2012年度 SFC研究所プロジェクト補助 報告書

 

訪問看護事業所における夜間労働労働安全衛生体制の実態

 

研究代表  

小池 智子(慶應義塾大学看護医療学部准教授)

共同研究者 

川村佐和子聖隷クリストファー大学大学院)・酒井一博公益財団法人 労働科学研究所)・

上野桂子 (全国訪問看護事業協会)・村田加奈子昭和大学保健医療学部

 

 

T.研究背景および目的

近年、医療連携や地域包括ケアの推進に伴い、医療提供の場は病院施設から地域・在宅への移行が図られている。在宅医療の需要が増える中、2030年には訪問看護対象数は推計で67万人まで増え、現在の2倍以上となる。しかし、訪問看護に対する社会ニーズが増大する一方で、訪問看護従事者数は伸び悩み、人材の確保が困難な状況が続いている。

訪問看護従事者数の不足の背景には、訪問事業所の経営基盤の脆弱さや、訪問看護師の業務負担が大きいことが指摘されている。1)2)3)我が国の訪問看護事業所は、訪問看護師数(常勤換算)5人未満の小規模事業所が55%を占め、10人以上の事業所は7%にすぎない。4このような中、8割の訪問看護ステーションが24時間訪問を行っているが、規模の小さいステーションほど、職員1人が24時間オンコール対応を行う回数が多く、特に3人未満の零細なステーションでは夜間携帯を持参しての自宅待機が月平均15.6日におよび、訪問看護師にかかる負担が非常に大きい。5医療機器や器具を装着した利用者数の増加にともない、夜間の医療機器のトラブルや尿管チューブの閉塞などへの対応も増えており、負担感はさらに大きくなっている。このような負担感が大きい労働形態が、在宅看護領域における従事者の不足の要因のひとつであることが指摘されている。

現在、訪問看護事業所の8割が24時間訪問看護を行っているが、夜間労働に関わる様々なリスクが予測されている。病院における看護師等の夜間勤務に関連した諸研究では、不眠による疲労と作業効率とには強い関連性があること6)、長時間日勤と夜勤によって労働安全上の事故リスクが相対的に高くなること7)8)、長期的な夜間労働が健康に与える影響等が指摘され9)10)、夜間勤務を含む労働安全衛生についての体制の整備が図られてきたところである。

訪問看護の現場では、定時の夜間訪問のほか、24時間オンコール対応を行う回数が多く、夜間の待機が月半分を超える訪問看護事業所があるなど、病院・施設と比べてさらに厳しい勤務形態になっている。24時間対応の訪問看護が拡大し、訪問看護の質と安全の担保が叫ばれる現在においても、訪問看護事業所の夜勤労働の実態や、夜間労働に関連した疲労やストレスの実態についてはほとんど知られていない。日本の労働基準法で定める週当たりの労働時間は40 時間で、36 協定を締結した場合でも、4 週間の時間外労働限度時間は45時間である。しかし、この基準の遵守状況も含め、訪問看護現場における労働時間の実態についての資料がないのが現状である。訪問看護師の健康確保が在宅の患者安全と直結することはいうまでもない。それぞれの訪問看護事業所において、24時間訪問の増加に対応した労務管理と、労働安全衛生の体制をつくることが不可欠である。

そこで、本研究では、1.訪問看護事業所の夜間労働と労働安全衛生体制に関わる法制度を整理ならびに、2.全国調査として実施する「訪問看護事業所の労働安全衛生に関する調査票」を設計のため、看護管理者を対象に訪問看護事業所の労働安全衛生の取り組みに関するヒアリングをおこなった。さらに、3.訪問看護師の夜間・時間外勤務の疲労・ストレス・健康への影響に関する調査のための予備調査を行い、調査方法・測定具の妥当性を検討した。

 

U.訪問看護従事者の労働安全衛生に関する文献調査

1.目的

文献調査等により訪問看護師の労働安全衛生に関する知見を整理し、労働時間管理等の正化を図る上での課題を整理する。

2.方法

(1)我が国での訪問看護従事者に関する労働安全衛生に関わる諸課題について文献調査を行った。

(2)労働安全衛生の専門家に、訪問看護における夜間勤務およびオンコール体制(携帯電話を持ち自宅待機)に関する労働基準法上の課題についてヒアリングを行った。

3.結果・考察

 訪問看護事業所の開設準備において介護保険法の指定申請の手続き等の解説が記された文献は確認されたが、就業規則を定めている訪問看護事業の割合など労働安全衛生に関わる整備に関する情報は存在しなかった。また、訪問看護師の労働安全衛生に関する実態に関する有益な報告も確認できなかった。文献と労働安全衛生の専門家へのヒアリングから以下のような課題を整理した。

1)訪問看護事業所の就業規則について

就業規則の作成は、「規常時10人以上を雇用する事業所では就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なければならない」(作成義務)とされているが、訪問看護事業所においては、訪問看護師を10人以上(常勤換算)雇用している事業所は全国でも1割に満たない。10人未満の事業においても開設準備にあたっては、就業規則を定めるよう推奨しているが、実態は不明である。

2)訪問看護師の労働時間の実態について

訪問看護師の労働時間の実態については、事業所により大きく異なる。法定労働時間を超える労働をさせる場合には、「時間外労働・休日労働に関する協定届」(通称「三六協定」)を労働基準監督署に届ける必要があるが、この届け出が行われているかどうかについても不明である。

3)夜間・休日のオンコール体制(携帯電話当番)について

24時間体制で訪問を行っている訪問看護事業所の、夜間・休日の手当・処遇、

4)訪問看護事業所の労働安全衛生に関する取り組み

 労働安全衛生に関する取り組みの実態が不明であり、また優良な取り組みモデルの提示も僅かである。訪問看護事業所が訪問看護師の健康を確保し、仕事と生活の調和を図る取り組みを行うための指針も存在しない。訪問看護の質と安全の担保のみならず、人材の確保・定着の可能性を高めるためにもこのような指針が求められる。

 

V.「訪問看護事業所の労働安全衛生に関する調査票」を設計のための訪問看護事業所の労働安全衛生の取り組みに関するヒアリング調査

1.目的

  全国の訪問看護事業所の労働安全衛生の取り組み状況の調査を計画している。この調査に先立ち、「訪問看護事業所の労働安全衛生に関する調査票」の内容を検討するために、訪問看護事業所の管理者を対象にヒアリング調査を行い、労働安全衛生の取り組み内容と課題を整理する。

2.方法

1)対象

24時間365日体制で訪問看護を行っている訪問看護事業所の管理者4名および管理・経営者としての経験がある者2名の計6

2)方法

  インタビューガイドを用い、半構造的インタビューをおこなった。2名は個別にインタビューを行い、4名は各人の同意のもとグループインタビューを行った。

3)分析:逐語録をもとに項目毎に内容を整理した。

 

3.結果

1)対象者の背景

  訪問看護ステーション管理者の設立主体は、社団法人3、有限会社1、医療法人1、その他2で、訪問看護師数(常勤換算)5名〜10名であった。

2)労働安全衛生の取り組みの課題

 ヒアリングの内容を分類し、以下の11の課題を整理した。

(1)労働法規に関連した事項(労働時間の把握方法、 労働時間・休憩・休日の取り扱い、36協定:残業に関するとりきめ、割増賃金:時間外手当、宿直・日直の取り扱い等含む)

(2)健康支援策:生活習慣を見直す機会の提供、ストレス関連情報提供、健康診断、家族の支援、相談窓口

(3)勤務時間と休憩:休日・年休:恒常的残業の制限と休日確保、ピーク作業の調整、

(4)勤務環境の改善: 休憩設備

(5)業務手順に関連したストレス軽減策:業務配分、環境改善、業務負荷軽減策、書類・文書化の改善、運搬・作業姿勢などの改善 

(6)暴言・暴力対策、ハラスメント対応

(7)気持ちのよい仕事の進め方:職場内の相談しやすさ、メンタルヘルス支援体制、

(8)感染・医療安全対策、

(9)教育・研修体制、  

10)安全配慮義務の認知

11)その他

 

4.考察

訪問看護など在宅医療における看護サービスが充実するためには、24時間365日サービスを提供する業態が必要である。しかし、夜間労働におけるルール化など労働安全衛生の対策が十分でないことが、離職の要因となっており、さらには従事者確保の障害になっていることが指摘されている。訪問看護師が自身の健康を損ない離職せざるを得ないとすれば、在宅医療がますます必要とされている現代において、大きな社会的損失である。

訪問看護師がその専門性を十分発揮できるように勤務設計をし、労働時間管理を行うことは、訪問看護事業所の健全な事業体運営にとっても極めて重要である。労働時間等を適正に設計し、労働安全衛生の体制を整えることによって、在宅サービスの人的資源としての訪問看護師の健康を支え、医療事故のリスクを少なくすることは、増大する在宅医療サービス需要に応える上で必要不可欠である。

訪問看護事業所では、定時に夜間・早朝訪問を行う夜間労働と、在宅療養患者の容体が夜間に急変したり、気管に痰がつまる、疼痛が増強するなどの症状の変化がみられたり、排尿チューブが抜けるなどのトラブルが生じた場合に、患者または家族が訪問看護師を呼び出すオンコール体制がとられている。オンコール体制では、訪問看護師は携帯電話を持ち自宅で待機している。小規模・零細の訪問看護事業所では、このオンコール当番が半月を超える場合もあり、訪問看護師の大きな負担となっている。訪問看護事業所におけるオンコール体制についての労働基準法上の解釈は、現在明確に示されていない。また、使用者の労働者に対する「安全配慮義務」についても、訪問看護事業所の管理者・経営者の認識が低い現状もある。

訪問看護事業所の管理者・経営者が知っておかなければならない法的な課題を整理し、広く周知することで適正な労働安全衛生の取り組みにつながることが期待される。

 

W.訪問看護師の夜間・時間外勤務の疲労・ストレス・健康への影響に関する予備調査

1.目的

  今後、訪問看護師の夜間・時間外勤務に関連した疲労・ストレス・健康への影響を把握するためには、訪問看護師の活動時間等の実態を調べ、疲労やストレスや他の自覚症状との関連について評価する必要がある。そこで、本調査を前に、使用する調査票ならびに測定機器による活動量の調査方法が妥当であるかどうかを検討した。

2.方法

1)対象:訪問看護師2

2)調査方法

1週間にわたり毎日「1週間の生活時間調査(生活時間調査票、夜間勤務・時間外勤務状況)、「健康状態(自覚症状)しらべ」、「蓄積疲労(労働者の疲労蓄積度自己判断チェックリスト)」に回答してもらい、回答時間ならびに負担感について評価してもらった。さらに、腕時計タイプの体動センサー「アクティウォッチ」を、非利き腕に装着してもらい体動レベルとその頻度を記録した。センサー装着による負担感等についても評価してもらった。

3.結果

 3種類の調査票への回答時間は1回約5分〜7分で、2名とも1週間にわたり回答をすることについては許容範囲であると回答した。また、センサー装着についても、腕に装着できる小型の装置であるため、違和感が少ないこと、訪問看護活動を行う上での障害にならないことが確認された。

 以上から、これらの調査手法は、対象者である訪問看護師の活動を妨げることなく、また負担も少ないとことから、全国大規模調査の実施においても妥当であると判断した。

 

X.今後の予定ならびに課題

 今後は、本研究で整理された知見を基盤に、「訪問看護事業所の労働安全衛生に関する調査票」を設計し、全国の訪問看護事業所を対象に調査を実施する。さらに、訪問看護師の夜間・時間外勤務に関連した疲労・ストレスや健康への影響を把握するとともに、訪問看護事業所の規模別、夜間勤務回数による疲労度等の自覚症状の相違を分析するために、調査票による主観的評価と体動センターを用い体動レベルと頻度の客観的評価を行う予定である。

これらの結果を踏まえ、訪問看護事業所の訪問看護師がその専門性を十分発揮できる勤務設計、労働時間管理を行うための「訪問看護事業所における労働安全衛生ガイドライン(仮称)」を作成することをめざしている。

 

 

【引用・参考文献】

1 ) 日本訪問看護振興財団:訪問看護・家庭訪問基礎調査報告書、2005

2 ) 全国訪問看護事業協会:訪問看護事業の報酬体系・提供体制のあり方に関する調査研究事業」、2008

3 ) 全国訪問看護事業協会:新たな訪問看護ステーションの事業展開の検討(平成18年度老人保健健康増進等事業)、2006.

4 )  全国訪問看護事業協会:新たな訪問看護ステーションに係わる介護保険サービスにおける看護提供体制のあり方に関する研究、(平成18年度老人保健健康増進等事業)、2006.

5 ) 日本看護協会:訪問看護ステーションと在宅療養支援診療所との連携に関する研究、2006.

6 )  Dawson D, Reid K. : Fatigue, alcohol and performance impairment. Nature. 388(17):235.1997

7 )  Folkard S, Lombardi DA.:  Modeling the impact of the components of long work hours on injuries and "accidents". Am J Ind Med.49(11):953-63.2006

8 )  Folkard S, Tucker P.:  Shift work, safety and productivity. Occup Med (Lond).53(2):95-101. 2003

9 ) International Agency for Research on Cancer: Agents Classified by the IARC Monographs, Volumes 1–104. 27 March 2012)

10Hansen J, Stevens RG.: Case-control study of shift-work and breast cancer risk in Danish nurses: Impact of shift systems. Eur J Cancer. Aug 16. 2011