2007年度 SFC研究所プロジェクト補助
研究概要 報告書

大型野生獣(ツキノワグマ)の生態ネットワーク計画

大澤啓志
総合政策学部専任講師


研究チームメンバー

  大澤啓志(総合政策学部専任講師)

  土光智子(政策・メディア研究科 博士課程1年)

  福井弘道(総合政策学部 教授)

(敬称略)


1. 研究概要

富士丹沢地域では、森林の人工的改変や道路の建設などによりツキノワグマの生息地の分断が懸念されている。本研究では、富士丹沢地域におけるツキノワグマのためのエコロジカルネットワークの策定と評価を行うことを目標とする。エコロジカルネットワークのコンセプトは、分断された生息地の間に移動経路として緑地帯を設置することで孤立した個体群の移動と遺伝子の交流を促進し、将来の絶滅リスクを低減させるというものである。当対象地域でのツキノワグマの生息場所の情報が不足しているため、ツキノワグマの追跡のためのフィールドワークを行う。具体的には、センサーをつけたGPSをクマの首につけ、クマの移動経路の追跡と生態的な行動の解析を行う。これらのデータをもとに、エコロジカルネットワークの設置位置の最適化、移動の障壁となっている原因の特定、またエコロジカルネットワークの定量的評価を行う。


2. 研究目的と進捗状況

研究対象地域は、富士丹沢地域である(図1)。富士丹沢地域では、森林の人工的改変や道路の建設などによりツキノワグマの生息地の分断が懸念されている。しかし、ツキノワグマが1) どこに生息しているのか、2) どのように生息地は分断されているのか、3) なにが分断の原因となっているのか、4) 分断されているとしたらどのように状況を緩和できるのか、5) エコロジカルネットワークによって状況緩和が可能ならばどこに設置すべきか、という問いに答えるための基本的な情報が日本では不足している。たとえば、1)の問題に言及する場合、全国規模では5kmのメッシュでツキノワグマ、ヒグマの生息分布地図が作成されてはいるが、各地域の個体群の生息分布を反映するにはメッシュが粗すぎる。筆者の先行研究では、上記の1)2)を研究課題とし、ツキノワグマの生息分布のモデルを構築し、地図として可視化した。この成果として、当対象地域におけるツキノワグマの生息地は分断されていることが検証され、エコロジカルネットワークの策定が望ましいという結論に至った。この結果を引き継ぎ、本研究では、上記の3)5)の問いに答えることを目的とし、空間情報科学を用いた富士丹沢地域におけるツキノワグマの移動経路調査や構造物利用調査評価を実施する。研究の成果物として、富士丹沢地域におけるエコロジカルネットワークの策定に必要な科学的な基礎資料を作成し、将来的には行政への提言書としてまとめたい。

図1 研究対象地域

筆者らは、2007年夏から秋にかけて、丹沢地域で、神奈川県自然環境保全センターが竃生動物保護管理事務所に委託して実施している丹沢ヘアトラップ調査などに参加し、ツキノワグマの痕跡調査を行った(図2)。この結果、痕跡を位置情報とともに記録することが出来た。


図2 ツキノワグマの痕跡調査

本研究では、最新型のトラッキング装置を装備して、ツキノワグマをニアリアルタイムで追跡する(図3)。日本では、このような記録方法をバイオロギングと呼んでいる。現在は海洋動物への応用が盛んであり、陸生動物への応用は、ツシマヤマネコのほかほとんど例がない。この追跡のための準備として、筆者らの研究チームでは、箱罠式ドラム缶(図4)を特注し、衛星を介して情報が送信されてくる追跡装置を購入した。追跡装置導入のためのサービスを提供する会社とも契約を結んだところである。また、最初のツキノワグマ捕獲時に麻酔銃を打ってくれる獣医が必要であるが、こちらも協力してくれるという獣医と知り合うことができた。本研究で用いる最新型のトラッキング装置(図5)の、ツキノワグマへの応用例は、今まで報告例が数少ない上、追跡に成功したという報告は今のところない。本研究で、この装置を用いてツキノワグマの追跡に成功すれば、日本で初の成功事例となりうる。ツキノワグマの追跡調査は、2008年春、クマが冬眠から覚めたころの5月上旬から開始する予定である。

図3 ツキノワグマの位置データ取得方法

図4 箱罠ドラム式(この写真は楽天から。実際は特注している)(左)

図5 ツキノワグマの首に装備する追跡装置(テロニクス社)(右)


3. 学会報告

本研究の成果として,本年度は以下の研究発表を行った。うち、環境研究発表会では、事務局長賞を受賞する機会があり、ESRI International User Conferenceでは、投稿ポスター2点がESRI Map Book, Volume 23に選出された

(1) 国内学会発表

1. Doko, T. (2007). Modeling of species geographic distribution for assessing present needs for the ecological networks - Case study of Fuji region and Tanzawa region, Japan -. 東アジアGISシンポジウム2007, 福岡, 九州大学大学院工学研究院, 6 August.

2. 土光智子 (2007). ニホンカモシカの生息地域予測モデルと地理的分布. 環境情報科学センター第21回環境研究発表会, 日本大学会館, 東京, 27 November. (第4回ポスターセッション事務局長賞受賞)

(2) 国際学会発表

1. Doko, T. (2007). Modeling Asiatic black bear’s geographic distribution. Twenty-seventh Annual ESRI International User Conference, San Diego Convention Center, San Diego, California, ESRI, 18June. (Was chosen for inclusion in the 2008 ESRI Map Book, Volume 23)

2. Doko, T. (2007). Modeling Japanese serow’s geographic distribution. Twenty-seventh Annual ESRI International User Conference, San Diego Convention Center, San Diego, California, ESRI, 18 June. (Was chosen for inclusion in the 2008 ESRI Map Book, Volume 23)


4. 今後の展開

今夏、北京にて開催されるISPRSにて口頭発表を予定している(abstract査読通過)。

T. Doko, A. Kooiman, A.G.Toxopeus, MODELING OF SPECIES GEOGRAPHIC DISTRIBUTION FOR ASSESSING PRESENT NEEDS FOR THE ECOLOGICAL NETWORKS, ISPRS (International Society for Photogrammetry and Remote Sensing) Congress, Beijing, 3-11 July 2008.

今後は、国際学会における発表や,論文誌への投稿を計画している。


5. 参考文献

Jongman, R.H.G., Nature conservation planning in Europe: developing ecological networks. Landscape and Urban Planning, 1995. 32(3): p. 169-183.

環境省自然環境局生物多様性センター, 6回自然環境保全基礎調査 種の多様性調査 哺乳類分布調査報告書, 2004. p. 232.

Guisan, A. and N.E. Zimmermann, Predictive habitat distribution models in ecology. Ecological Modelling, 2000. 135: p. 147-186.

「特集 海にもぐる動物の行動をさぐる」岩波書店 科学 vol.73.No.1 Jan. 2003

Bio-logging Science, National Institute of Polar Research, Tokyo 2004


 6. おわりに

本研究は、2007年度森泰吉郎記念研究振興基金(研究助成金)の補助、2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金による国外学会発表経費補助、2007年度 SFC研究所プロジェクト補助を受けた。ここにその感謝の意を改めて表明したい。