2006年度 慶應義塾大学 SFC研究所プロジェクト補助 研究概要報告

 

「大切な人を亡くす子どもへのケアについて」

 

                      研究代表者:廣岡 佳代

(慶應義塾大学看護医療学部 助手)

 

T.はじめに

 

1.研究背景

 近年、核家族化や病院で死を迎える患者の増加に伴い、子どもたちは身近な死を経験することが少なくなっている。また、死がタブー視されている日本では、学校教育や日常生活を通した、子どもへの生や死に関する教育が十分であるとはいえない。このような状況の中で、親や祖父母など大切な人の死を受け止めていかなくてはならない子どもがいる。大切な人の死は、辛く、悲しい経験である。しかし、日本のターミナルケアの場では、患者と家族といった大人を中心にケアが行われており、子どもが含まれることは少ない。子どもは、親に死期が迫っていることを察知しているにも関わらず、大人は子どもに死を伝えることで子どもを傷つけると考え、死別前に積極的に伝えることはほとんどない。また入院中の面会も制限されていることが多いといわれている。

海外の先行研究では、親との死別後、子どもの悲嘆に影響を与える要素や、悲嘆中の子どもの感情的、行動的な困難さなどは明らかにされてきている。また、悲嘆への援助は死別前から行われる必要性についても指摘されている。しかしながら、大切な人を亡くす子どもへの看護師のケアを明らかにした研究は少なく、その実情はほとんど明らかにされていない。そこで今回、ホスピス・緩和ケア病棟で行われている、大切な人を亡くす子どもへのケアの実際を明らかにし、今後の子どもへのケアに対する新たな看護示唆を得たいと考えた。

 

2.研究目的

 本研究の目的は、以下の4点である。

1)看護師は大切な人を亡くす子どもへのケアをどのように考えているかを明らかにする。

2)看護師は子どもやその家族にどのように関わっているかを明らかにする。

3)看護師は子どもや家族への関わりを通して、どのような困難さを感じているか、また、子どもへのケアを左右する要因を明らかにする。

4)上記で得られた内容を元に、ホスピス・緩和ケア病棟における子どもへの関わりに関する看護実践の示唆を得る。

 

 

 

3.用語の定義

1)子ども

文献検討から、子どもは3歳から死を理解できるとされる。そのため、本研究では3歳から18歳にあり、緩和ケア病棟に入院中のがんでターミナル期にある親や祖父母などを持つ子どもとした。

2)大切な人

親、祖父母といった子どもの成長・発達に携わってきた人であり、かけがえのない存在。

 

U.研究方法

 

1.研究デザイン

グラウンテッド・セオリーアプローチを参考とした、質的帰納的アプローチ。

 

2.研究協力者

緩和ケア病棟に勤務しており、これまで大切な人を亡くす子どもに関わった経験のある看護師。

 

3.データ収集方法

1)面接法

(1)    緩和ケア病棟に勤務する看護師に、インタビューガイドに基づき、半構成的面接を行った。

(2)    面接時間は、13060分程度とし、インタビュー回数は、一人当たり12回とした。

(3)    面接中は、研究者と研究協力者の自然な相互作用を大切にした。基本的に、研究協力者が体験や思いを自由に語れるように、研究協力者主導の自発的な発語に委ねた。

(4)    面接内容はテープに録音した。

 

4.データの分析方法

1)   面接で得られたデータを逐語録として起こし、内容を繰り返し読み、データを行ごと段落ごとに解読して、出来事や事実を探し、次いでコードをつけた(概念としてまとめた)。

2)   データの中に観察される現象の抽象概念であるカテゴリー、また、それを説明するサブカテゴリーを割り出した。また、これまでの分析過程で蓄積されてきたデータを概念で整理した。研究中、コード化とカテゴリー化を行った。すべてのカテゴリーに結びつく中核カテゴリーを割り出した。

3)   上記のプロセスで得られた内容を文章にまとめた。

4)   信頼性及び、妥当性を確保するために、分析に関して、ホスピス・緩和ケアを専門とする看護師2名との意見交換、及び、質的研究方法の専門家1名のスーパーヴィジョンを受けた。

 

5.倫理的配慮

研究協力者には、研究目的、方法、倫理的配慮について文書を用いて説明し、同意書に署名をもらった。なお、本研究の実施に際し、慶應義塾大学看護医療学部研究倫理委員の承認を受けた。

V.結果・考察

 

1.研究協力者の概要

本研究に参加した、研究協力者は2040歳代の看護師12名であった。研究協力者の看護師の平均経験年数は12年であり、緩和ケア病棟勤務の平均経験年数は、5.1年であった。

 

2.子どもへのケアについて

看護師の大切な人を亡くす子どもへのケアとして、【看護師の関わり】【環境づくり】【子どもへの声掛け】【家族への関わり】などが抽出された。【看護師の関わり】には、<年齢に応じた関わり><信頼関係の構築>などが、【環境づくり】には、<来院しやすい環境づくり><患者と過ごす環境づくり>などが含まれた。また、【子どもへの声掛け】には、<ケアへの参加><病状変化の説明>などが、【家族への関わり】には<家族への説明>が含まれた。

看護師の子どもへのケアを左右する要因としては、【看護師側の要因】としては、<感情><業務>などが、【子ども側の要因】としては<年齢><患者との距離>があげられた。さらに、【家族側の要因】としては<家族の考え><ホスピス・緩和ケア病棟への理解>が、【患者側の要因】としては、<緩和ケア病棟の入院期間><患者の意向>があげられた。

文中の括弧はそれぞれ、【】はカテゴリーを、<>サブカテゴリーを、[]は概念名を示している。なお、紙面の都合上、本文では結果・考察の一部を記述する。

 

1大切な人を亡くす子どもへのケア

【看護師の関わり】の<信頼関係の構築>は、日ごろの子どもの関わりを通して築かれるものであり、研究協力者は、子どものケアにおいて重要であると捉えていた。

【環境づくり】として、研究協力者は、<来院しやすい環境づくり>が大切であると考え、子どもと一緒に遊ぶ、絵本を読むなど、子どもが病院で過ごしやすいような関わりを行っていた。 

【子どもへの声掛け】として、研究参加者は、タオルを絞る、患者にシャーベットを食べさせるなど、<子どもができるケアの依頼>をすることで、子どもの患者ケアへの参加を促していた。

【家族への関わり】として、研究協力者は、患者と子どもの距離を縮めるために、子どもを病院に連れてこない家族に対して、患者が会いたがっていることを伝えるといった、<家族への説明>を行っていた。

 

2子どもへのケアを左右する要因

【看護師側の要因】の<感情>は、看護師自身の子どもと患者の[子どもとの重なり]がケアを提供する看護師の[辛さ]につながり、子どもへの[関わりの回避]をもたらしていた。

【子ども側の要因】である<年齢>では、[幼少期の子ども]は、家族とともに病院に来院することが多く、また、甘えてくれるなどの幼少期の子どもの特徴からも、看護師と関わる機会が多いと捉えていた。一方、[思春期の子ども]は、学校生活などにより、病院を訪れることが少なく、また、恥ずかしさといった思春期の子どもの特徴からも、看護師が関わりづらい状況にあった。

【家族側の要因】について、告知など子どもへの関わりに関して、<家族の考え>があるため、看護師・医師などの医療者の考えだけでケアを進められないという現状があった。  

【患者側の要因】としての<緩和ケア病棟の入院期間>では、研究協力者は、早い段階で緩和ケア病棟を訪れる患者は、ADL(日常生活行動)が自立していることも多く、子どもとの関わりがうまくいくことが多いと感じていた。しかし、患者の状態が悪くなって緩和ケア病棟を訪れる場合は、一般病棟では、子どもが患者にほとんど関われない環境に置かれているため、緩和ケア病棟入院後に子どもに患者ケアへの参加を促すことが難しいと捉えていた。

 

以上から、大切な人を亡くす子どもへのケアとして、子どもとの信頼関係の構築や患者のケアへの参加を促す、子どもが過ごしやすい環境づくりといった、看護師の積極的な関わりが重要になることが明らかになった。しかし、子どもへのケアのあり方を左右する因子として、看護師、患者、子ども、家族のそれぞれの側面があり、これらが複雑に絡み合い、子どもケアのあり方に影響していることがうかがえた。そのため、大切な人を亡くす子どもへのケアを促進していくために、子どもだけでなく、親や祖父母といった家族を含めた関わりが求められ、このような関わりを行うために、看護師間での情報共有や、医師やソーシャルワーカーをはじめとした他の医療職者との連携が重要になることが示唆された。

 

<本プロジェクトに基づく研究業績>

1. 廣岡佳代・大迫雅紀・下荒磯ゆかり他:がんで親を亡くす子どもへの関わり,緩和ケア,青海社(審査中)

2. 廣岡佳代・茶園美香・二宮朋子:大切な人を亡くす子どもへのケアについて〜看護師の視点から〜,第12回緩和医療学会総会にて発表予定

 

W.今後の課題

 

 今回、緩和ケア病棟に勤務する看護師12名を対象に、大切な人を亡くす子どもへのケアに関するインタビュー調査を行った。本研究を通して、これまで不明確であった、大切な人を亡くす子どもへのケア及び、子どもへのケアを左右する要因が明らかとなり、新たな知見を得ることができた。しかし、本研究での対象施設は1施設であり、日本のホスピス・緩和ケア病棟における大切な人を亡くす子どもへのケアの全体像を表しているとはいえない。そのため、今後は、研究協力施設数を増やし、子どもへのケアに関する現状を明らかにしていく必要がある。また、看護師だけでなく、医師、ソーシャルワーカーなど他職種を含めたインタビュー調査を行い、ガイドライン作成に向けた研究活動を進めていく予定である。