2011年度SFC研究所プロジェクト補助報告書
慢性心不全患者のQOLを規定する要因
久保美紀(看護医療学部助教)
三浦稚郁子,中島ゆかり(榊原記念病院)
星旦二(首都大学東京)
研究背景および目的
今日の生活様式や加齢に伴ってがんや心臓病の罹患者を増やし1,病気をもちながら生活する人たちが増加してきている2-3.慢性病のなかでも,心不全は不可逆性の心筋障害をきたすことから,診断を受けた患者は一生涯において自らの心臓機能に適した日常生活を送ることになる.心不全を統計学的にみると,5年生存率は50%で低い生存率はがんに匹敵し,退院後6ヶ月以内の再入院率は27%と高値を示している4-5.さらに,再入院理由の殆どは自己管理に関連することが明らかになっている6.このような現状を鑑み,これまで患者の自己管理能力を高め,再入院を減少させることを目的とした健康教育が実施され,その効果として再入院率の減少や国民医療費に占める割合が減少したことが報告されてきた7-15_ENREF_10_ENREF_12_ENREF_12.しかしながら,長寿社会を迎え複数の慢性病をもちながら年齢を重ねる患者が増加したり,療養を支援する近親者が減少するなど患者を取り巻く療養環境は変化しているのが現状である.心不全患者の日常生活では,患者が病気の自己管理を行うには,個人の力のみならず,それを支える周囲の支援や環境,そして病気をもちながらも可能な限り社会活動に参加することへの意欲をもつことが重要である.だが,このような観点で心不全患者の社会・経済環境と自己管理との関係,心臓病をもちながら生涯にわたり生活を営むための精神管理やセルフケア,こころ豊かに生活するための趣味・生きがい等の健康志向行動と疾患管理との関係性を構造的に明らかにした先行研究は報告されていない.そこで,本研究では心不全患者の療養の実態を「病気に関する自己管理」,「社会・経済的指標」と「主観的指標」の側面で調査することと,一年間後の追跡調査を行い経年変化から患者の療養実態を明らかにすることを目的とした.
研究意義
これまで心不全患者は再入院率が高いことや心不全の治療コストが高額であることなどから,研究アウトカムを再入院回数や医療コストに設定し,単相間の結果から考察したものが多く報告されてきた.しかし,長寿社会を迎え疾病構造や患者を取り巻く社会経済状況は変化しており,疾患管理にのみに焦点をあてて論じるだけでは患者の実態はみえてこない.本研究では,心臓病をもちながらこころ豊かに生活するために必要な要因について「病気に関する自己管理」,「社会・経済的指標」と「主観的指標」の側面で構造的に分析することに新規性がある.さらには,これまで単相間から論じられた患者の実態について追跡調査を行い経年変化から患者の「病気に関する自己管理」と,「社会・経済的指標」や「主観的指標」,および属性(性,年齢,再入院数,心臓機能など)との因果構造を明らかにし,今後患者支援をおこなう上での基礎資料にしたい.
研究方法
研究対象者は,都内循環器専門病院に通院・入院中の心不全の診断から3年以上が経過している患者とした.調査データの分析には,統計パッケージSPSS 19.0JとAmos19.0 for
Windowsを使用して,各調査項目の分布,変数間の関係性の検討(相関関係,平均値の差の検定(有意水準5%未満),分散分析を使用した分類別比較),共分散構造分析に用いる潜在変数を探るために,設問項目に対して探索的因子分析(最尤法,プロマックス斜交回転)を実施した.そして因子負荷量が0.35より低いもの,2つの因子にほぼ同じ負荷量がかかっていた因子を除き,残された因子を再度因子分析した.また,抽出した因子に対して項目的妥当性と信頼性を検証するためにCronbachのα係数を算出した.そして,最後に観測変数と概念構造の相互関連性を探るための共分散構造分析を実施し,性別による同時分析により,一対比較を行った.
研究を進めるにあたっては,研究フィールドの研究倫理審査委員会の承認を得たうえで,対象者の安全および個人情報の管理に細心の注意を払い研究を実施した.
研究結果および考察
分析対象者は,男性76名,女性44名,合計122名.年齢は,32-92(±12.3)歳であった.対象者のNYHA心機能分類(自覚症状から心臓機能をみるもので,T〜Wで分類される.数値が増すごとに重傷度が増す)は,T度が84名で最も多かった.対象者の属性を表1に示す.
調査した観測変数に対し因子分析を行い,4つの潜在変数が抽出された.社会経済要因の指標として設定した,「学歴」と「経済状況」(「」は観測変数を示す)は,因子分析の項目から削除されたことから,本概念モデルの変数としては適していなかったと判断した.
『主観的健康感』(『』は潜在変数)を内生的潜在変数とする因果モデルを探った.その結果,家族機能を基盤とし,自己管理の下位項目である『心の管理』を経て『食事生活習慣』と『治療・検査行動』を経由して『主観的健康感』を規定する因果構造が示された.CFI=0.668 RMSEA=0.075である程度の高い適合度が得られた.
患者の実態を男女別に構造的にみると,女性は男性に比べ自己管理(『食事生活習慣』『治療・検査行動』)が『主観的健康感』へと強く影響を及ぼすことが明らかになった.一方,男性は女性に比べ『主観的健康感』を構成する要素の中で趣味が大きく占めていることが明らかになった.さらに,男女とも「適度な運動を計画的に継続する」ことが『主観的健康感』に強く影響を及ぼしていることが示された(図1).前述したが,心不全患者は不可逆性に心臓機能が低下することから,患者は自らの心臓機能に適した日常生活を送ることになる.「適度な運動を計画的に継続する」という当たり前だと思われる行動が心不全患者にとっては,容易ではなく「適度な運動を計画的に継続」できるように,日々の体調を管理することや,日々適度に身体を動かすことができることが心臓病をもちながら生活する人にとっては喜びや生き甲斐につながっているであろうことが示唆された.以上から,医療専門家は性別に合わせた自己管理への支援が必要とされることが明らかになった.今後は,継続中の調査を進め心機能分類別,年齢階層別に分析し,外的妥当性を高めることと,経年変化から現状を明らかにすることが研究課題である.
表1 対象者属性
図1 心不全患者の主観的健康観を規定する療養因果構造モデル
(上図:男性,下図:女性)
参考文献
1. 総務省統計局. 主要死因別死亡者数. 東京, 2009.
2. ラセーンアモラパD. クロニックイルネス 人と病の新たなかかわり. 東京: 医学書院, 2007.
3. 厚生労働省. 平成20年患者調査. 東京, 2008.