2014年度学術交流資金　海外の大学等との共同学術活動支援

「研究課題名」開発と環境のジオインフォマティクス

東日本大震災の復興経験からまなぶ現代都市の脆弱性の評価と国際展開

厳　網林

環境情報学部・教授

概要

東日本大震災、とりわけ福島原発事故がもたらした教訓は大きい。厳研究室では震災後、宮城県気仙沼市、福島県南相馬市における復興活動に参加し，行政、NPO、地域NPOと一体となって、ソーラーシェアリングなど再生可能なエネルギーによる街づくりを推進し、レジリエントづくりを実践してきた。２０１４年度においてはこれらの実績を踏まえ、次の３つの活動を行った。

１． 南相馬市国際デザインワークショップの開催

　南相馬市は小高地区・原町地区・鹿島地区によって構成され、震災前は人口７万人の街だった。東日本大震災は当市に甚大な被害を受けた。津波で海岸地域は流され、原発事故で小高地区は20km圏内、原町地区は20-30km圏内に引っかかった。放射性物質は市域西部に広がる阿武隈山地に大量に積もった。その結果、市域は「津波浸水被害区域」、「帰宅困難区域」、「居住制限区域」、「避難指示解除準備区域」によって重層的に分割され、行政サービス、市民生活、産業の復興に大きな障害をもたらした。農地の汚染、職場の喪失、高齢化の進行など将来への不安で人口が急減し、復興は大幅に遅れている。本研究では一般社団法人南相馬エコエネ研究機構の協力を得て、2014年9月8日−11日、南相馬市原町地区太田川流域を対象に、南相馬市で住民参加による復興国際デザインワークシップを開催し、バックキャスティングの手法を用いて南相馬市原町区の住民と共に太田川流域の復興計画をデザインした。ワークショップにはオランダーVHL University of Applied Sciences

のランドスケースデザイナであるRob Roggema博士、オーストラリアの建築家でEME Design（Melbourne）の Luke Midton氏・オーストラリアRMIT Universityのランドスケープアーキテクトの学生Ben Crisfield-Smith氏、国内からは慶応大学スタッフのほか、信州大学上原三知助教、横浜国立大学ポスドク桜井良JSPS研究員らが参加された。デザイン案は住民による復興への願い、復興の考え方、デザインのプロセスを凝縮して、「Rethink, Reborn, Return」（再考、再生、再帰）と題した。震災を契機にかつての持続不可能な経済成長を反省し、40年後に日本一持続可能なまちを目指す。計画策定は地域の自然的（太田川）と社会的（野馬追という国家重要無形文化財）遺伝子から発想を展開した。野馬追を地域空間に根を根付かせ、放射性物質汚染の度合いと除染の進行に応じて復興を4つのフェーズに分け、津波浸水ラインを自然海岸と仮定し浸水地域に藻類バイオマスプラントと循環型農業を導入、空き地や畑に太陽光パネルやソーラーシェアリングなど、自然エネルギーのポテンシャルを活かした未来の街づくりを提案した。これより、原町区42000人の食糧と200頭以上の馬が自給自足し、再生可能エネルギーと新しい農業で街が再生される。このデザイン及びプロセスは「『自信』と『希望』を取り戻してくれた、復興の弾みになる」と住民から高い評価をいただいた。

関連資料

１）SFC ORF 2014 Poster

コミュニティベースによる震災復興と持続的な発展への実践的支援の試み
南相馬復興土地利用計画の策定デザインワークショップ(2014.9.8-11)

２）関連論文：

Zhang, H. et al., 2014. Radiation-Driven Migration: The Case of Minamisoma City, Fukushima, Japan, after the Fukushima Nuclear Accident. International journal of environmental research and public health, 11(9), pp.9286–9305.

l 関連記事

Roggema, R. & Yan, W., 2015. Reborn, Rethink, Return to Minamisoma, Japan. Adjacent Government, pp.1–4.

２．総合的災害リスクの評価と低減に関する研修会での講演

　2014年8月10日から23日まで、北京・中国気象局幹部学院にて、北京師範大学・中国気象局の共同主催によって「総合的災害リスクの評価と低減に関する研修会」が開かれた。中国各地の省気象局の中堅幹部５４名が集まった。講師陣は世界各地と中国国内一流の気候・気象・リスク・災害・コンピュターシミュレーション・保険などの各分野の研究者によって構成された。２週間にわたる研修では災害リスクの概念、評価の方法、防災・減災の制度、手法、実例を幅広くかつ専門的に講義した。また学生はみんな地方局の第一線の中堅幹部であり、豊富な実務経験を持っている。

　気候変動のため各地において、台風、集中豪雨、冷害、干ばつなどの異常気象及びそれによる災害が頻発しており、政府、企業、国民ともに防災、減災に強い関心を持っている。そのための体制として、中国では「政府主導、市民参加」を原則としている。しかし、もっとも重点を置いているのは災害が起きてからの救援で、防災・減災の重要性と体制はできていない。さらに災害リスク対応を通して、持続可能な社会への移行を実現する視点はまだ未熟である。

　研究代表はこの研究会で講師として呼ばれ、２日間計６時間、先進国と途上国における災害リスクの評価と対応につて講義した。東日本大震災の反省からレジリエンスの重要性を提起し、経済発展に伴う社会的リスクの再認識を説き、そのための評価分析方法を議論した。また気候変動による異常気象災害の事例としてモンゴルにおける干ばつ・寒冷に伴う家畜の大量死、ゾドの対処策を報告した。膨大な統計データを駆使したゾド被害の評価方法、ケータイ電話を用いた遊牧民へ気象情報サービスを提供するというエビデンスベースの研究は学生に大きな印象を与えた。

参考資料

1) “综合灾害风险治理的理论、模型、技术与实践”研讨讲习班, 北京, 中国气象局，2014.8.11-23においての講演PPT: 防災・減災のレジリエンス・シンキング

3.山梨県道志村での合宿と地域との国際的交流会

　2015年2月2-4日、研究室院生・学部生一同で山梨県道志村にて研究合宿を行った。学部生11名、院生16名（モンゴル・４名、インドネシア・１名、モザンビーク・１名、イラン・１名、中国・６名）が参加した。まず横浜市水道局道志村事務所を見学した。道志村と横浜市は地理的に隣り合っていないが、安定した水源を確保するために120年前に山梨県から恩賜林（8000ha）を購入した。55kmの専用放水路で流域を超えて、横浜市に10%の水道水を提供している。それはいま横浜市と道志村、都市と農村の共生を象徴する事業として大切に維持されている。毎年大勢の横浜市民が道志村に訪れ、横浜市有林、道志村有林、または道志村民有林の手入れに参加している。干ばつ材はペレットチップになって地元の温泉の燃料として提供される。また道志の清流の水がペットボトルにもなって横浜市民に販売され、一本に１円森林保全に還元されている。訪れた市民が民宿に泊まり、地産地消の食材を食べながら、森林干ばつ、薪割り、陶芸焼きなどを体験できる。外国人留学生に日本の各地において展開されているエネルギーや食材の地産地消、都市・農村との交流プログラムを体験しもらい、自立的・内生的発展とは何かを考えてもらう機会となった。

　今回の合宿では２日午前水源涵養林事務所を見学し、２日午後・夜、３日午前・午後研究発表を行い、夜に地元住民とミニコンサートを開催し、４日に森林伐採、薪割り、陶芸焼きを体験した。寒い時期だったが、発表会、交流会、体験会ともに盛り上がった。また留学生、日本人学生、住民、NPOと交流ができて、充実したプログラムであった。

　　参考資料

　　１）合宿体験プログラムの記録

４．総括

　以上のように本プロジェクトにおいて、１）外国の方を被災地に呼び、地域住民参加の元で復興計画をデザインすること、２）研究代表が海外に出向き、震災の経験を踏まえて災害に強い都市・地域を構築する方法を講義すること、３）留学生を地域社会に連れて都市と農村の交流プログラムを体験させること、という３つの方法で東日本大震災の後の取り組みを国際的に発信することを図った。その活動成果の一部は国際学術誌、情報誌に掲載されており、研究目的は達成できた。今後はこれらの活動結果を論文にし、国際学会、国際ジャーナルに発表することを予定している。また次年度においても引き続き国際協力関係を発展し、新しいプロジェクトの立ち上げにつなげたい。