言語教育デザインプロジェクト2012年度成果報告書
海外主要都市における日本語人の言語行動
平高史也(総合政策学部)
プロジェクトメンバー
岩本綾(慶應義塾大学)・王雪萍(東京大学)・木村護郎クリストフ(上智大学)
島田徳子(武蔵野大学)・平高史也(代表・慶應義塾大学)・福田えり(慶應義塾大学)
福田牧子(バルセロナ自治大学)・古谷知之(慶應義塾大学)
1.研究の背景と経緯
グローバル化が進展し、人の移動が活発化している今日、日本では英語の重要性が強調されているが、実際に海外、特に非英語圏に住んだときには、少なくとも現地語、日本語、英語の3言語に囲まれて生活することになる。海外在住の日本語母語話者は、日本語・現地語・英語を中心にどのようなコミュニケーションを行っているのだろうか。言語使用の実態を把握するために、私たちは2011年に「海外主要都市における日本語人の言語行動プロジェクト」を発足させた。国内の日本人の言語行動については研究の蓄積があるが、海外に在住する日本人の言語行動に関する実証的な研究は、ほとんど見られない。日本人在住者が多く、その現地語が日本の外国語教育で広く教えられている都市を5つ選び、複数の手法で現地在住の日本人の言語行動にアプローチしている。
2011年度は質的調査を行った。現地在住経験者へのインタビュー、また実際に現地へ赴いて行った、日本人ネットワーク代表者へのインタビューから、いくつかの興味深い可能性が示唆された。たとえば、調査都市では共通言語として英語や現地語だけでなく日本語も選択されうることがわかった。また、現地語の重要性は共通して認められるものの、実際の言語行動は、居住地域や滞在年数、個人要因、社会的ネットワーク等によって左右されている可能性があることがわかった。
2.2012年度の主な活動
2012年度は1.に記した成果を8月にベルリンで開催されたSociolinguisticsSymposium19(国際社会言語学会)で発表した(Yasui-Iwamoto et al. 2012、末尾の写真参照)。次に、質的調査の結果をもとに質問紙を作成し、上海、ソウル、デュッセルドルフ、ベルリン、マドリッドなどでウェブによる調査を開始した。デュッセルドルフでは、日本人学校の協力を得て保護者を対象とした紙媒体の質問紙調査を実施し、約250件の回答を第一次分析にかけた。また、上海でも300件余の回答を得ている。
これらの成果を発表するべく、2013年3月9日に三田キャンパスで公開シンポジウム「グローバル化社会における多言語使用と外国語教育」を開催した(ポスターを末尾に掲載)。シンポジウムの概要は次のとおり。
開会あいさつ 平高史也(慶應義塾大学)
文部科学省「グローバル人材育成推進事業」とグローバル・イシュー
―大学生はどのような目的で外国語を学習しているのかー
大木 充(京都大学)
ドイツの日本人ディアスポラ
的場 主真(ヴィッテン・ヘルデッケ大学)
デュッセルドルフ在住日本人の言語生活に関する調査結果から
岩本 綾 古谷 知之(慶應義塾大学) 島田 徳子(武蔵野大学)
コメント 庄司 博史(国立民族学博物館)
ディスカッション
3.デュッセルドルフ・データの概要について
前記のシンポジウムで発表したデュッセルドルフ・データは「現地語能力と英語能力は、現在の生活の満足度にどのような影響を与えているか?」という問いに対して探究した結果である。
3.1 方法
3.1.1 デュッセルドルフ日本人学校調査の概要
本日報告の分析対象データは、2012年6〜7月に紙媒体の質問紙調査として実施した調査データの一部を対象とする。本調査において取得したのは、全て「個人の知覚データ」である。分析対象者は、デュッセルドルフ日本人学校の保護者と関係者247名で、男性122名、女性125名である。年代別の内訳は、20代3名、30代94名、40代138名、50代10名、60代2名である。
3.1.2
分析に用いた変数
(1)現地語能力と英語能力
現地語能力及び英語能力については、「聞く、読む、話す、書く」の4技能について、「とてもできる、できる、まあまあできる、あまりできない、全くできない」の5件法で回答を求め、各技能について「とてもできる:5、できる:4、まあまあできる:3、あまりできない:2、全くできない:1」のスケールで得点化した。下位概念の内的整合性を確かめるために信頼性分析を行ったところ、「現地語能力(α=.946)」「英語能力(α=.963)」で十分な値が得られたため、「聞く、読む、話す、書く」の4技能の値を単純加算平均した値を、「現地語能力」「英語能力」の変数として分析に使用した。
(2)生活満足度
生活満足度については、世界価値観調査(電通総研、日本リサーチセンター編 2008)の質問項目を参考にして、「あなたは現在の生活に満足していますか」という問いに対して、「とてもそう思う」「そう思う」「どちらともいえない」「あまりそう思わない」「全くそう思わない」の5件法で回答を求め、その値を分析に使用した。
3.1.3 分析方法
(1)分析1:個人属性と言語能力の関係
まず、現地語能力及び英語能力の各能力が、調査者の属性(性差、滞在期間、滞在予定期間、仕事の有無)によって差があるかどうかについて分析を行った。具体的な分析方法としては、属性に関するそれぞれの項目によってグループ分けを行い、現地語能力及び英語能力の得点の平均値の差を検討するために一要因の分散分析を行い、2グループ以上の場合は続いて多重比較(Bonferroni法、5%水準)を行った。
(2)分析2:個人属性と生活満足度の関係
次に、言語能力と生活満足度との関係を分析する前に、生活満足度が調査者の言語能力以外の属性によって差があるかどうかについて、属性に関するそれぞれの項目によってグループ分けを行い、生活満足度の平均値の差を検討するために一要因の分散分析を行い、2グループ以上の場合は続いて多重比較(Bonferroni法、5%水準)を行った。
(3)分析3:言語能力の高低と生活満足度との関係
最後に、現地語能力と英語能力の得点の高低の組み合わせによって4群に分けたうえで、生活満足度の平均値の差を検討するために一要因の分散分析を行い、続いて多重比較(Bonferroni法、5%水準)を行った。
3.2 結果
3.2.1 回答結果
(1)個人属性
–
滞在期間 1年未満:54名、1〜3年未満:100名、3〜5年未満:58名、5年以上:35名
–
滞在予定期間 あと1年未満:51名、あと1〜3年未満:125名、あと3〜5年未満:44名
あと5年以上:13名、定住予定:4名、その他:10名
–
仕事をしているかどうか はい:129名、いいえ:118名
(2)現地語能力及び英語能力
|
平均値 |
標準偏差 |
現地語能力 |
1.89 |
0.76 |
英語能力 |
3.22 |
0.97 |
(3)生活満足度
|
平均値 |
標準偏差 |
生活満足度 |
3.75 |
0.91 |
3.2.2 分析結果
(1)分析1:個人属性と言語能力
–
現地語能力が高いのは、女性・長期滞在・定住予定・仕事なし
(2)分析2:個人属性と生活満足度
–
滞在期間、仕事有無で生活満足度に差があり
(3)分析3:言語能力と生活満足度
–
現地語高・英語能力高の群は、現地語能力高・英語能力低および現地語能力低・英語能力低の群より生活満足度が高い
3.3 考察
今回の分析では言語能力、個人属性、生活満足度の関係を探った。女性の現地語能力のほうが男性より高い、滞在が長期になれば言語能力が上がるなど、これまで感覚的に理解されていたことが裏付けられた一方で、現地語、英語ともに平均よりできる人の生活満足度は高い傾向にある、などの新たな発見もあった。
今後は、言語能力以外の部分の分析を進めること、また今回の分析の過程で生まれたさらなる疑問や仮説をもとに分析を加えることが必要である。また、今回分析したデータはデュッセルドルフ日本人学校で得たものであるため、デュッセルドルフの他の日本人についてもデータを収集、分析する必要があると思われる。他都市での調査も引き続き進め、次回は都市間比較も試みたい。
4.参考文献
<主要参考文献>
岩崎信彦ほか編(2003)『海外における日本人、日本のなかの外国人』昭和堂
電通総研、日本リサーチセンター編(2008)『世界主要国価値観データブック』同友館
Jiří Nekvapil (2009) The integrative potential of
Language Management Theory, in: Jiří Nekvapil & Tamah Sherman
(eds.) Language Management in Contact Situations. Perspectives from Three
Continents. Frankfurt am Main, Berlin, Bern, Bruxelles,
New York, Oxford, Wien: Peter Lang, 1-11
Yasui-Iwamoto, Aya, Eri Sekiji-Fukuda, Goro Christoph Kimura, Makiko Fukuda, Tomoyuki
Furutani, Noriko Shimada, Xueping
Wang, Fumiya Hirataka. “Language Behaviors of Japanese Native Speakers in Non-English-Speaking
Cities” Sociolinguistics Symposium 19, Freie
Universität Berlin. (August 21-24 2012)
福田牧子(印刷中) 「多言語社会における日本人の言語使用:スペイン・カタルーニャ自治州在住日本人のケース」『社会言語科学』社会言語科学会
Sociolinguistics Symposium 19 (Freie Universität Berlin)