2010年度 SFC研究所プロジェクト補助報告書

研究課題名 細胞膜興奮機能の進化過程の数理的探索

環境情報学部 内藤 泰宏

概要

多細胞生物は細胞膜の持つ電位の伝播によって電子回路として機能する側面を持っており、細胞が協調して動作するための最も基本的な機能のひとつ といえる。現在の生物が持つ複雑、多彩な膜興奮機能は、革新的な部品(分子)の発明を伴うことなく、より原始的な段階で獲得していた部品の組み合わせに よっ て進化してきたと考えられる。本研究では、分子レベルの解明と細胞レベルでの統合的理解が進んでいる心筋細胞の膜興奮システムの数理モデルを用いて、脊椎 動物をはじめとする高等動物が、新規分子を獲得することなく、いかにして多様な活動電位を進化させることができたのかを探った。

数理モデル

野間らによって構築されたKyoto model (Himeno et al. 2008)を基盤とした。Kyoto modelはモルモットの心筋細胞を対象とした数理モデルで、17種のイオンチャネル、5種のイオン輸送体、Ca2+ ハンドリング、エネルギー代謝、筋収縮を含んでいる。
パラメータ空間を縮減するため、探索対象を以下6種の主たるイオン電流の相対活性(≒発現量)に限定した:ペースメーカ電流の発生に関与する過分極作動性 カチオン電流(Ih)と内向き整流性K+電 流(IK1)、再分極相で活性化する遅延整 流性K+電流の急速活性型成分(IKr)と 緩徐活性型成分(IKs)、脱分極相で活性 化するNa+電流(INa) とL型Ca2+ 電流(ICaL)。

結果

今回は、6つのパラメータという限られたパラメータ空間を、各パラメータについて8段階という粗い探索を行うに止まった。この程度の粗い探索でも、 多様な膜興奮パターンが現れた。
心室筋細胞では、自発的膜興奮が抑制されているが、今回の探索から、カリウム電流(IK1IKrIKs)の活性の摂動に対しては、その他のカチオン電 流(IhINaICaL)活性の摂動に対するより頑健であることが示 唆された。また、INaICaLの活性増加によって自然界のペースメーカ細胞 とは異なる機構で自発的膜興奮が出現した。
今回は、膜電位の時系列のみでパラメータセットによって与えられる表現型を評価したが、今後、エネルギー効率や筋収縮といった要素も評価関数に取り入れて いく予定である。

発表業績