地域の特色に根ざした移動型ファブラボの実践的検証 (FOHS12)
2012年度 SFC研究所プロジェクト補助
田中浩也 /慶應義塾大学環境情報学部准教授
梅澤陽明/ SFC研究所訪問研究員

Hiroya Tanaka/ Associate Professer, Keio University SFC
Hiroaki Umezawa/ Visiting Researcher, Keio University SFC


 

0. はじめに (田中・梅澤)

PCと接続可能な工作機械(デジタル・ファブリケーション)機器を備えた市民包摂型「ものづくり交流・試作」施設である「ファブラボ」が世界に広がっている。2012年現在、世界には50ヶ国以上150箇所に「ファブラボ」が存在すると言われている。日本国内にも鎌倉、つくば、渋谷、北加賀屋と4つのファブラボが誕生している。

ファブラボは、単に3次元プリンタやレーザーカッターを使うだけではなく、それを社会や地域の問題解決といった目的と対応付けることに重きをおいた活動でもある。しかしながら、先進国でのファブラボはどうしても都市部に偏る傾向があり、実際に目に見える問題を抱えた地方や周縁地域とうまく融和できない問題が発生する。

そこで本プロジェクトでは「移動型ファブラボ」を提案する。このモデルは世界では実は「モバイルファブラボ」と呼ばれ、米国と南アフリカでは既に実施されている。地域を巡りながら、車で巡回することにより、一定期間滞在しながら問題解決型のプロジェクトを続けていくのである。

本年度は、こうした「車両型」ファブラボを実現するための準備が整わなかったため、「スーツケース型」ファブラボを開発し、その初期的な応用可能性を確かめた。以下、その研究内容について述べる。

1. 「スーツケース型ファブラボ」のコンセプト・設計思想 (梅澤)

スーツケース型ファブラボを計画するにあたり、以下の項目を心がけた

・飛行機の手荷物に持って入れる大きさ、重量であること
・手荷物で収まらない場合、総重量20kgを目標とすること
・渡航時など複数のスースケースを運ぶことを想定し、4輪で可動すること
・非電化の土地でも作業できるよう、自家発電機能を有すること
・内容物のバリエーションを渡航先の状況に応じて可変対応できること
・スーツケースの素材が衝撃耐久性に優れていること
・海外への渡航も想定し、日本の文化を搭載すること(例、折り紙)


2a. 「スーツケース型ファブラボ」の内容物(梅澤)


以下のリストを参照のこと








2b. 「スーツケース型ファブラボ」でつくれるもの(梅澤)

スーツケース型ファブラボに収納されている機材では以下のようなものをつくることができる

CraftROBOの利用
ケント紙、はがき、画用紙、スクラップブッキング用紙、インクジェットフォト紙などの切断加工
・ポストカード
・デカルシール
・ネームカード

iModela
回転する刃物による、アクリル板、木材などの樹脂材料の切削加工
・樹脂ケース
・樹脂アクセサリ
・小型樹脂パーツ・雄型/雌型

Arduino
ハードウェアとソフトウェアとによる,電子機器のプロトタイピング用のオープンソースプラットフォーム
・LED点滅システム
・センシングシステム
・アクチュエータ制御システム


3a. 「スーツケース型ファブラボ」の実験(I) ニュージーランド(田中)

第8回世界ファブラボ会議(FAB8)の会場で、スーツケースファブラボの発表と展示を行った。発表は好評であり、スリナムの小学校でプロジェクトを実施している男性からは「いますぐにでも欲しい」、米国で水素電池を開発しているグループからは「エネルギーの自給自足の観点で協働できるのではないか」という声がかかった。ただし、今回のスーツケースの内容物は、日本で購入できるものが多く、海外でどこまで取りそろえられるのかはまだ分からない。また、屋外での実験実証もまだ不足していた。

ニュージーランドでの実験の副産物として、ファブラボ標準機械Shopbotで、スーツケース型ファブラボの「スーツケース部分」を製作した。最終的には、固定型ファブラボにある機材で、スーツケース型ファブラボそのもの(内容物からスーツケースまでのすべて)をつくることができる状態にすることが目標とされる。このShopbotによる木製スーツケースは、そうした「自己複製」を目指した移動型ファブラボの第一歩であるといえる。

また、移動中に、ものが増え、製作物を運ばなければいけなくなった際に、必要に応じて(オンデマンドで)スーツケースをつくり、増やすことができるというアイディアには実用的な魅力もあろう。

 

3b. 「スーツケース型ファブラボ」の実験(II) 東ティモール(梅澤)

2012年9月、梅澤の関わるSee-D contest(問題解決型のデザインコンテスト)のプログラムの一環で、東ティモールへ渡航した。その際にスーツケース型ファブラボを持参し、滞在地のパートナーへのファブラボ紹介と、ツールを使ったサービスプロトタイピングおよび社会実験を行った。

ファブラボの紹介は、東ティモール国立大学工学部教授と、滞在先の村の方々へ向けて行った。つい数ヶ月前までほぼ非電化であった東ティモールにおいて、デジタルファブリケーション機器は大変大きなインパクトを与えたようだ。

発展途上国のひとつに数えられる東ティモールは、国内の様々な場面でいくつもの生活課題を抱えている。紹介した人々からは、「ファブラボが生活の中に入ることにより、課題を解決するためのプロダクトを、課題を抱える人自身が中心となってつくることができ、自身の課題解決および同じ課題を抱える周囲への解決提案が実現すると期待できる。」という意見や、「つくり方の共有が実現することで、より多くの課題解決ができるのではないか。」といった意見をいただいた。「ぜひ東ティモールにファブラボをつくりたい」という熱を帯びた意見もあり現地の人々が率先して理想のファブラボを思案していた。この渡航において、ファブラボショーケースとしても機能したと言える。


3b-1. 「ゴミ箱のプロトタイピング及び社会実験」

東ティモールでは、ゴミ収集システムが確立されていない。そのため、村のあちらこちらにゴミが散乱している状況である。その結果、景観の悪化や水路の遮断だけでなく、不衛生な状態による水質汚染、土壌汚染などの健康に関わる課題が発生している。そこで、ゴミ箱の設置がひとつの解決策として挙がった。ゴミを捨てるという習慣を持たない人々の中に設置することにより、どのような変化が起こるのかを観察するために、ゴミ箱プロトタイピングを実施した。(写真1)


(写真1)ゴミ箱プロトタイピング


素材は現地で捨てられていた段ボール箱を利用した。その側面に、現地の言葉で「ゴミはこの箱の中に捨てましょう」というメッセージを記載したのだが、メッセージボードの作成にクラフトRoboを使用した。この機材を使うことにより、パソコン上で作成した文字を、シールとして切り出すことができる。切り出した文字シールを段ボール側面に貼り付けるとプロトタイプの完成である。機材がない状況であれば、マジックなどを使った手書きのメッセージが書かれたと想像する。この機材があることにより、統一したフォント、サイズでの製作が実現し、プロトタイプとしての美的価値を高めることができた。その結果、メッセージを強調することができ、多くの村人にゴミ箱の存在を知ってもらう事ができたと考えている。


3b-2. 「商品ラベルのプロトタイプ」

東ティモールの新規産業のタネを模索する中で、古くからいくつかの家庭で作られている「ヤシ酒」に注目をした。家庭で楽しむことを目的としてつくられている自宅用の自家製酒で、村中で採ることのできるココヤシの果汁を発酵させて作らている。このヤシ酒を商品として、市場(特に観光客向け)に流せないだろうか。という声から、商品化を検討するためのビジネスモデルプロトタイピングを実施した。その過程で、ボトルのプロトタイプが必要となり、スーツケース型ファブラボの機能を利用した。瓶は東ティモールで製造していないため、空き瓶を利用する。空き瓶には既存のラベルが貼ってあるため、それを剥がし、商品のラベルを貼り付けする。(写真2)(写真3)

(写真2)ラベルを剥がしたままの空き瓶


(写真2)ラベルのプロトタイピング


プロトタイプの為のディスカッションをする中で、ラベルをつくる技法が無い村において、ラベルをつくるというアイディアは出ず、「空き瓶にそのまま入れればいいのではないか」「綺麗に剥がすだけでいいのではないか」という意見が散見された。我々は、このビジネスモデルでは観光客をターゲットとしているため、一定の商品パッケージの必要性を訴え、実際にラベルをプロトタイプした。

ラベルのプロトタイプを見せたところ、多くの村人が必要性を体感することができ、またラベルによる付加価値の向上などの意見も聞くことができた。机上論ではたどり着くことのできなかった意見であり、実施につくることにより引き出すことができたと考えている。また、言語の壁がある中で、モノの存在がお互いのコミュニケーションに大変有効にはたらいたと感じている。



4. 今後の予定(田中・梅澤)

研究期間は過ぎてしまったが、2013年の3月12日から22日までの10日間、イスラエルのテルアビブで3度めの実証実験を行う予定である。また、現在、「車両型」ファブラボの準備を、外部とのコラボレーションで進めている。「固定施設型ファブラボ」「車両型ファブラボ」「スーツケース型ファブラボ」の3つが揃えば、それはまるで「病院」「救急車」「救急箱」のように、目的や程度に合わせて柔軟かつ機動的に利用できる工作環境が実現する。