2014年度 SFC研究所プロジェクト補助 研究概要報告書

課題名:心筋細胞数理モデル連成環境の開発

所属:環境情報学部

氏名:内藤 泰宏

 

要旨

心臓を構成する心筋細胞には、膜興奮の電気生理について優れた数理モデルが多数存在する。これに筋収縮モデル、エネルギー代謝モデルを連成し、分子レベルの素過程から細胞レベルの機能を精度良く再現する多機能連成モデルの実現が期待されている。本研究では、これまでに集積した多数のモデルを分子レベルの素過程に分解・整理し、モジュラーに組み換えて連成モデルを容易に構築できるツール群を開発した。

 

背景

神経細胞、心筋細胞などのふるまいを電気回路として解明する電気生理学領域では、分子レベルの測定とモデル化に基づき、細胞レベルの機能を再現する高精度の動的モデルの開発に成功している。その要因は大きく(1)パッチクランプ法などの1分子計測技術が196070年代に確立し、生きた細胞で機能する1分子の挙動に基づく数理モデルを構築することができた(2)イオンチャネルや輸送体といった個々の機能分子が、細胞膜電位、細胞内イオン濃度など、共通かつ少数の対象に作用する、という2点に集約できる。代謝ネットワークやシグナル伝達の分子間相互作用ネットワークが一般的にフィードバックを含む連鎖反応で、1つの要素の欠失が容易に広汎かつ破滅的な影響をもたらすのに対し、膜興奮システムは(2)のように作用対象が少数であるため、スター型ネットワークである。そのため、要素の1つが欠失しても残る系は全体として動作を継続することが可能であり、実験によって測定することもできる。

電気生理学による膜興奮モデルが重要な役割を果たすのは神経細胞や心筋細胞だが、中でも心筋細胞は、細胞自身の機械的な収縮が心臓の収縮という器官レベルの機能に直結しているという特徴を持つ。しかも、細胞レベル収縮機能は、力学的な力や細胞の長さといった尺度で容易に高精度の測定が可能である。膜興奮と筋収縮を連携した(興奮-収縮連関)数理モデルは、これまでに複数の構築例がある。

筋収縮は大量のATP(エネルギー)を消費する機能であり、心筋細胞の全容積の2030%はミトコンドリアで占められている。心筋細胞が、入力刺激に対してどういった機能を出力するかをトータルに評価する上では、エネルギー代謝も考慮する必要があり、興奮-収縮連関にエネルギー代謝経路を連成した心筋細胞モデルも、少数ではあるが構築されている。

 

本研究の目的と開発目標

これまでに構築された数理モデルの多くは、素過程を分子レベルに設定して記述されており、モデルAを構成する要素モジュールをモデルBと交換するといった、モデル間のモジュラーな組換え、連成が理論的には可能である。本研究では、心筋細胞の興奮-収縮連関・エネルギー代謝連成モデルを対象に、既存の数理モデル間のモジュラーな組換えによって、多数の連成モデルを容易に作成しシミュレーションの実行を容易にするためのツール群を開発し、モデルモジュールのリポジトリを試作した。

 

具体的な開発内容の概要

細胞シミュレーションソフトウェア環境としては、私たちの研究室が従来開発している E-Cell System Version 3E-Cell3)を用いた。E-Cell3では、数理モデルをオブジェクト指向を用いたモデル記述言語 E-Cell Model Description  LanguageEML)で記述し、実行時にも、EMLに記述された構造そのままのオブジェクトが生成される。この設計は、モジュラーにサブモデルを連成し、さまざまな複合モデルを作成するのに適している。

現在、生命科学の領域では、モデル記述言語としてSystems Biology Markup LanguageSBML)、がデファクトスタンダードになっている。また、心筋細胞の膜興奮モデルを数多く構築している電気生理学の領域では、CellMLというSBMLとは異なるXMLベースの記述様式が広く用いられている。SBMLあるいはCellMLで記述された数理モデルは多数蓄積されており、Webデータベース上で公開されている。

本研究では、これらの標準的なモデル記述言語で記述されたモデルを、E-Cell3が用いるEMLに変換するツールを作成し、これらのツールを用いて変換したモデルをGitHub上のorganizationE-Cell 3 Models〕にて公開した。

2015年2月27日現在、異なる心筋細胞モデルを収載する3つのレポジトリを公開している。この3つのレポジトリは、E-Cell3 で正確に数値計算がなされることを確認している。このorganizationでは、心筋細胞の他にも、肝臓、赤血球などのモデルを公開している。また、SBMLで記述されたモデルのデータベース BioModels に収載されたモデルを、変換ツールで自動変換した上で動作確認して収録したリポジトリ BioModelsPorts を作成・公開しており、27個の数理モデルを収載し、今後追加していく予定である。

これらのモデルをモジュールとして、EMLファイルを連結することで、簡単にモデルを連成することが可能になった。2015年度以降、モデル連成をより効率的に実現するためのユーザインターフェイスなどを開発・整備していく予定である。