2008229

2007年度 慶應義塾大学SFC研究所プロジェクト補助 報告書

 

(研究課題)緩和ケアチームのオーディットシステムに関する研究

:患者・医療者の緩和ケアニーズの調査結果から

 

 

研究代表者:慶應義塾大学看護医療学部 助教 朴 順禮

 

 

 

共同研究者         所属施設名及び職名 

橋口さおり      慶應義塾大学医学部麻酔科学部内講師

白波瀬 丈一郎    慶應義塾大学医学部精神・神経科専任講師

藤澤 大介      慶應義塾大学医学部精神・神経科助教

辻 哲也       慶應義塾大学医学部リハビリテーション科専任講師

木村 理恵子     慶應義塾大学病院看護部看護師

須山 郁子      慶應義塾大学病院看護部看護師

 

 

背景と目的

20074月に「がん対策基本法」が施行され、適切な医療を受ける権利と患者本人の意向を十分尊重した治療法などが選択できるようながん医療を提供する体制を整備することが政策として示された。それにともないがん診療連携拠点病院の整備が急速におこなわれ、各病院に緩和ケアの充実と整備が義務づけられている。

緩和医療の現状としては、緩和ケアを受ける場合、緩和ケア病棟を利用するよりも、はるかに多くの患者が、緩和ケアチーム(palliative care team: PCT)によるコンサルテーション診療を受けている。PCTは、2002年の緩和ケア加算が算定されるようになってから急速に増加しているが、その提供されている緩和ケアの質は十分評価され、標準化されているとはいえず、臨床現場では自らの活動をどのように評価していくかが課題となっている。

そこで本研究の目的は、身体的・心理社会的、スピリチュアルな問題を抱えているがん患者とその家族に対して、患者・家族の緩和ケアニーズを把握するとともに、医師・看護師の緩和ケアに関する現状とコンサルテーションニーズを調査・分析し、緩和ケアチームのオーディットシステムを検討することである。

 

研究T 患者の主観的評価にもとづくオーディットの検討

<調査方法>

 調査は、慶應義塾大学病院で実施された。

調査期間は、20079月〜10月の1ヶ月間で、主治医の許可を得て適格条件(年齢、重症度など)を満たし、調査の説明を受け、書面にて同意を得た者を対象者とした。

調査内容は、質問紙法を用いてがんに関連する症状を、身体的、精神的、スピリチュアルの各側面から評価した。がん症状の標準的な評価尺度である、日本語版M D Anderson Symptom Inventory(日本語版MDASI)と、患者の心配する事項について10段階で評価する心配尺度(平井啓ら)、身体疾患を有する患者のうつと不安を評価する日本語版Hospital Anxiety and Depression Scale(HADS)を患者に配布し、患者が有する症状(ニーズ)を検出した。本研究は、慶應義塾大学医学部倫理委員会の承認を得て行われた。また、臨床試験情報UMIN-CTRに登録された(UMIN000000811)。

<結果および考察>

調査対象者は287人中、184(回答率64.1)が解析の対象となり、うち125名(67.9%)が悪性疾患患者であった

症状の重症(MDASI7)率が高かったのはストレス(28.0%)、食欲不振(27.6%)、眠気(22.0%)、悲しい気持ち(20.5%)、口渇(20.2%)、痛み(20.1%)であった。

がん患者群、非がん患者群に分けて分析したところ、MDASI-J症状と安静時の痛みの項目では有意な差は認めなかった。心配については、「現在の病気自体について」「自分のこころの状態」「治療の効果」「主治医や医療スタッフとの関係」「家族の将来」「病気にうまく対処できるかどうかということ」「自らの生と死」「治療の副作用」「容姿の変化」「今の病気が悪化するかもしれないこと」で、がん患者群で有意に心配が強かった。

がん患者群では非がん患者群と比べて有意にHADS総得点、不安サブスケールが高かった(t検定:p<0.05)。がん患者群・非がん患者群を分けて比較すると、大うつ病が疑われる人ががん患者群で28.0%、非がん患者群で6.8%(χ2検定:p<0.01)、適応障害が疑われるものががん患者群で74.4%、非がん患者群で57.6%とがん患者群(χ2検定:p<0.05)と、いずれもがん患者群で有意に多かった。

以上の結果から、がん患者の緩和ケアに対する評価には、身体症状の評価もさることながら、がん治療に伴う心配な事柄や精神医学的評価を加えたオーディットが必要不可欠であることが示唆された。

 

研究U 医師・看護師の緩和ケアチームに対するニーズ調査

<調査方法>

質問紙法(無記名)により、慶應義塾大学病院に勤務し、通常がん患者を診療している医師・看護師に対し緩和ケアの現状とPCT介入に関する意識調査を実施した。

質問内容は、現在病棟や外来で実施されている緩和ケアの改善の必要性、緩和ケアチームの役割などであった。調査は、20079月〜10月に実施した。本研究は、慶應義塾大学医学部倫理委員会の承認を得て行われた。

<結果および考察>

医師・看護師906名に対し、有効回答数は502名(55.4%)であった(医師:46.8%、看護師60.3)

緩和ケアの改善が必要な項目は、「緩和ケアの知識」「家族への精神的ケア」「療養場所のコーディネート」「患者の不安」「治療の明確化」などが挙げられ、緩和ケアにおいて身体的側面以外の項目に改善の必要性を示す医師・看護師が多かった。緩和ケアチームの役割としては、「緩和ケアの知識提供」と「教育」以外に、「精神・心理的ケア」「療養場所のコーディネート」「痛みのコントロール」においてその役割を多く求めていた。

 これらの結果から、緩和ケアチームに対するオーディットとしては、緩和ケアチームが担う役割が多岐にわたることから、患者の症状緩和に関する評価以外に、医師・看護師の緩和ケア教育や知識提供の機会、療養場所のコーディネートといった地域ネットワーク活動なども評価の対象となる。このように多様な評価軸を、患者・家族および病棟スタッフの他者評価、緩和ケアチームの自己評価として実施し、次のケアにつなげていく作業が重要であると考える。

 

<今後の課題>

 患者の主観的評価に基づくオーディットとしては、MDASI-J、心配尺度、HADSは身体的・心理的・社会的評価を行う上で有効な手段として、慶應義塾大学病院緩和ケアチームの評価指標の一つとして活用を開始した。一方で、緩和ケアチームの自己評価として、痛みや患者・家族の不安等、緩和ケアを包括的に評価できる、STAS(Support Team Assessment schedule: STAS)を使用することを検討し、緩和ケアチームの活動開始後から評価基準に加えた。また、緩和ケアチームは、病棟医師・看護師の役割モデルとして協働していく上で、患者の症状緩和以外に緩和ケアの教育や知識提供、療養場所のコーディネートなどについても評価する必要がある。その点に関しては、患者・家族の満足度および医療者満足度の調査票を作成し、チームが機能している点としていない点を総合的に評価する必要がある。今後は、患者・家族、病棟医師・看護師、緩和ケアチームそれぞれの評価を実施する中で、その有効性や使い易さなどをさらに検討し、緩和ケアチームのより良いオーディットシステムを目指していく。

 

<学会発表>

     藤澤大介、朴順禮、須山郁子他:「慶應義塾大学病院における入院患者の緩和ケアニーズ調査」第13回日本緩和医療学会学術大会(予定)

     朴順禮、藤澤大介、須山郁子他:「慶應義塾大学病院における緩和ケアに関する医療者のニーズ調査」第13回日本緩和医療学会学術大会(予定)