2009年度 SFC研究所プロジェクト補助

「民主化における紛争と国民的統一に関する基礎研究」

 

<メンバー>

香川敏幸 総合政策学部教授

稲垣文昭 政策・メディア研究科特別研究講師

市川顕     SFC研究所上席所員(訪問)

中村健史 SFC研究所上席所員(訪問)

 

<研究概要>

 本年度は補助額、来年度以降の外部研究資金補助への申請等を踏まえ、民主化と紛争に関する概念整理と、ボスニア・ヘルツェゴビナ(以下、ボスニア)の事例分析を中心に行った。

 ボスニアでは1991年の複数政党制に基づく自由選挙を実施した。複数政党制の導入や自由選挙の実施は民主化の大きな一歩とされている。しかし、選挙は結果的に主要3民族が各民族政党に投票するという、「選挙の世論調査化」を招き、民族分断・対立の先鋭化を助長してしまった。1992年から内戦が勃発し、1995年にデイトン合意によって停戦が実現した直後から、ボスニアは国際社会の強大なプレゼンスの元、平和構築活動の中で再び民主化に取り組むこととなった。平和構築としての民主化は、1990年代から本格化したもので、その中心は選挙の実施と政府の形成にあった。これは、民主主義を制度として捉える考え方に依拠したもので、内戦を戦っていた勢力は政党となり、民主主義的な枠の中で対立と協調のゲームを繰り広げていく中で、政治家が民主主義を学習していくという暗黙の前提に基づいたものである。

 このような民主化概念に基づいてボスニアでも停戦直後に選挙が実施されたが、その結果はやはり「選挙の国勢調査化」であり、内戦時のような武力衝突はなくなったものの、民族対立は政治対立として残ることとなった。政治の場における民族対立は、ボスニアに導入された政治制度によっても固定化された。ボスニアではデイトン合意の付属文書として定められた憲法により、多極共存型民主主義が導入され、主要3民族に拒否権が与えられている。結果として、各民族は他の民族と協力するよりも拒否権の行使による対立を選択し、民族主義的な主張を行った政治家が選挙に当選する状況となっている。こうした政治の停滞は、多極共存型民主主義制度に問題があったというよりは、民主主義制度を導入する上で、各アクターが民主主義的な手段によって問題を解決しようとする意思に欠けているためだと言える。

 以上のように、ボスニアの選挙及び政治制度から、民主化は制度のみを導入しても紛争の抑止や平和構築につながるとは限らないことが指摘できる。つまり、平和構築における民主化とは、制度の導入のみでは不十分であり、政治家を中心とした各アクターに民主主義的諸規範を浸透させ、その言動を民主主義の枠内に収めるような何らかの仕掛けが必要だと言える。

 来年度以降の研究では、本研究によって明らかになった平和構築における民主化に関する指摘が、他の事例でも適用できるのかを明らかにしつつ、アクターの活動をも規定する民主化のあり方に関するモデル構築を行いたい。