慶應義塾大学2009年度学術交流資金

電子教材作成事業報告書

プロジェクトNo3-3

対象授業名称:空間分析

 

課題名称: GPS測位の精度検証と比較

 

研究代表者 

環境情報学部教授 厳 網林

プロジェクト実施担当者

 

環境情報学部4年 木村 詩織

政策・メディア研究科1年 吉本 翔生

環境情報学部4年 前田 達也

政策・メディア研究科2年 大場 章弘

 

 


1.はじめに

 

人工衛星の電波を利用して現在位置を測定できる GPSGlobal Positioning System)はカーナビをはじめ,最近では多くの携帯電話にも搭載され,位置情報を利用したさまざまなサービスが展開されている.また,高精度な測位が要求される建設工事や測量のほか,野外調査などにおいても用いられており,GPSはデータベース作成における地理情報システム(GIS)の主要ツールへなりつつある.特に,ある程度以上の距離や視通の困難な場所での測位が要求される森林管理やモニタリングにおいてGPSの活用は効率を大幅に向上させるといわれている.

 しかし,これまでGPSは葉の茂った森林では受信強度の低下が著しく,ほとんど測位不能(土屋・辻,1997)といわれてきた.しかし,GPS受信機の小型・軽量・低価格化や,多チャンネル・高性能化が進んだことなどにより,最近は森林内での測位を目的とした研究も行われている.

国内の樹林で測位を行った例として,小林裕之・矢田豊・茶珎俊一・小神野和貴・野上由美子・島本秀幸(2001)の森林内外での多機種のGPS受信機による測位比較がある.単独,DGPS,干渉測位と5種類の方式が異なる受信システムを用いて樹林地内外の測位を比較したところ,単独測位は林内でも安定した測位が可能だが精度は15.448.6mと低く,DGPSは補正情報を林内でも受信が可能で1.17.3mの精度となった.干渉測位はフロート解が得られた場合は精度がとても高いが,林内ではフィックス解が全く得られず,測位自体が不安定であった.最新の2 周波受信機があれば樹幹下でも測位が可能だが,2 周波受信機は未だ高価であるため,誰もが簡単に導入できるわけではない.

そこで本研究は,高性能な測量向けGPSから,安価な一般利用向けのGPSを含めた特性の異なる5つのGPS受信機を用い,単独測位による静・動的調査を実施し,それぞれの精度より実用性について比較検討を行った.

 

2. GPSによるマッピングの原理

 

 GPSGlobal Positioning System)とは,上空にある複数の衛星から信号をGPS受信機で受け取り,現在位置を知る測位システムである.衛星からの信号は直進性で障害物に弱いため,地下や樹林・高層建築が並ぶ市街地といった周囲の上空が開けていない場所では精度が劣化し,大きな誤差が生じる. GPSの測位方式には大きく分けて単独測位と相対測位の2つがあり,相対測位方式はDGPS方式と干渉測位方式に分けられる.

GPS受信機を1台のみ用いて行なう単独測位は,観測者の絶対位置を同時に3衛星からの電波を受信・解析することで二次元の測位を行なう.また,同時に4衛星からの電波を受信し解析することで三次元の測位を行なう.単独測位のみを行なうGPSは安価で簡単だが,GPS受信機内に設けられた標準モデルを使って電離層や対流圏の電波遅延を補正計算しているため,実状態との間で誤差が生じ,10m程度の誤差が発生する.

一方,相対測位は未知の位置をある基準となる既知の位置からの距離と方向に対して相対的に位置を確定するものである.DGPS(Differential GPS) はすでに位置が分かっている地上の基地局で GPSによる測量を行い,実際の位置とGPSで算出された位置のズレを中波やFM放送などの地上波で送信することにより,もう1台の正確な座標が分からない点での測位誤差をリアルタイムまたは後処理によって改善する.

そして,GPS測位の中で最も精度の良いのが干渉測位である.2つの受信機である衛星までの距離の差をとり,受信機間の距離を決定する方法である.そのうち,後処理による補正を必要とせず,短時間で計測可能な干渉測位の1つにRTK-GPS(リアルタイムキネマティック測位法)がある.基準となるGPS受信機を参照基準点(既知)に設置し,基準点と移動受信機で同時にGPS衛星からの信号を受信する.固定点で取得した信号を無線装置などで移動点に転送し,移動点側において即時に基線解析を行なうことで位置を決定する測量手法である.電子基準点は国土地理院より提供されており,この情報を利用することによって測量データの誤差を補正し,高精度な位置情報を取得できる仕組みである.RTK-GPS測量は観測が基準点から10km以上離れると誤差が大きくなるが,リアルタイムで高精度の位置決定が可能であり,測量作業の効率が高い.

 

1.相対測位の方式

 

 

 

 

 

 

 

このGPS測量をはじめとするデジタル技術によってデジタルデータ形式の電子地図を作成することをデジタルマッピングといい,空中写真などによって地形,地物に関わる地図情報をデジタル形式で測定し,数値地形図を新たに構築する作業である.GPS機種によってはリアルタイムにタイポイントや軌跡を地図上に残すことも可能であり,GPSに内蔵した地図へ表示するほか,受信したGPSデータをBluetooth経由のワイヤレス接続でPDAPCなどへ送信し,Google Map上にトラックログを再現できる.

 

3. 検証方法

 

GPSの精度調査を以下の図の通り行い,それぞれの特性を総合的にまとめる.

1.評価フロー

 

3.1 使用するGPS

 調査に用いたGPSは以下の5種類である.機種ごとに対象ユーザーや目的が違うため,可能な測位方法が異なる.

 

2.各GPSの測位方式


 

3.1.1 Pro Mark2

 ProMark2Magellan社製の調査・測量用に開発されたWAAS対応のGPS受信機である.GPS衛星からの受信を集約的に行なうことを可能とするGPSアンテナが付属されており,これを用いた際の精度は表記上,平面に対して静的調査の場合0.005m,動的調査の場合0.012mとなっており,高精度なGPSと言うことができる.2台同時に使用することで一方を基準局,もう一方を移動局とした調査を行なうことが可能であり,付属のソフトウェアを用いて補正することができる.価格も高額であり,研究機関向けの機器となっている.

 

3.1.2 Mobile Mapper pro

Mobile Mapperは小型かつ軽量で比較的安価に後処理DGPSを実現できるGPS受信機である.1メートル以下の測位精度を持ち,Shape File形式に対応しているので,ESRI社のArcGISなどで使用している地図データであればそのままMobile Mapper Proへ転送して使用することが出来る.しかし,1メートルの誤差精度というのはリアルタイムでの測位精度ではなく,後処理によって得られる測位精度である.リアルタイムでの測位精度は通常の安価なGPS受信機と同程度であり,約10メートルの誤差がある.この測位誤差をMobile Mapper Proで補正するには,国土地理院電子基準点観測データを利用し,Mobile Mapper Proの後処理用ソフトウェアによって誤差を補正しなければならない.

使用する乾電池は単三型が2本だが,消費電力が大きく,実際の業務使用であればリチウムの単三電池を用いて8時間~10時間の動作であるため,1日に1回は電池交換をしなければならない.

 

3.1.3 GARMIN GPSMAP 60CSx

GARMIN社製ハンディタイプのGPS受信機であり,本体に内臓の地図で現在地や軌跡を見ることができる.パソコンで見る場合も,パソコンにインストールした「カシミール」という地図ソフトで見るため,ネット接続は不要である.日本詳細道路地図(シティナビゲーター)が全区画分転送された512MBmicro SDカードが付属されており,買ってすぐにルート検索機能を持った1/25000詳細地図が利用できる.

 

3.1.4 GPSロガー(HOLUX m-241)

HOLUX m-241GPSデータロガーに分類されるが,GPSデータロガー専用機ではなく,ノートPCUSBホスト機能を持ったPDA,スマートフォン等とUSBで接続し,単機能のGPS受信機としても機能する.130000点の軌跡を記録でき,Bluetoothも内蔵しているのでBluetoothを内蔵したノートPCPDA,スマートフォンであればBluetooth GPS受信機としても使用可能である.軌跡を見るためにはデータをパソコンに転送し,グーグルマップなどで表示させる.デジカメと連動させて,撮影した場所を表示させることも可能である.

 

3.1.5 GPSカメラ(COOLPIX P6000

 デジタルカメラ本体にGPSを内蔵したCOOLPIX P6000は,撮影と同時に位置情報を画像に記録が可能である.モードダイヤルをGPSにあわせ,測位が行われていれば,位置情報が自動的に記録される.GPSのログと画像をマージさせる手間がない分スマートであり,GPSロガーの電池管理も必要ない.

 

3.2   検証概要

 調査を行なうにあたり,著者らが所属する神奈川県藤沢市の慶應義塾大学藤沢キャンパス内を対象とした.Static調査では上空の開けた屋上,Dynamic調査では構内の建物・樹木・独立木・道路を対象として調査した.

 

3.2.1 Static調査

上空の開けた場所にてGARMIN(GPSMAP 60CSx)ProMark2MobileMapperGPSカメラ(COOLPIX P6000),GPSロガー(HOLUX m-241)を用い,単独測位による定点観測を60回ずつ行った.1分おきに測位された座標を記録し,これらより標準偏差をもとめた.

 

3.2.2 Dynamic調査

200972日~8日にかけて,主に車線に囲まれたキャンパス構内の建物・樹林・独立木・道路を抽出するよう,ProMark2Mobile Mapperを用いて動的に単独測位を行った. 4分割した対象エリアを著者らの所属する研究室の学生が4班に分かれて調査し,対象物の境界や隅を方眼紙にプロットをした.その後,作成したマッピング図より建物や樹林,道路のライン・ポリゴンを抽出し,数値地図2500の白地図における角点と,調査結果のポリゴン・ラインの角点との比較を行い,それらから標準偏差を求めることで誤差を評価した.

 

SFC構内

2.対象エリア

 

 

4.各地点における誤差


4.フィールドマッピングの結果

4.1   Static調査

 3.2.1の方法に従って調査した結果をそれぞれ5つのGPSごとにわけて表3にまとめた.

 

3Static調査の結果

 

4.2   Dynamic調査

 3.2.2の方法に従って調査した結果を方眼紙に示したもの(図34)および誤差の評価結果(表45)にまとめた.表4の表頭としては対象のIDとなるポイント,角点をとった対象,調査結果との比較である誤差距離,誤差距離の二乗,そしてそれらの総和からポイント数で除したものを平方根で求めた値を誤差とした.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3SFC構内のマッピング図(南東)

4SFC構内のマッピング図(南西)

 

5.各GPSの適性と精度


5.考察

それぞれのGPSの特性と,それらがどのような調査に向いているかどうかを以下で考察した.

 

5.1 GPS調査結果の特性

 34,表34からわかるとおり,GPSの調査では道路などの開けた場所や樹林などの自然物などにおいては誤差距離が少ないのに対し,建物に関するデータは1020mなど,誤差距離が非常に大きいことがわかる.これは本稿の冒頭で触れたとおり,建物どおしの受信電波の反射や建物方向のGPSを受信できないなどの特性が原因と考えられる.これに対し,道路など開けた場所や自然物などは誤差の距離が1m~5m,電波の影響が建物ほど大きくない事物に対しては,誤差の距離も5m前後となっており,信頼できる精度であると言える.

 

5.2 GPSの特性

Garmin GPSMAP 60CSxはパソコンへ接続した際,GPSデータの抽出がうまくいかなかったが,精度自体は高く,高感度であることからフィールドでのマッピングに適している.

MoblieMapperは単独測位だけでなく相対測位にも利用でき,後処理ソフトによる補正で高精度を実現できるため,精密な調査やGISを用いた分析が可能である.ProMark2も機能や精度は同様だが,日本語に対応していないため,ソフトによる後処理が難しくなる.

また,GPSカメラは写真と位置を同時に記録できるが,GPSの精度自体は高くないため,調査には不向きである.GPSロガーは操作が容易に精度よく測位が可能であり,測位方式が緯度経度に限られるが,汎用性のあるGPSといえる.

 

 6.今後の展望

 

 樹林地の管理やモニタリングにおいて十分に精度の高い樹木成長データを取ることは難しい.樹林内は土地条件の不均質より,樹木の生長には大きなばらつきがある.このような土地で適切なサンプルを取るためには,広域性や同時性の面で優れた観測手法に衛星リモートセンシングがある.地理情報の取得において高解像度の衛星画像を用いてゾーニングを行い,ゾーンごとに一定のサンプルを調査するのが望ましい.しかし,ASTERなどの比較的容易に入手できる衛星画像の解像度(ALOS-VNIR:10m,ASTER:15m)では,正確な生育状況や樹種の区分は困難である.

そのため,地理情報が整備されていない環境における調査ではGPSによるフィールドでのマッピングを行い,ゾーンごとにサンプルポイントを決定する.フィールドにおけるGPSマッピングは,現地で計測した座標を方眼紙上に落とし,ゾーニングエリアの境界をプロットする手法を用いる.この手法では実際に植林地内を歩いて計測した結果を書き残すため,誰が実施しても正確なデータを取得することができる.本分析の結果より,樹林地沿いのマッピングは誤差が5m以内と単独測位でも十分な精度を持つことが示された.しかし,今回の調査でマッピングを行った樹木は5m程度であったため,実際に樹高の高い樹林で十分な精度のもと,利用できるかどうかは別途,検証が必要である.

また,衛星リモートセンシングは電磁波の特性に基づいた地表面状態の推定であるため,実際の現地調査に基づいた検証(グランドトゥルース)が必要である.そのため,衛星リモートセンシングの広域性や同時性をいかしてグランドトゥルースを行なうには,広範囲の地表面被覆を短時間でマッピングできる現地調査システムが求められる.簡易性ではGPSロガーが一番に挙げられるが,フィールドでマッピングを行なうにあたってはProMark2Mobile Mapperが適しており,デジタルマッピングにはデータをパソコンに抽出でき,誤差が少ないMobile MapperGarmin向いているといえる.

 

謝辞

本調査は慶應義塾大学2009年度学術交流資金、電子教材作成助成によって作成されたものである。

 

参考文献

小林裕之・矢田豊・茶珎俊一・小神野和貴・野上由美子・島本秀幸(2001)森林内外での多機種のGPS受信機による測位比較,日林誌,135-142.

土屋敦・辻宏道(2001)新・やさしいGPS測量,日本測量協会,14-42.

野村弘明(2007)モバイルGPSナビゲーションブック,P-Work14-20.

 

折本 幸治(2008)「COOLPIX P6000」のGPS機能を試す< http://dc.watch.impress.co.jp/cda/review/2008/10/01/

9347.html>

ガーミン GPSMAP 60CSx 日本語版 42205

<http://www4.atpages.jp/mercury/>

清水 隆夫(2008) HOLUX m-241 (前編)

<http://tshimizu.cocolog-nifty.com/good_job/2008/07/holux_m241.html>

リナン(2009)GPS測量とは

< http://www.rinan.co.jp/gps.html>