2008年度 SFC研究所 プロジェクト補助

教育評価情報の共有支援とモニタリングシステムの開発

報告書

20092

研究代表者 金子郁容

 

1.はじめに

1.1. 研究概要および平成21年度外部資金への申請

1.1.1. 研究概要

本研究は、学校教育に関わる「評価情報」について、教育行政の組織(都道府県・市町村教育委員会および公立学校)間の連携性を高め、改善サイクルを回すための「モニタリングシステム」を設計・開発し、それを前提として教育行政の改善や連携の課題解決に向けた研究・提案を行うものである。様々な評価情報についての共通スキーマに基づく情報共有環境としての「モニタリングシステム」の条件定義をし、評価情報の収集・蓄積・分析・共有・活用の各要素を、実効性を有するものとして設計を行い、学力調査および学校評価の分野において実証実験を行うものである。教育行政の組織間で、目的に応じて効果的な情報共有を行うための制度設計を研究することにより、情報システムと制度改革が相互補完するモデルを構築・提案する。

 

1.1.2. 平成21年度外部資金への申請状況

本研究の成果を踏まえ、平成21年度の文部科学省による学校評価に関わる調査研究事業へ申請を予定している。

平成21年度の総務省ユビキタス特区に申請する予定で、企業数社とチームを作って準備をしてきたが、今回の事業は契約条件を詳細に検討した結果、労務費についてかなり厳しい制約があり大学として受けることにメリットがあるか、SFC研究支援センターのスタッフを交えて慎重に検討した結果、今回は、申請は見送ることにした。

 

1.2. 調査研究の意義・背景・目的

1.2.1. 研究の意義

本研究は、学校教育に関わる「評価情報」について、教育行政の組織(県・市教委、公立学校)間の連携性を高め、「PDCAサイクル(Plan(目標)Do(実行)Check(分析)Action(改善)Plan…)」による改善サイクルを回すための「モニタリングシステム」を設計・開発し、それを前提として、教育行政の改善や連携の課題解決に向けた研究・提案を行うものである。

以下の「背景」で説明するように、この数年で、教育行政は、児童・生徒の学力や生活実態、保護者ニーズ等、学校教育の実態に関わる多種多様かつ大量の「評価情報」を有することとなり、従来は、極端に言えば、「子どもの目の輝き」と「現場の長年の勘」に頼って来た教育効果の測定と改善という課題について、多くの情報に基づいた分析が求められるようになった。まさに、学校経営や教育行政の研究として「情報の研究」が必要になった。本研究は、SFCの強みを生かして、教育工学や教育行政分野には収まらない、新しい研究分野を切開く試みである。

 

1.2.2. 研究の背景

近年、保護者や一般市民による学校への不信感が大きくなっている。その中で、平成19年、学校教育法の改正により、学校評価が法律に位置づけられ、自己評価の実施と公表、学校関係者評価の実施と公表、設置者への報告が規定された。都道府県・政令指定都市レベルでの独自の学力状況調査は以前から実施されてきたが、国レベルでも、平成19年度から全国的な学力調査が実施されている。

これまでも、特定の学校や自治体についての学校評価や学力調査のデータ分析は行われてきた。しかし、現在は、全国規模の大量の情報があり、様々な比較も可能になり、情報の扱いや分析法について、これまでとは明らかに異なる状況が発生している。しかし、現状では、教育分野での大量のデータの収集・蓄積の方法やデータ分析法は定着しておらず、また、学校評価は各学校で閉じており、全国学力調査の分析は「国任せ」の状態である。

本研究チームは、評価情報活用についての「PDCAサイクル」の中で、これまでは、PlanDoの部分を支援する「学校評価支援システム」を開発し、延べ約10万人に利用された。同システムの開発と普及については、これまで、21世紀COEによる支援の他に、H18-19、および、今年度、文部科学省の「新教育システム開発プログラム」や「学校の第三者評価の評価手法等に関する調査研究」など、いくつかの委託研究として実施してきた。

今後は、それらの成果を踏まえて、「PDCAサイクル」をフルに回すための支援システムの開発を中心にして、いよいよ、本格的な「教育分野における情報の研究」という新たな研究分野を切開く第一歩を踏み出す時期に来ていると認識している。

 

1.2.3. 研究の目的

本研究チームの活動結果として、評価情報に関する「モニタリングシステム(評価情報の収集・蓄積・分析・共有を支援する情報基盤)」構築に向けての初期段階は実現し実用に役立っている。しかし、これまでは、全体の一部分を完成させたのみであった。例えば、学校評価と学力の関係、家庭における学習状況と保護者の意識などとのクロス分析の方法論やシステムの研究開発、学校・市教委・県教委に分散した評価情報を、プライバシーや情報流出の問題をクリアしつつ、効果的に連動させる仕組みや制度を実現する「統合的な情報共有環境」の研究・システム開発は、未着手状態である。学校間、地域間の客観的な比較の方法論や組織体制の研究はこれからであるし、データ分析結果と実践的効果の因果関係の検討も端緒についたばかりである。また、評価情報を前提とした教育行政を実現するには、評価情報の共有や分析を促す情報システム構築に加えて、教育行政の制度改革も必要となる。つまり、本研究は、第一歩が踏み出すべく準備がされたに過ぎず、今後、本格的な研究・開発が必要である。

教育行政学において、日本の教育行政制度は中央集権型/地方分権型のいずれでもなく、行政機能が相互に依存し、国(中央)と地方が互いに協調・連携した政策形成を行う「融合型」であると指摘されている(小川1998)。評価情報に基づく学校・教育の改善の枠組みを教育行政の制度運用に位置づける際にも、国・都道府県・市町村が互いに整合性と独自性を持った施策の展開を促す「融合型」のシステム設計が求められることになる。言い換えれば、各種の評価情報を用いた学校・教育の改善可能性を高めるには、情報システムの構築だけでなく、各組織の権限・意思決定体系の制度改革等も併せて検討をし、分権・集権のバランスを意識した融合型の教育行政を実現する制度設計について研究することが重要である。

そこで本研究では、(1)さまざまな評価情報についての共通スキーマに基づく情報共有環境としての「モニタリングシステム」の条件定義をし、各機能要素(収集・蓄積・分析・共有・活用)を、実効性を有するものとして設計し実現する。個人情報保護やデータセキュリティーを万全にした上で、教育行政の組織間で、目的に応じて効果的な情報共有を行うための制度設計を研究することによって、情報システムと制度改革が相互補完するモデルを構築・提案する。

 

2.学力調査におけるモニタリングシステムの実装

学力調査支援システムは「学校システム」と、「教育委員会システム」から構成される。さらに、ここでの教育委員会システムは、県レベルと市町村レベルに分けられる。

学力調査支援システムでは、学力調査採点支援機能を「@データ蓄積」の機能として実装し、集計表・個人成績表作成支援機能ならびにデータ分析支援機能を「A分析機能」として提供した。なお、学力調査支援システムの利用者はID管理され、情報へのアクセス制限を実現している。

 

 

2.

2.1. 学校システム

2.1.1. 学力調査採点支援機能

学力調査採点支援機能では、学力調査および学力調査に併せて実施された学習意欲・生活状況の質問紙結果入力のための採点表(CSV形式)を教科と学年ごとに提供した。

 

採点表のダウンロードと提出状況の確認画面

 

具体的には、学力調査の採点・集計の際、記述式は通常の採点を行うが、選択肢問題については、誤答分析による解答傾向の把握を行うことを目的として、教員が児童・生徒による解答をそのまま入力することで、システムが採点を行い、結果がデータベースへ登録される機能を設計した。

また、学習意欲・生活状況の質問紙結果を登録する機能を設計したことによって、各組織における主体的な分析の一つとしてクロス分析が可能になり、個人の学力調査の結果とアンケート結果の関係分析が可能になる。

クロス集計は課題や仮説をあらかじめ設定することで検証を行う手法であり、従来はその分析役割(仮説を持つ主体)は県であったが、こうした機能が広く利用可能になることで、教員や市町村教育委員会の担当者が、主体的に分析を行うことができる。

また、学校において採点を行い、CSV形式のファイルをアップロードすることで、その情報は教育委員会の担当者も閲覧可能になり、提出状況の確認を行うことができる。

 

2.1.2. 集計表・個人成績表作成支援機能

児童・生徒一人一人に対して、成績集計表を自動的に作成し学校の平均正答率と個人の正答率の比較情報を提示する形式で情報を返却する。

県内の全ての学校でのデータ入力作業が終了した段階で、県全体の情報(平均点、標準偏差等)が表示される。また、教員向けに各クラスの生徒個人の正誤情報がCSV形式のファイルとして保存される。

 

学習チェックシートの印刷画面

 

 

2.1.3. データ分析支援機能

データ分析支援機能では、集計されたデータを分析し、結果を視覚的に表示する。学年別・クラス別に学力テストの結果を表示する。

結果を表示する際には、自校の結果(クラス、学年)を広域の情報(県・教育事務所)と比較することができる。

学力調査支援システムでは、以下の5つの分析機能を提供した。

l  設問別正答率集計機能

l  観点・領域別の得点傾向を表示する機能

l  選択肢問題における解答傾向グラフ表示機能

l  クロス集計ツールマニュアル

l  箱ひげ図表示機能

    

 

  

 

 

 

(4)学校レポート作成機能

これまでの分析機能をもとにして、学校は独自の分析を行う。ここでは、その分析結果と学校の改善計画について学校での報告レポートの作成と提出を支援する機能を設計した。

具体的には、以下の6つの項目についてテキスト入力欄に記入する形式で提出し、担当指導主事らと課題を共有することを想定している。

l  今年度の教科指導において重点的に指導している内容や学校全体のねらいについて

l  今回の学習定着度調査結果の分析からわかったことについて

l  質問紙調査(または学習定着度とのクロス分析)からわかったことについて

l  学校全体としての今後の教科指導・生活指導等の改善点について

l  今後の学習定着度状況調査に対する希望・要望、改善点について

l  本支援システムを利用した感想、今後の改善点ついて

 

 

2.2. 教育委員会システム

教育委員会システムでは、まず、学力調査における各学年、教科の登録を行う。問題数と解答の選択肢、および正答情報をデータベースへ登録する。

 

2.2.1. 学力調査登録・管理機能

この機能では、学力テストを実施する際に、テストの設問数・設問の学習領域・評価観点を入力する。テストの学習領域・評価観点を入力することで、学力テスト分析時に、領域・観点別の分析を行うことが可能となる。本システムでは、CSV形式のファイルに科目、設問番号、観点ID、領域IDを記述し、システムにアップロードすることで、学力テストのデータが登録される。

なお、学校からのファイル提出状況は学年と対象調査科目ごとにチェックされ、学校での進捗状況を確認し、必要に応じて作業支援を行うための基本的な情報を提供する。

 

2.2.2. データ分析支援機能

教育委員会システムにおけるデータ分析支援機能は、正答率や標準偏差等の分析以外に、学校や地区の分析結果を比較することもできる。学校システムとの相違は、教育委員会システムでは複数の学校の分析結果を横断的にアクセスすることが可能であり、学校間の傾向分析を行うことが可能である。また、教育事務所、市町村教育委員会ごとの結果の提示を行い、比較情報をもとにした傾向の把握を支援する。

 

3   まとめ

モニタリングシステムの適用にあたっての共通点は、オープンソース技術によるフリーのオペレーティングシステム(OS)を基盤に、本研究によって開発した分析ツール・データベースを構築することで、インターネット網と学校の既存の情報機器を接続することにある。インターネット網に接続されたサーバーを準備すれば、学校と市町村が新規に特別の設備機器を準備する必要性は無く、既存の学校設備(パソコン、エクセルなどの表計算ソフトウェア)の中で利用可能であり、汎用性の高さが実証された。また、本研究で開発したモニタリングシステムの分析ツール・データベースソフトウェアは、フリーソフトとして提供を行うことを目標としており、インターネットやPCの標準技術を基準にしているため、国内の自治体においても適用可能であると想定される。

 

日本の教育行政は、それぞれの組織(県教委・市教委・学校)で施策を効果的に執行することが期待されていると同時に、組織間の連携・協調が求められるものである。その際、これまでは、主に権限や予算配分、指導・助言による組織連携などがされてきた。大量の評価情報が利用可能になった現在、権限や組織の連携に加えて、「情報(共有やアクセス権限など)についての組織間連携」という、これまでの教育行政では充分に考慮されてこなかった新しい要素が加わった。本研究チームのこれまでの実績から、教育行政に「情報」という要素を持ち込むことで、実際の学校教育が改善されうることが示唆されている。これまで、教育行政の研究や政策形成において、効果測定が客観性に欠けるという課題があった。大量の評価情報が適切に比較・分析されるなら、教育の質の向上に関わる教育政策の成果測定や投資効果についての検証に、一定の客観性と普遍性を導入することが可能になろう。

 本研究がもたらす可能性があるブレークスルーとは、これまで個別的で恣意的であるとされてきた学校教育の分野に、情報という側面からの本格的な研究開発を導入することで、一定程度の客観性や普遍性がある方法論を確立するということである。それによって、学校や教育行政組織、また、児童生徒や保護者を含めた広い層に共有されうる教育改善の道を拓くということになろう。

  学力調査についての情報公開や分析システムの研究や実装は、イギリスやアメリカで盛んに行われている(Finnigan 2007McMillan 2008など)。イギリスでは、定量・定性の学校評価情報の公開システムが実用化されている(https://www.epanda.rmplc.co.uk/)。しかし、日本で制度化されたような児童生徒や保護者による学校評価の実施は、諸外国では全国規模で行われるのは一般的ではない。そのような学校評価と学力調査や生活状況調査など多様な評価情報のクロス分析や実効性との因果関係についての研究は、データの利用可能性や量的条件からの保証性の面から、これまで充分に考慮されてきた研究分野とは言えない状況にある。さらに、学校、市教委、県教委を組織的に連携させた情報システム、および、データ分析やその結果を学校現場に適用するための包括的な支援システムは、諸外国でも、実践研究段階であり、本格的に導入されているとはいえない。

       

 

参考文献

   James H. McMillan (2008). Assessment Essentials for Standards-Based Education. Corwin Press.

   Kara, F. and Gross, M. (2007), Do Accountability Policy Sanctions Influence Teacher Motivation? Lessons From Chicago’s Low-Performing SchoolsAmerican Educational Research Journal,44(3):594-630.

   McDavid, J. and Hawthorn, L. (2005), Program Evaluation and Performance Measurement -An Introduction to Practice-, Sage Publications.

   文部科学省(2008)『義務教育段階における都道府県・指定都市の学力調査について』

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/sonota/07032814/001.htm

   文部科学省(2007)『全国的な学力調査について』

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/index.htm

   文部科学省(2005)『義務教育段階における都道府県・指定都市の学力調査について』

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku-chousa/06051601/001.pdf

   小川正人(1998)『地方分権改革と学校・教育委員会』東洋館出版社