WebGISを活用して地域住民と協働して作成する環境情報図の試み

研究グループ
一ノ瀬友博(研究代表者/環境情報学部)
厳網林(環境情報学部)
井本郁子(総合政策学部/LEAVES技術士事務所)
岸しげみ(茅ヶ崎野外自然史博物館)
板川暢(環境情報学部)

Abstract:
Biotope (habitat) type maps are essential as base maps for land use planning and biodiversity conservation. Actual vegetation maps are often used as the base maps, though important information for biotope evaluation such as vegetation structure and anthropogenic land modification is not shown enough. However, we usually need many experts and a huge budget to map a wide area. We proposed a biotope type mapping method using WebGIS, involving local people for field survey. A supervisor prepares a base map, then local people identify biotope types on the field and put results and photographs on the WebGIS. The supervisor redraw the map according to it. They can share their information and communicate each other there, because of functions of Social Network Service.

1.研究の背景
 地理情報システム (GIS) の発達に伴い,生物の生息・生育環境を広域的に評価する試みが盛んになされるようになってきている。特に、近年注目を浴びているエコロジカルネットワークの構築には基盤となる環境情報が欠かせない。国土地理院を始め政府が中心となって様々な地理情報が整備されつつあるが、エコロジカルネットワーク計画の基礎となりうるような詳細なスケールの環境情報は必ずしも十分に整備されていない。生物の生息環境の評価にはこれまで主に環境省作成の現存植生図が活用されてきた。現存植生図は環境アセスメントにおいても欠かすことのできない基盤的な環境情報である。現在、環境省はこれまでの5万分の1から、2万5千分の1に縮尺を上げ、日本全国の現存植生図の更新をしている。しかし、基幹的な地方自治体である市町村を対象としエコロジカルネットワーク計画を策定する場合には、2万5千分の1の縮尺では十分でなく、より詳細な環境情報図が必要である。実際に、よりスケールの小さな生物生息環境を評価する際には独自に詳細な植生図を作成したり、植生図以外の基盤情報を用いたりされている。また、現存植生図は群落構成種の組成を重視する植物社会学の手法で作成される地図であり,動物をはじめとしたその他の分類群の分布評価のための基盤情報として整備されているものではない。例えば、農村地域において生物の生息にとって非常に重要な構造となる素堀の土水路などは現存植生図に表現されるものではないし、読み取ることもできない。
 他方、欧米では動物相の分布を評価するための環境情報図が数多く整備されている。ドイツやオーストリアを中心としたビオトープタイプ地図とイギリスやアメリカを中心としたハビタットタイプ地図がその代表的なものである。このような情報図は生物生息環境評価に活用されるだけでなく,先に挙げたエコロジカルネットワーク計画を始め、各種計画の基盤情報として活用されている。我が国においては,一つの自治体を広域的かつ面的に網羅したビオトープタイプ地図は、兵庫県において初めて作成された1)。しかし、その縮尺は5万分の1以上と小さい上に、ドイツの手法に則ったものではなかった。また,ドイツの手法に準じたビオトープタイプ地図で公開されているものとしては、鎌倉市で初めて作成された例2)がある。鎌倉市のビオトープタイプ地図には農村地域がほとんど含まれていなかったが、日本の農村地域の特質を反映したビオトープタイプ地図作成手法も筆頭著者が中心になって提案した 3)。このように、我が国におけるビオトープタイプ地図や、あるいはハビタットタイプ地図作成の試みは増加してきており、その手法もある程度確立されつつある。


2.環境情報図作成の課題と研究の目的
 ドイツのビオトープタイプ地図は都市部においては5千分の1で、農村地域においては1万分の1で作成されるのが一般的で、その地図化の作業は2500分の1の国土基本図を用いて行われる4)。研究代表者が先に行った栃木県芳賀郡におけるビオトープタイプ地図作成の試み3)でも2500分の1の精度で作成し、日本の農村地域の環境を記述する手法を提案できた。しかし、手法は開発できても大きな問題が明らかになった。詳細な環境情報図を作成するためには既存の地図情報や空中写真、詳細な衛星データのみならず、現地調査が欠かせないことである。先の一連の研究では研究代表者をはじめ共同研究者自らが現地調査を実施したが、専門的な能力を有する調査員であっても1日に調査できる範囲は1平方km程度であることが明らかになった3)。面積がそれほど大きくない市町村においても専門家が業務を委託されて調査を実施すると、膨大な予算が必要となる。ドイツにおいてはビオトープタイプ地図は基盤的環境情報図として扱われ、基本的に地方自治体の予算によって整備されているが、その作成にかかる費用は同様に課題になっている。我が国では地方自治体の財政状況が逼迫していることを考えると、公的な資金でこのような詳細な環境情報図を広域的に整備しようとするのはあまり現実的ではない。そこで本研究では地域住民と協働して環境情報図を作成することを目的とした。地域住民同士、また地域住民と専門家をつなぐプラットホームとしてWebGISを利用することとした。

3.環境情報図作成のプロセスとWebGIS
 WebGISを活用した住民による地域環境診断といった試みはこれまでも既にいくつか例があるが、環境情報図の作成となると様々な課題が存在する。最も大きな問題は、作成された情報図の精度である。また、WebGISにおいてある程度の地物の書き込みや編集が可能であるが、その積み重ねによって精度の高い地図を作成するためには技術的な問題が多い。よって、本研究では基本的には先のビオトープタイプ地図作成手法3)を踏襲し、ベースマップと地域住民から挙がってくる情報との統合は専門家が行うこととした。
 事例対象地域は慶應義塾大学周辺の神奈川県藤沢市と茅ヶ崎市にまたがる地域とした。この対象地域を設定したのは、システムの運用において地域の自然保護団体や地域住民、慶應義塾大学学生の協力が得られるからである。事例対象地に合わせて、ビオトープタイプの凡例を表1のように設定した。このビオトープタイプ区分は、既往の研究3)に基づいて作成しているが、地域住民が調査により判別することを想定し、よりわかりやすい区分を設定した。
 地図化の具体的な手順は以下の通りである。まず、現存植生図や土地利用図、空中写真に基づき、専門家がビオトープタイプ区分を行う。これを2500分の1国土基本図に重ねたものをWebGISにアップする。地域住民は、専門家が行った区分と地域の区分けを確認する現地調査を担当する。現地調査は地域をあらかじめ担当者ごとに区分しておき、現場を歩き、紙に出力した地図に記録し、個々のタイプの写真を撮影する。それをWebGIS上で報告するという流れである。これらの調査者の報告を受けて、専門家が随時地図に修正を加える。現在のシステムでは、写真は通常のデジタルカメラを想定していて、調査者がどこの写真であるか自分でWebGIS上で登録する必要があるが、システムを改良することによってGPS情報を持つ画像にも対応する予定である。また、WebGIS上で地点を登録したり、画像をアップする際に、加えてコメントを書き込むことができる。この機能を応用することにより、地域SNS的な機能を持たせる予定である。調査を行う地域住民同士が情報を共有し、地域環境により興味を持つきっかけを提供するものとする。WebGISはこれまで厳が中心になって構築してきたシステム5, 6)を基本とし、環境情報図作成のための改良を加えた。

表1 ビオトープタイプ区分
上位区分 中位区分 下位区分 詳細区分 凡例
開放水域 流水 河川・水路 農業用水路 農業用水路  
    河川・水路 コンクリート護岸 コンクリート護岸河川・水路  
    河川・水路 近自然型護岸 近自然型護岸河川・水路  
    河川・水路 自然護岸 自然護岸河川・水路  
    自然細流   自然細流  
    湧水   湧水    
  止水 自然止水 水生植物あり 池沼    
    自然止水 水生植物なし 池沼    
    近自然止水 水生植物あり ため池・調整池    
    近自然止水 水生植物なし ため池・調整池    
    人工的止水 水生植物あり プール・噴水    
    人工的止水 水生植物なし プール・噴水    
  湿地   湿地    
  海辺 干潟   干潟    
    磯・岩礁   磯・岩礁    
    汽水域   汽水域    
    港湾   港湾    
草地・耕作地 水田 湛水田   湛水田    
    湿田   湿田    
    半湿田   半湿田    
    乾田   乾田    
  調整水田 調整湿田   調整湿田    
    調整半湿田   調整半湿田    
    調整乾田   調整乾田    
  畑地 穀物畑   穀物畑    
    蔬菜畑   蔬菜畑    
  草地 二次草地   二次草地    
    畦畔草地   畦畔草地    
    裾刈り草地   裾刈り草地    
    放牧地   放牧地    
    芝地   芝地    
    湿生草地   湿生草地    
    海浜 草地あり 海浜(草地あり)    
      草地なし 海浜(草地なし)    
  果樹園 等 果樹園・樹園地   果樹園・樹園地    
    施設的果樹園   施設的果樹園    
    苗圃   苗圃    
  施設栽培 施設栽培   施設栽培    
  休耕地 湿生休耕地   湿生休耕地    
    半湿生休耕地   半湿生休耕地    
    乾性休耕地   乾性休耕地    
  植栽地 花壇・植込み   花壇・植込み  
樹林地 針葉樹林 クロマツ林 林床植生少 クロマツ林林床少    
      林床植生中 クロマツ林林床中    
      林床植生多 クロマツ林林床多    
    スギ・ヒノキ林 林床植生少 スギ・ヒノキ林林床少    
      林床植生中 スギ・ヒノキ林林床中    
      林床植生多 スギ・ヒノキ林林床多    
  常緑広葉樹林 常緑広葉樹林 林床植生少 常緑広葉樹林林床少    
    林床植生中 常緑広葉樹林林床中    
    林床植生多 常緑広葉樹林林床多    
  常緑広葉樹低木林   常緑広葉樹低木林    
  落葉広葉樹 クヌギ・コナラ林 林床植生少 クヌギ・コナラ林林床少    
      林床植生中 クヌギ・コナラ林林床中    
      林床植生多 クヌギ・コナラ林林床多    
    落葉広葉樹低木林   落葉広葉樹低木林    
    落葉・針葉混交林 林床植生少 落葉・針葉混交林林床少    
      林床植生中 落葉・針葉混交林林床中    
      林床植生多 落葉・針葉混交林林床多    
    落葉・常緑混交林 林床植生少 落葉・常緑混交林林床少    
      林床植生中 落葉・常緑混交林林床中    
      林床植生多 落葉・常緑混交林林床多    
    湿生落葉広葉樹林 林床植生少 湿生落葉広葉樹林林床少    
    林床植生中 湿生落葉広葉樹林林床中    
      林床植生多 湿生落葉広葉樹林林床多    
    湿生落葉広葉樹低木林   湿生落葉広葉樹低木林    
  植栽樹林 針葉樹植栽林   針葉樹植栽林  
    針葉樹植栽低木林   針葉樹植栽低木林  
    落葉広葉樹植栽林   落葉広葉樹植栽林  
    落葉広葉樹植栽低木林   落葉広葉樹植栽低木林  
    常緑広葉樹植栽林   常緑広葉樹植栽林  
    常緑広葉樹植栽低木林   常緑広葉樹植栽低木林  
    混交林植栽林   混交林植栽林  
    混交林植栽低木林   混交林植栽低木林  
  竹林・篠地 竹林   竹林    
    篠地   篠地    
都市的土地利用 建蔽地 中高層建築物   中高層建築物    
    低層建築物   低層建築物    
    家畜用建築物   家畜用建築物    
    工業・流通施設   工業・流通施設    
    寺社仏閣   寺社仏閣    
  非建蔽地 植栽された庭   植栽された庭    
    墓地   墓地    
    裸地   裸地    
    舗装地   舗装地    
    廃棄物処分場   廃棄物処分場    
    上下水処理施設   上下水処理施設    
  交通用地等 舗装道路   舗装道路  
    未舗装道路   未舗装道路  
    鉄道   鉄道  
    高架道路・鉄道   高架道路・鉄道  
    鉄塔・送電線   鉄塔・送電線

4.システムの公開
 WebGISは2009年2月末に完成し、運用を始める。3月上旬に一ノ瀬研究室のホームページからリンクを張り、公開する予定である。2009年度にはシステムを用いた本格的な地図化の試行を進める予定である。なお、本研究の成果を踏まえ、発展させた研究を一ノ瀬が研究代表者で科学研究費基盤研究Cに申請中である。
一ノ瀬研究室のURLは以下の通りである。
http://homepage.mac.com/tomohiro_ichinose/sfc/sfchome.html

引用文献
1) 中瀬勲・服部保・田原直樹・八木剛・一ノ瀬友博 (2003): 兵庫県におけるビオトープ地図・プラン作成について. 造園技術報告集 2, 42-45.
2) 大澤啓志・山下英也・森さつき・石川幹子 (2004): 鎌倉市を事例とした市域スケールでのビオトープ地図の作成. ランドスケープ研究 67, 581-586.
3) 一ノ瀬友博・高橋俊守・加藤和弘・大澤啓志・杉村尚 (2008): 農村地域における生物生息環境評価のためのビオトープタイプ地図作成手法の提案. 農村計画学会誌 27, 7-13.
4) 一ノ瀬友博・高橋俊守・川池芽美 (2001): ドイツにおける生物空間地図化の現状とその日本への展開. 保全生態学研究 6, 123-142.
5) 厳網林・飯塚直 (2006): 非構造的フィールド情報による里山景観の点検・評価. 地理情報システム学会講演論文集 15, 367-370.
6) 厳網林・飯塚直・稲葉佳之・仙石裕明 (2007): Web2.0技術による地域情報サービス支援ツール - GeoSLSの開発. 地理情報システム学会講演論文集 16, 391-396.