行することとした。
本研究プロジェクトは、日常生活における「人の活動・行為・操作」と、「発電・充電」をうまく結びつけるためのデザインパターンを整理することからはじめた。まず、両者を結びつける接点として「3つの物理運動」−「回転」「衝撃(撓み)」「振動」を挙げ、「1:それらの運動を人間の生活世界における行動から発見する」ことと、「2:それらの運動を発電・充電に結びつけるための材料の調査」の両面に展開した。まず後者に関してであるが、回転・振動に関しては自転車のライトの発電に用いられている電磁誘導が比較的容易に用いることができ、衝撃に関しては、従来の圧電素子に特殊な細工を加えた「バイモルフ素子」が有用であることが既に分かっていた。よりチャレンジが必要な研究は前者であったが、「住宅」「オフィス」「都市」「スポーツ」の4つのカテゴリに分けて、それぞれのコンテクストを丹念に調査し、どこに、「回転」「衝撃(撓み)」「振動」といった物理運動が生まれているかを分析した。
このようなプロセスで発見された「発電チャンス」には、すでに他の研究例で取り上げられているもの、商品化されているもの、アイディアとして発表されているものも含まれてはいるが、たとえば「扉の開閉」「改札機の開閉」「回転扉の回転」「トイレットペーパーの軸の回転」「縄跳び」「楽器の打鍵」「駅の階段の振動」「スノーボード板・スキー板の衝撃と撓み」「サッカーボールにかかるキックの衝撃」など、さまざまなものが見つかった。
次に、ここで創出されたアイディアの初期検討として、おおまかに現在の技術でどれくらいの電力が創出可能かという試算の計算を行った。さらに、具体的なアプリケーションの検討として、「1:生み出されたエネルギーを“充電”し、公共の電力とする(インフラ系アプローチ)と「2:生み出されたエネルギーをその場で利用して、なんらかの電気・電子的リアルタイム出力を行う(コンテンツ系アプローチ)」の2つの方向に整理した。
最終的に、研究メンバー間で議論を重ね、既存の他の研究で試みられていないものとして、トイレットペーパーの軸回転を利用した発電と、縄跳びによる発電、スノーボード板による発電、サッカーボールのキックによる発電、の4つを、試作品(プロトタイプ)として製作することに決定した。
研究の最終成果
4つの試作品は部品の調達・加工・組立まで順調に進行して完成した。
まずトイレットペーパーの軸回転を利用した発電については、試作品をもとに、都市レベルでこの機器が普及したときに生まれる電力量の試算を算出し、レポートとしてまとめた。
縄跳びによる発電は、この試作を作る中から、新たな要素技術(縄の回転を阻害しないメカニズムの考案)の必要性が発見され、その要素技術を作り出すことができたため、慶應義塾大学より特許を出願することとした。この特許申請プロセスは現在進行中である。
LEDで可視化することも実現できた。このアプリケーションに関しては、研究会にて論文発表を行った(第3回エンターテインメントコンピューティング研究会にて、論文題名:「微小発電を用いた身体運動の可視化と記録」、論文著者名:田中浩也、坂本雄祐、海藤智史、金山真悟)。
サッカーボールのキックの衝撃を用いた発電は、耐久性の問題で試作品に問題が残ったが、いくつかの企業から関心を集めることができ、今後、商品化へ向けての継続的な議論が行われる道筋を作ることができた。
おわりに
本研究プロジェクトで確認された点は、まず第一に、日常生活における「人の活動・行為・操作」と、「発電・充電」をうまく結びつけるためのデザインパターンを整理したことで、「情報の入出力」のみならず、「エネルギーの相互循環」といった観点も含めた”Eco-Smart(Intelligent)
Object”のデザインに関するひとつの方法論を体系化できたことにある。この方法論は相当な汎用性があり、やり方を学ぶことで、今後も多くの「発電チャンス」が開拓でき、事業性を持ったアイディアを多数創出できる素地が生み出せたと考えている。
第二に、その方法論の具体的な適用例として4つの試作品(プロトタイプ)を完成させた。それぞれに、学会発表・特許申請・商品化へ、と異なる出口で実社会へのアウトプットを行うことができた。このプロセスは現在も進行中であるが、継続的な研究活動へと繋がったため、今後も進展させていく予定である。
最後に、今後の研究の方向性について述べる。現在の”Smart (Intelligent) Object”のデザインでは、ソフトウェア・ハードウェア・ネットワーク等のデザインと、プロダクト・インダストリアルデザインの高度な融合が行われている。そこにさらに、電力やエネルギーの(発電・充電)問題を加えて総合的な解決を目指すとするならば、物理系・機械系・電子系・情報系・エネルギー系を高度に融合するデザインのまなざしが必要である。これは、従来の専門性を超えた領域横断的なスキルを必要とする。
これを、本学における「デザイン教育」として捉えるならば、本研究で理論的にまとめることのできた「デザインパターン」を、シミュレーションソフトウェアの形で外在化し、“Eco Smart (Intelligent)
Object”を生み出すための発想支援ツール、あるいは知的CADソフトとして設計・実装・利用することが可能であろう。これが第一の研究の方向性である。
また、もうひとつの方向性として、工学的要素技術開発へのフィードバックを図るならば、物理系・機械系・電子系・情報系・エネルギー系の各機能をできる限り単一の素材にまとめた「インテリジェント・マテリアル」、すなわち、新材料の基礎開発へと向かうことが可能である。今回の研究プロジェクトのなかでも、市販の「バイモルフ素子」では大きさの関係で発電効率が十分でなく、もしも「スノーボード大の、大型のバイモルフ素子が製造されれば、より効率よく発電が可能である」ことが分かり、発売元に逆提案することを行っている。このように、具体的なアプリケーションを考案するなかから、現在の材料の改良可能性が発見され、基礎開発にフィードバックするという流れは大変重要と考える。今年度は、この第二の研究アプローチを、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)に研究提案する予定である。
スノーボードの発電装置
縄跳びの発電装置(スケッチ※特許申請中のため)
トイレットペーパーの発電装置
サッカーボールの発電装置
以上