2008年度SFC研究所プロジェクト補助金研究報告書

 

 

【研究テーマ】

Location Engineを用いたヒトの移動検出に関する研究

 

 

【助成研究費】

1,000千円

 

 

【申請者】

大学院政策・メディア研究科兼環境情報学部 准教授 仰木裕嗣

 

 

【研究協力者】

慶應義塾大学政策・メディア研究科特別研究助教 金田晃一

慶應義塾大学環境情報学部 准教授 三次仁

 

 

【研究背景】

申請者の仰木は、これまで加速度センサ・ジャイロセンサなどの慣性センサと呼ばれる運動を検出するセンサデバイスの開発を進めてきた。特にスポーツ運動の計測のなかでも水泳やスキージャンプなど通常のカメラでは捉えることが難しい環境下において、カメラを用いることなくヒトの運動を観察するためのデバイスづくりを一貫して進めてきた。この一連の研究のなかで、これまでに欠落していたセンサといえば、「位置情報」である。すでにSFCでは一般教室の多くにRFIDのリーダーアンテナが敷設されていることによって,加藤(文)・南らによってBelugaプロジェクトなどがすすめられており、位置情報の検出は行われてきたが、このRFIDによる位置検出の精度は教室に「いる」か「いない」か、程度の粒度でありヒトの運動計測を行う上では全く利用できる機能ではない。また近接型のRFIDによる位置検出ではリーダーがIDチップに近づく必要があるため、そもそもIDをもつ個体が動き回る場合には用いることができなかった。こうした状況の中、2007年秋に、米国テキサスインスツルメンツ社より、Location Engineという新しい技術が発表されこれを実装したZigbeeチップ(無線には、IEEE802.15.4, 2.4GHz帯を使用)が市場に出回り始めた。これはRSSIと呼ばれる電界強度を三角測量法に応用してノード(個体)の位置情報を知る技術をさらに進化させたものである。既知の観測点における電波強度によってその場、その場での環境に応じて変化しうる電波到達具合を補正しながら、ブラインドノードと呼ばれる未知のノード、すなわち移動体の位置を検出しよう、というものである。これまで部屋にいるかどうか、といった程度の位置同定精度が、これによって64m四方空間において、25cm程度に狭まり、十分に隣の人との位置取りの違いまでもが検出できるようになった。既知の場所に配置するノードは実際には、移動体に装着するノードとはハードウェア的には変わることがないために、このLocation Engineと呼ばれる技術はZigbee無線の普及とともに急速に広がりを見せるものと期待されている。

 

 

【研究目的】

そこで、申請者の仰木はアンテナが既知の屋内空間の四方に配置していれば、屋内でのヒトの運動観測に応用できることを考え、このLocation Engine技術を用いた屋内運動の移動履歴計測を提案する。研究の最終目標は、位置計測精度・時間分解能精度を明らかにし、屋内環境下においてヒトが運動する様子を明らかにすることである。

 

本研究においては、Location Engineによる位置計測技術がヒトの歩行、特に今回は水中歩行におけるヒトの移動速度や移動範囲などの観察に必要十分な性能をもつのか否かを検証するために基礎実験を遂行するというフェーズまでに関して申請を行うものである。

 

 

【研究方法】

(1) 水中歩行による運動計測

期間:200811月から20092

場所:医療法人康心会 町田ふれあいホスピタル、神奈中スイミングクラブ平塚校

 

屋内において、その運動が直線的であり同じ場所を移動往復する、最も単純なアプリケーションである水中歩行を題材として、その歩行運動の計測を行った。

移動履歴、具体的にはLocation Engineによって計測される物理量は二次元平面上の位置座標であるが、位置情報の微分値である速度算出には、本研究および本研究から派生した共同研究で開発した無線Zigbeeによるセンサの精度が、初期段階では不十分な精度でもあったことから、位置情報については規定されたコース上を往復する時間をもって算出する方法、ならびにプールサイドに設置したビデオカメラ映像を二次元DLT法によって解析して得る方法の二つを同時に試みた。二次元DLT法による移動軌跡の算出には、DKH社のFrame DIASIIを用いた。

時期的に本実験と、Zigbeeデバイスの開発完了までには時間差があったことから、当面の移動速度計測はこのような手法にて行った。

 

位置情報の取得と同時に、水中歩行の最大の関心事であるエネルギ消費量の計測については、ダグラスバッグ法によって行い、安静時代謝量とともに呼気ガス分析装置(ポータブルガスモニター、(株)アルコシステム)と換気量計(ミナト医科学)を用いて行った。

 


 

 

 

(2)位置計測精度・時間精度の検証実験

期間:20092

場所:慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス体育館

 

IEEE802.15.4によるLocation Engine搭載のプロトタイプを用いて、屋内環境下における位置計測精度に関する実験を行った。また、陸上環境下において、Location Engineブラインドノードを装着した被験者が動き回る様子を観測し、その位置情報精度ならびに屋内施設環境の違いによる変化について実験的に明らかにした。特に、複数センサノード移動時の計測、センサノードが交差した条件や重なり合った条件など、実際の日常で起きうる条件を加味して実験を行った。

 

【研究結果】

20093月現在、公称値では位置計測の粒度が、25cmと定義されているLocation Engine (テキサスインスツルメンツ社製)は、電波状態によっては捕捉アンテナ数が極端に少なくなった場合においては、非常に精度が悪くまた場合によっては明確にアンテナ数個内にブラインドノード(移動体)が存在していても位置情報に欠落があったり、また数m程度位置がとぶといったことが起こりうる、ことを確認した。これは必ずしも移動している際にのみ起こるわけではなく、静止している状態において観測されるものであって目下のところLocation Engineの移動体捕捉は実現困難であることを確認した。

 

位置情報から速度が算出できれば、さまざまな応用用途が広がることが間違いないがその一つの例として挙げられるのが、運動強度の判別や運動量計と呼ばれる類の計測機器であろう。したがって、ここでは開発進捗により当初予定されていた実験日程に間に合わなかったために、移動履歴はカメラによる映像計測から求めたものの、プールを歩くヒトの代謝量、すなわちエネルギ消費量の推定という応用アプリケーションが十分にあることが明らかになった。実験結果によって得られた推定式からは、速度の関数として表現できる項が非常に説明力が強いことがわかり、速度計測の応用が示唆された。

 

 

【研究成果】

本研究において得られた結果は、20093月現在において、特許出願に向けての準備を進めている。またまとめられた実験データからの成果は、200910月にオーストラリア・ブリスベンにおいて開催される、BeActive’09(オーストラリアスポーツ医科学会議)において発表を行う予定である。

 

 

【今後の展開】

今後は、JSTNEDOをはじめとする公的研究補助金のなかでもシーズを実現する開発研究の提案を進めていき、協力企業との連携を深めて実際に使用に耐えうる無線応用事例としたい。


 

【外部資金獲得結果】

2008年度に始めた本研究は、2008101日づけで、(株式会社)オーエステクノロジーとの共同研究(SFC研究所)へと発展し現在も進行中である(〜2009年9月30日)。