2009年度 SFC研究所プロジェクト補助 

研究課題

Deliberative Poll利用による民主主義における「世代間」問題の解決

研究代表者氏名              曽根泰教           所属/職名        政策・メディア研究科教授

 

研究概要 現在の民主主義が直面する課題の1つが、年金問題や環境問題のように、世代を超えて影響が発生する難問の解決である。従来の民主主義は、現に選挙権を有する者の参加や平等を論じてきたが、有権者が高齢者に偏る問題はすでに知られている。また、このような将来世代や環境問題はそれらの利益を代弁する利益集団モデルの延長で処理されてきた。しかし、本研究は、Deliberative Poll(討論型世論調査)を用いることで、参加者が複雑に入り組んだ「世代間」問題を把握し、専門的知見や将来に関する情報獲得による討論過程で、解決策を導き出せるかどうかを理論と実践の両方から試みるものである。

 

1 2009年度における研究の成果

 

1)科研費申請2010年度科研費の申請

基盤研究(A)(一般)(H22H24

「討論型世論調査による民主主義における世代を超える問題の解決策の模索」

として申請

2)DPの実施のための予備的関与

本格的DP実施のための予備的研究:2009125日 神奈川県「道州制」

曽根が監修委員になり、当日の全体討論のモデレーターを行う

 

3)藤沢DPの実施

2010130日 藤沢市「藤沢のこれから、1日討論」

討論型世論調査の実施

 

2 deliberative poll討論型世論調査)とは

1.deliberative poll(討論型世論調査、以下DP)とは、市民に十分な情報を提供し、他者との討論(コミュニケーション)を経て意見を聴取する世論調査の新しい手法です。DPは、通常の世論調査と同様、母集団から無作為に調査対象を抽出し、その被調査者に対して世論調査を行います。

 しかし、通常の世論調査とのもっとも大きな違いは、その集団から直接の対話や討論を含むフォーラムへの参加を募り、十分な討論時間を確保する討論の場を提供するところにあります。そこでは、グループによる討論と専門家への質疑を行う全体討論とを行い、さまざまな情報と他者の意見に触れる機会をもちます。この討論過程は合意形成を求めるものではありません。DPではそのプロセスにおいて参加者が他者とのコミュニケーションを行うことにより、学び(learn)、考え(think)、話す(talk)機会をもつことが特徴です。慶應義塾大学DP研究会では、この調査が討論プロセスと世論調査という二つの性格を合わせ持っていることから、「討論型世論調査」という訳語を使用しています。

    

            【討論型世論調査の全体像】

 

 

2.DPの具体的な調査の流れは、まず無作為抽出による世論調査を実施し、そこから討論フォーラムへの参加を募ります。その参加者が母集団の縮図(microcosm)となることにより、そこで測られる世論が統計上の有意性をもつようにします。さらに討論フォーラムへの参加者に対しては、十分な情報量をもち、かつ公平な討論資料を提供します。さらにこれらの情報を参考にして、討論フォーラムに参加し、グループ討論と全体討論を数回繰り返すという、3段階のモデルです。

 

 

 

3.全体討論は、グループ討論で生まれた疑問点などを専門家や政策立案者に質疑応答するためのものです。この討論フォーラムの開始前と討論フォーラム終了後に同様の世論調査を行います。つまり、参加者の世論は、(1)情報が与えられてなく討論という相互接触がない状態のもの(通常の世論調査)、(2)討論資料からの情報を得たり、その問題に対して関心をもったりした状態のもの、(3)情報に加えて他者との討論(コミュニケーション)や専門家からの情報提供を受けた後の状態のものと3段階のものが存在することになります。

【グループ討論と全体討論の役割】

 

4.以上のことから、DPは、情報量の差や声の大小に影響されるのではなく、十分な情報に基づく討論(コミュニケーション)を経て、意見や態度がどのようになるかを見るための世論調査であり、問題を掘り下げて調べる深いレベルの世論調査と位置づけることができます。 

【DPにおける世論の三段階】       

3.討論型世論調査「藤沢のこれから、1日討論」の調査概要

 

①「藤沢のこれから、1日討論」に関するアンケート(事前アンケート)

角丸四角形: ・調査地域 藤沢市全域
・調査対象 満20歳以上の市民
・対象者数 3,000人
・抽出方法 2009年度10月現在、住民基本台帳に登録されている市民から無作為抽出
・調査方法 調査用紙を対象者に郵送、郵便・電話での返答による回収
・調査日程 ①調査用紙の発送 2009年12月4日
      ②調査用紙の回収 2009年12月5日~12月18日

 

 

 

 

 

 

 

 

 


②「藤沢のこれから、1日討論」当日アンケート(当日アンケート)

 

角丸四角形: ・調査対象 「藤沢のこれから、1日討論」の参加者
・対象者数 258人
・抽出方法 事前アンケートの送付対象者3,000人に対して、「藤沢のこれから、1日
      討論」参加希望調査票を送付
・調査方法 「藤沢のこれから、1日討論」の討論イベント開始前と終了後に、調査用
      紙を対象者に配布、直接回収
・調査日程 討論前 2010年1月30日 午前9時50分~午前10時5分ごろ
      討論後 2010年1月30日 午後17時30分~午前17時45分ごろ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


③ 調査の回収結果

角丸四角形: ①「藤沢のこれから、1日討論」に関するアンケート(事前アンケート)
・調査対象者数 3,000人
・回答数 1,217人(回答率40.6%)
・有効回答数 1,185人(有効回答率39.5%)

②「藤沢のこれから、1日討論」当日アンケート(当日アンケート)
・調査対象者数 258人(討論前・討論後)
・回答数 258人(討論前・討論後)(回答率100%)
・有効回答数 258人(討論前・討論後)(有効回答率100%)
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ④DP当日スケジュール

 

9:00  参加者、オブザーバ、メディア受付 @シータ館

9:30-9:4010分) 市長による挨拶 @シータ館

9:40-9:50 10分) 討論前アンケート @シータ館 

9:50-10:00 10分) 移動(シータ館から各グループ討論会場へ)

10:00-11:30 90分)グループ討論①(「藤沢のいま」)

11:30-11:4010分)移動(グループ討論会場からシータ館へ)

11:40-12:5070分) 全体討論

12:50-13:0010分) 移動(シータ館から各グループ討論会場へ)

13:00-13:4545分)  グループ討論会場で昼食

13:45-15:1590分) グループ討論②(「藤沢のこれから」)

15:15-15:2510分)  移動(グループ討論会場からシータ館へ)

15:25-16:5590分)  全体討論

16:55-17:25 30分)  討論後アンケート、謝金受け渡し

 

⑤調査の集計・分析

 このDPの結果は、十分な情報と討論を通じてさまざまな意見を聞く機会が、DPフォーラム参加者の意見に変化をもたらすことが、改めて確認された。問題は、どちらの方向に変化するかであるが、分権、将来か現在か、手厚い行政サービスかそこそこの行政サービスか、ハードインフラかソフトインフラかなど現代の政策選択の難問を扱ったが、市民の反応は、きわめて健全なものであり、今後大いに参考に出来る回答であった。

 

<一律か分権化>

●一律の基準で決めるべき:47.6% 30.6%17ポイント↓)

●地域ごとの基準で決めるべき:24.5% 45.7%11.2ポイント↑)

 

<将来か現在か>

●将来の世代を重視すべき:36.4% 47.4%11ポイント↑)

●現役世代を重視すべき:30.1% 24.1%6ポイント↓)

 

<手厚い行政サービスかそこそこか>

●「手厚いサービスを行うべき」:29.4% 24.5%4.9ポイント↓)

●「ほどほどのサービスでよい」:37.9% 46.5%8.6ポイント↑)

 

<ハードインフラかソフトインフラか>

●ハードインフラに投資すべき:9.1% 13.2%4.1ポイント↑)

●ソフトインフラに投資すべき:66.6% 67.1%0.5ポイント↑)

 

また、今後藤沢市が今後目指すべき都市像については、

 

●ネットワーク都市:24.9% 41.9%17ポイント↑)

●スローライフ都市:39.6% 27.9%11.7ポイント↓)

 

となり、ネットワーク重視(都市をネットワークで結ぶという意味ではなく、市の中を緊密な提携をはかる)が増加したことは特筆すべきである。

 

この調査結果から、「世代間」問題の解決には、DP利用の可能性が大いにあることが仮説として有効であることが分かった。