生態学フィールド調査法

研究代表者 環境情報学部・准教授 一ノ瀬友博
研究分担者 総合政策学部・非常勤講師 井本郁子

1.研究の背景
 生態学フィールド調査法は、春学期に開講されており2コマ(2単位)の授業である。授業では空間計画やデザインを行うために必要とされる環境調査法を習得することを目的としており、地形調査、植生調査、動物相調査、ビオトープタイプ調査、調査結果を用いたGISの演習などを行っている。実際の授業は、通常1コマの室内講義、1コマの野外演習という構成で実施されている。植生調査に関しては、事前準備に時間がかかり、また集中的に調査を実施した方が効率的であるので、土曜日に補講日を設定して実施する。学生は看護学部を含む、SFCキャンパス内、さらにはSFC周辺の農村地域や里山をフィールドに4ヶ月間に様々な生態学的調査方法の基礎を学ぶ。SFCで唯一の野外で生物に関わる演習を行う授業であり、またSFC内外の環境を題材に授業を進めるので、学生は手法を習得するのみならず、地域の環境に関心が深まるという副次的な効果も見られている。しかし一方で、毎年同じ地域を対象に授業を重ねて行くにも関わらず、それを蓄積していく仕組みはこれまで整備されてこなかった。授業で行う調査とはいえ、毎年同じ時期に実施されるものであるので、データを蓄積していくことは、地域の環境をモニタリングしていく上でも重要なことである。研究代表者は2008年度春学期よりこの科目を担当しているが、昨年度は学生にSFC内の簡易な植物図鑑を作成させた。この植物図鑑はあまり植物を知らない学生が植生調査の際に自らの参考にするためであったが、50名弱の学生が数種ずつ担当することによって、まとまったSFC植物図鑑を作成することができた。ただし、この図鑑は個々の学生が数々のサイトや図鑑からコピーしたものであるので配布に際しては問題があり、かつ記載されている情報も学生によって様々であった。この試みにより、授業の中で図鑑作成に取り組み、さらにSFC内外で画像の収集などを行えば、毎年活用できる教材が作成しうることが明らかになった。
 また、研究代表者は2008年度から地域の環境をモニタリングし、情報を共有する仕組みとしてWebGISを用いた地域環境情報図の整備の研究に取り組んできた。2008年度は、地域住民が自ら調査を実施し、情報をWebにアップし、共有するためのシステムを開発した。このシステムは生態学フィールド調査法の授業においても応用可能である。このWebGISの技術を取り入れることによって、生態学フィールド調査法で行った調査結果や生物の分布情報を広く共有することができる。

2.研究の目的
 本研究では生態学フィールド調査法の授業実施支援と調査結果を長期的に蓄積するために、電子生物図鑑と、WebGISによる調査成果を共有するプラットフォームを作成することを目的とした。電子生物図鑑については2009年度は植物相を中心に取り組み、授業期間外にも植物の写真を撮影し(花や実の画像を取得するため)、履修者が作成した情報にチェックをかけることによって次年度の授業でも使用できる図鑑を作成することとした。SFCを中心とした地域に授業用のWebGISを立ち上げ、履修者が授業の成果をアップロードし、閲覧できるように整備した。また、2009年度の授業で行うビオトープタイプ地図の成果もWebGIS上で共有できるようにし、またその学生の成果を用いて、どの程度までビオトープタイプ地図を作成しうるか検討した。

3.方法
 研究はデータの取得とWebGISの構築を同時進行で進めた。生態学フィールド調査法の授業では、履修者がそれぞれの調査手法を習得することが目的であるので、基本的にはシラバスに沿ってこれまで通りの授業を進めたが、それぞれの調査の演習にあわせて、生物の画像を習得するとともに、GPSを用いて位置情報も取得した。必要に応じて、GPS付きのデジタルカメラを活用した。植物の画像についても授業中に履修者にできるだけ取得させるが、花や実、さらには冬芽など異なる時期でないと取得できない情報は多い。よって、別途年間を通して画像を撮影した。
 WebGISは2500分の1国土基本図をベースマップとし、2008年度開発したシステムをベースに新たに開発した。具体的にはAdobeFlashの技術を活用し、よりユーザーインターフェイスに優れているWebGISを構築した。調査地点における画像や内容をデータベースとして登録できるだけでなく、線や面の情報を登録可能とした。このシステムを授業の後半のビオトープタイプ地図化に活用し、実際に運用した。

4.結果
4.1 電子植物図鑑
 電子植物図鑑に関しては、2009年5月7日の授業で学生に課題として提示し、5月14日に提出の締め切りとした。35名の学生が課題提出し、合計70種のデータが集約された。この提出に基づき、暫定版電子植物図鑑を作成し、5月16日の文教大学における植生調査で使用した。各学生は2種ずつ担当し、図鑑を作成するが、調査においては20〜30種の植物が存在するので、見たことがない種も出現する。今回の課題では植物の特徴についての記載の仕方、項目を指定しなかったので、学生により情報にばらつきがあり、必ずしも種の検索には適したものではなかった。
 授業で集約した暫定版図鑑の画像をSFC周辺で取得したものと入れ替え、さらに18種を追加した。その結果、88種を掲載した電子植物図鑑を完成させた。図鑑は以下のURLに掲載している。
http://homepage.mac.com/tomohiro_ichinose/presentation/plantspecies.pdf

ただし、転載を防ぐために現時点ではパスワードを設定している。2010年度の授業では履修者にパスワードとともに提供する。SFC関係者にはパスワードをお知らせするので、希望者は連絡頂きたい。
4.2 WebGISを用いたビオトープ地図作成
 ビオトープ地図作成のための現地調査を2009年6月25日に実施した。学生1名につき、約500m×500mの範囲を機械的に割り当て、現地調査をさせた。現地調査に際しては、2500分の1都市計画図と空中写真を資料として配付し、学生は対象範囲全域が下記に示した凡例(表1)のどのタイプに相当するか判別をするとともに、出現したタイプのうち典型的なものについてはデジタルカメラで現地の状況を撮影した。


表1 ビオトープタイプ区分凡例

図1

 上記の現地調査に基づき、2009年7月2日の授業で、WebGIS上に調査結果を掲載する方法の演習を行った。WebGISはGoogleMapをベースにMapServerとAdobeFlashを活用して開発されたものなのでOSに依存せず、どのプラットフォームからも利用可能である。スタート画面を下記の図1に示した。

図1

図1 WebGISのスタート画面(より大きな図1を開く)

このシステムでは、ビオトープタイプの特徴に合わせ、ポイント、ライン、ポリゴンの3種類の図形を扱うことができ、さらにそれぞれの図形に応じて、ビオトープタイプを選択するため、より簡便にタイプを登録できるインターフェースとなっている(図2)。

図2

図2 ラインの登録の例(より大きな図2を開く)

この登録画面で、現地調査において取得したデジタルカメラの画像も登録可能である。このことにより調査者以外も現地の状況を確認することができる。
 学生35名が調査結果をWebGISに登録した全体の様子が以下の図3である。ベクトルデータでビオトープタイプの領域を報告した学生と、ベクトルデータの作成に手間取り点データのみで領域を報告した学生と大きく二つに分かれた。35名のうち、24名はビオトープタイプ地図化のために十分な情報をWebGIS上にアップできたが、残りの11名はほとんどまともな情報を報告できなかった。

図3

図3 全学生を調査結果をWebGIS上に登録した様子(より大きな図3を開く)

5.課題と今後の展開
 電子植物図鑑にはSFC内外の主要な種を網羅する88種を掲載することができた。しかし、ほとんど植物について知識がない学生が検索図鑑として利用するにはまだ十分ではない。2010年度の授業では、検索に必要な項目を整理し、それを学生に課題として整理させることにより、検索図鑑としての改訂を行っていく予定である。
 WebGISを活用したビオトープタイプ地図については、学生が提出した情報に基づき、現在地図化を進めている(図4)。

図4

図4 学生の情報に基づき作成を進めているビオトープタイプ地図(より大きな図4を開く)

しかし、授業中に現地調査を行ったにもかかわらず、結果を報告しない学生も多く、SFCの周辺地域を網羅できなかった。また、適切な情報を報告できない学生も多く、2009年度のデータだけでは地図は完成できない。2010年度の授業では複数の学生に同じ地域を担当させることにより、SFC周辺地域を網羅できるようにし、その情報に基づきビオトープタイプ地図を完成させる予定である。また、7月のWebGISに情報をアップさせる際には、使い方について数多くの質問がよせられた上に、アクセスが集中した際には動作が極端に重くなる問題も発生した。インターフェースとシステムの改良に取り組んでいきたい。