2018年度 学術交流資金 研究成果報告
研究課題名 | 土佐清水市における生態系を活用した減災計画のためのウィーン工科大学との合同フィールドワーク |
研究代表者氏名 | 一ノ瀬友博(環境情報学部) |
研究の背景 および目的 | 本研究では、南海トラフ巨大地震が引き起こす大津波による被害を「生態系減災の考え方」がいかに軽減できるかという課題に着目している。生態系の機能を防災のためだけに活用するのではなく、かつての生態系を復元し、自然再生と防災のコベネフィットを実現することが最終的な目標である。 具体的には、この未開発の手法を提示するために「グリーンインフラストラクチャーと生態系サービス」に関わる実サイトにて調査、意見交換の実施することを今年度研究目的としている。 |
研究概要 | 研究対象地域は高知県土佐清水市とし、2018年9月、2019年1月の2回フィールドワークを実施した。具体的には海岸林の現地植生調査、土佐清水市役所、住民等のステークホルダーへの聞き取り等を行った。海外の研究者(ウィーン工科大学・ウィーン大学・ルンド大学)からの参加者らを交えて、国内外の課題・実例の意見交換も行った。 |
フィールド ワーク実施日程 | 2018年9月16日(日)~19日(水) 2019年1月23日(水)~26日(土) |
行先 | 高知県土佐清水市・高知県幡多郡黒潮町入野・高知県高知市 |
研究参加者 | 一ノ瀬友博(環境情報学部 教授) 大木聖子(環境情報学部 准教授) 井本郁子(SFC研究所 上席所員) 森崎理哉(政策・メディア研究科 修士2年) Matias Rodriguez(政策・メディア研究科 研究生) 山田由美(政策・メディア研究科 博士1年) Nadia Kusumawardhani(政策・メディア研究科 修士2年) Zhang Ruiyi(政策・メディア研究科 修士1年) Meinhard Breiling(ウィーン工科大学) Lisa Maria Stier(ウィーン大学) Manuel Kastner (ウィーン大学) Emili Melin(ルンド大学) |
本報告書では主な視察地の報告をまとめた。以下(図1)中赤枠内が視察地である。
※経由地も含む。
図1 訪問地一覧
調査対象地概要
高知県は南海トラフ巨大地震のリスクを抱えている。県は最大人的被害として死者42000人を想定(高知県 2013)。同レベルとして言及されるのが1707年(宝永4年)の宝永地震による津波である。土佐湾沿岸に2000人近い死者を出し、流出家屋11000戸の被害が生じた。この宝永津波は高知県にとっての「千年(一度の」災害」といわれているが(都司 2012)、異なるレベルとして浅域で頻繁に起こる100年1度級も想定され、1946年(昭和21年)の南海地震、土佐清水市など四国南西部が影響を受けた1968年(昭和43年)日向灘地震(政府地震調査研究推進本部)などはまだ記憶に新しい。
地震による津波浸水・液状化リスクは発現時の被害も甚大であることから、県はハザードマップを各種公開している(図2)。自然災害リスクは「豪雨による洪水害・土砂災害」も挙げられるが特に洪水の浸水深想定が特定河川のみである状況は他県と変わらない。
なお、訪問地の土佐清水市と黒潮町は洪水浸水想定区域をその区域に含まない市区町村である(国土交通省 2016)。
図2 水防法に基づく浸水想定区域図 図3 津波浸水予想図
視察1:入野松原の人工防風保安林
入野海岸は土佐湾の西端足摺岬より50㎞北部に位置する。白砂青松の美しさをもつ景観で「入野松原」と呼ばれている。海岸は「高知海区漁業調整委員会」指示と黒潮町文化財保護条例の趣旨に沿ってウミガメ保護の対象域となっており、生物多様性保全にも重要な地域である。保護に関し包括的な法律はないが、地域が採取・捕獲の規制や車両乗り入れ規制などをしている(環境省自然環境局・日本ウミガメ協議会 2007)。
衛星画像から読み取った海岸林の平均林帯幅は237m、最大林耐幅は380m、汀線距離は170m、全長2300mである(浅野ら 2009)。
図4 入野松原風景 図5 入野松原衛星画像(Google Earthより)
昭和南海地震で旧大方町(現黒潮町)は住家倒壊指数が比較的高かった。入野付近の地盤が軟弱であったためとされ、特に砂地に立つ万行(まんぎょう)に集中したとある(松岡 2016)。付近は現在「ラッキョウ畑」になっている。ラッキョウは砂地でも栽培が可能な高付加価値農産物であり、地主以外の営農者により栽培されているという話であった。
図6 入野のラッキョウ畑
高知県幡多郡黒潮町の最大津波高は最大34m, 浸水深1m以上最大1150㎡と発表されている。(南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 2012) 一方松岡(2016)の記載によると宝永地震による幡多沿岸への津波は5-10メートルとされ、130haほどの沃野が津波で一度瓦礫と化し、9haを残すのみになったとされている。全国12か所の海岸林の機能評価をした浅野ら(浅野ら 2009)によると元々の地盤標高の低さ(5m程度)からも安全性が十分と言えないとしているが、それをハイブリッドでカバーするのが「大方あかつき館」という複合施設である。
図7 入野松原海岸林の断面地形図(浅野ら 2009)
本館は、上林暁文学館、町立図書館、レクチャーホール、町民ギャラリー、会議室、和室を含んだ複合施設として機能している。平時と災害時の両立が見込める施設である。
図8 大方あかつき館(Google Earthより)
視察2:大岐海岸の低コスト生態系活用防災
土佐清水市の大岐海岸も上記入野海岸同様、生態系減災機能を持つ海岸林である。かつて植林されたクロマツがマツ枯れのため消失し、代わりに常緑広葉樹に遷移している(一ノ瀬 2018)。間城(1983) によると、安政津波は低地の家を少し流出し山まで侵入しているため5-6m、宝永津波は旧念西寺医師団の最下段まで来るとあり、その跡地が16mという記録がある。なお高知県土佐清水市の最大津波高は最大34m、浸水深1m以上最大1440㎡と発表されている(南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 2012)。
図9 大岐海岸衛星画像(Google Earthより) 図10 大岐海岸の埋もれた堤防
図9に示すように大岐海岸には白砂が確認できるが、幅は年々減少傾向にあるという。理由の一つには業者による海砂採取による砂の減少が考えられるとの話であった。図10に示すようにかつての堤防の上端まで砂で埋もれており、かつての海浜とは姿が変わってきているが、この堤防のおかげで背後の海浜林が守られているのも事実である。
図11 大岐津波避難タワー屋上部ヘリピックアップ場 図12 大岐津波避難タワー全景
海岸から400メートルほどの国道沿いに「大岐津波避難タワー(図11、12)」があり、今回タワー上部まで昇らせていただくことができた。津波到達予測時間(16分)までに避難が困難な区域として建設されたもので、屋上の緊急救助用スペースの高さが19m、避難スペースの地上高が16m。太陽光発電設備やトイレスペースが設置されており300人を収容可能である。
図13は大岐地区の津波ハザードマップである。地区(地区人口312人、174世帯)全体が浸水域と予想されている。
大岐地区の地域避難計画では、揺れが収まり次第、山側の避難路か津波タワーに避難することが求められており「原則として、津波の進入方向に避難してはいけません」としている。
大岐海岸はサーフィンのために観光客も滞在していることが想定され、避難タワーは海岸にいる地元以外の滞在者も利用が見込まれている。
図13 大岐海岸周辺のハザードマップ(大岐地区自主防災組織 and 土佐清水市 2018)。
なお、ソフト面とは別にバード面での支援としては建物の被害軽減対策に関しては市の援助がある。
表1 土佐清水市の被害軽減対策支援 (大岐地区自主防災組織・土佐清水市 2018)
視察3:土佐清水市中浜地区における自主活動
足摺半島の南端に位置する土佐清水市中浜地区で自主防災の活動を行う西川英治氏(中浜地区:区長)に地域の取組みの聞き取り調査をした。
中浜地区は人口525人281世帯の主に漁業従事者が多い地区である。高齢化が進み(独居世帯も多い)多くが年金生活者で勤労人口割合は3割程度。ただ船員年金を受けている人が多く(公務員と同レベル)生活は厳しくはない。10年後にはさらに少子高齢化が進み人口は350人ほどと予測がされており、児童数の減少から閉校が起こり市内の他の小学校へ通うような状況となっている。空き家も多いが(主に関西圏など都市域に出ている)家主が貸す意向がない。土佐清水市は空き家の解体に補助金を出すなどの支援をしているが、空き家は崩壊すると避難時の障害にもなり大きな問題でもある。
ただこのような国内で多くの自治体が抱える課題がありながら、本地区が特徴的なのは防災計画に基づき非常に高い防災意識と情報共有、地域連携があることである。
以下取組みを箇条書きで示す。
・月1回の広報で情報共有を促す。(例:工事箇所、避難情報)
・防災運動会など(訓練と銘打たず)意識低下を避ける取組みをする。隣の地区と合同で計画するなど隣接エリアとの連携も深める
・避難経路をきめておく。車いすの人は軽トラで移動させる担当の人が決まっている
・各自避難物資のストックを用意してもらい避難所に置いてもらう取組みをしている
中浜地区ではAから住宅地に入り、実際の避難路を低地から丘陵地側に昇った。
図14 中浜地区の衛星画像 A:海抜6m、B: 海抜22.5m、C:海抜30m
住宅地の背後には丘陵に上がる斜面が複数本存在し、避難路が設けてある。途中には夜間でも視界が確保できるようソーラーバッテリーによる照明を設置され、Cでは未だ被災リスクがあるためその先の避難所まで全地区民が避難することになっている。(その後避難登録)宮崎県および大分県の沖合日向灘で起こる日向灘地震経験者もいるが、床下浸水が2軒あったのみ。それも山からの水であり、海からの水は地形が急峻なので溜まらないという特徴がある。また土砂災害が起こりにくいという話であったが、これは砂礫質台地という地表に砂や小石が5メートル以上積もった地形で揺れにくい(表層地盤増幅率が小さいことから
(朝日新聞)ことに由来していると思われる。
足摺半島は昭和地震と同様、安政地震でも津波の被害がほとんどなかったといわれている。宿泊した以布利の流出はあったが、それより東の半島部は揺れが小さくて大過なかった。そして2度とも隆起している。(松岡 2016)
ジョン万次郎の生家がある地区でもあり、学びの精神が防災にも生かされている環境もあるとも感じた。土佐清水市は防災士育成を進めるために経済的支援も実施しているという。(土佐清水市危機管理課 2018)
視察4: 高知市の流域管理
高知市環境部山中氏による高知市の防災対策を伺ったのち以下2点の事例紹介を伺った。
1.NPO法人:土佐山アカデミーの中山間地の地域資源を活用した学びの取組み
2.地域小水力発電株式会社の鏡川流域の発電取組み(含:現地視察)
図15 高知市、NPO法人、株式会社とのミーティング
高知県高知市の最大津波高は最大24m, 浸水深1m以上最大2760㎡と発表されている。(南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ 2012)
土佐山は高知市北部の山間地で上記の津波リスクとは無縁のエリアであるが、有事の際には避難者を受け入れる里山として機能が期待されている。
土佐山に源を発する「鏡川」は源流域から河口までが高知市域に入る二級河川で、その名の通り姿が写りこむ鏡のような清流であることから名がついた。延長31km,流域面積170平方キロメートルで河口部に高知市の市街地が位置し、河口付近は海抜0メートル地帯が広がっている。降雨・津波により長期浸水が予想されているという特徴があり、傾斜もないため水が引きにくい。長期浸水予想エリアは図16中央部に示される湾の西側。緑色のグラデーションは傾斜を示している。
図16 防災対策避難路等整備状況(高知市環境政策課提供)
同日は津波想定エリアに移動し、浦戸湾に面したノツゴ山という里山を「梶ヶ浦防災会」と「こうち森林救援隊」の方々に案内いただいた。この山は地権者からの許可をうけ、竹林整備と津波避難路が整備され、周辺住民が津波から避難できる場所として機能している。平時は誰でも入山することができ、筍掘りや自然を愉しむ場としても使われており、高知市・地権者・市民などが横断的に維持管理をしている好事例である。地図中赤線は歩行ルート。
図17 裏戸湾に面したノツゴ山地区
高知市は、 南海トラフ地震への備えをはじめとする防災対策への参考のために、2008年に防災意識調査を実施し、結果が公開している(高知市 2016)。対象4地区、下知(しもぢ)、江ノ口(えのぐち)、潮江(うしおえ)、高須(たかす)の位置は以下の(図18)に示す通り。
今回の視察地の住民意識を知るために、本アンケートの内容を参照した。
図18 アンケート調査の対象とした4地区の位置
本アンケ―ト内に「南海トラフ地震の長期浸水被害」についての設問がある。(問22)
長期浸水被害を認知しているかとの問いに「はい」とする回答が 57.4%「いいえ」が 40.9%。回答者がエリア内かどうかの認知に関しては77.8%がエリア内だと認知していた。
潮江は長期浸水が想定されていると聞いている。つまり避難ビルに逃げても救助が来ないのである。自由回答には以下のような言及もある。つまり脆弱性やリスクを認識しているのだが、具体的に対策を講じられていない住民が多くいるのである。
以下の下知地区も過去の昭和南海地震で浸水を経験している記録がある。
図19 昭和南海地震の被災状況(高知市下知地区)(都司嘉宣 2012) p.308
安政南海地震(安政元、1854年)の記録に「旧新市町で即死者が集中した」という記録がある。理由は、おそらく局地的に地盤が軟弱であったため」とあり、現在の地図では「新掘小学校の敷地」に相当する(都司嘉宣 2012)。ここは潮江地区内に含まれ、長期浸水想定区域である。
(問42)地域の自主防災活動については「知らない」とする回答が 58.3%と最も高く、次いで「ある」の 32.5%となっており、地域の自主防災組織の認知度は低いことがうかがえる。県内の中心市街地でもある高知市は転出入の移動も多く、自主防災組織への参画度合いや期待は決して高くない。
更に「避難タワーが低い」、「海に向かって逃げたくない」、「自助組織に期待できない」、「諦め」、「高台移転のリスクもある」、「自主避難できない」、「行政たのみ」といったキーワードも多く、具体的行動へのハードルは高いと感じている。
参加者所感
メンバーが実際に現地を視察し、議論を深め、津波リスクがどう地域と関わってくるのかが面的に(距離感も伴って)理解することができた。過去の災害まで遡ると土地により被害履歴は地形条件により全く異なり、その後の土地利用変遷も異なるので個別の特徴を持つ事例を見られたことはとても有意義であった。
地方でリスクに向き合う際、避けて通れないのが高齢化や予算不足という社会的な課題であることも実感した。理論的には効果が見込める施策も現実味がなければ実装可能性が低い。そのために特定的にでも受益量やコストを見積もり、効用を今後示す必要性もあると感じている。
引用文献
一ノ瀬友博 (2018) 人口減少時代の自然災害に生態系減災で備える|特集|三田評論ONLINE. In: 三田評論. https://www.mita-hyoron.keio.ac.jp/features/2018/03-3.html. Accessed 5 Feb 2019
南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ (2012). In: 防災情報のページ - 内閣府. http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/nankaitrough_info.html. Accessed 4 Feb 2019
国土交通省 (2016) 洪水浸水想定・洪水ハザードマップ公表状況. http://www.mlit.go.jp/river/bousai/main/saigai/tisiki/syozaiti/. Accessed 5 Feb 2019
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政府 地震調査研究推進本部 日向灘. In: 地震調査研究推進本部. https://www.jishin.go.jp/main/yosokuchizu/kaiko/k27_hyuganada.htm. Accessed 4 Feb 2019
朝日新聞 揺れやすい地盤 災害大国 迫る危機:朝日新聞デジタル. In: 朝日新聞デジタル. http://www.asahi.com/special/saigai_jiban/. Accessed 5 Feb 2019
木村昌三 (2002) 南海地震の碑を訪ねて 石碑・古文書に残る津波の恐怖. 毎日新聞神戸支局
松岡司 (2016) 南海地震と災害をたどる ―残された教訓―. 高知柏ライオンズクラブ
浅野敏之, 松元千加子, 永野彩佳 (2009) 津波防災施設としてのわが国海岸林の機能評価に関する研究. 土木学会論文集 B2 海岸工学 65:1311–1315
環境省自然環境局, 日本ウミガメ協議会 (2007) ウミガメ保護ハンドブック. http://www.env.go.jp/nature/kisho/guideline/SeaTurtle_Handbook.pdf. Accessed 5 Feb 2019
都司嘉宣 (2012) 歴史地震の話,∼ 語り継がれた南海地震∼, 高知新聞企業出版調査部, 308p
間城龍男 (1983) 南海地震津波ー土佐ー. 土佐津波の会
高知市 (2016) 高知市防災意識調査 調査結果報告書. http://www.city.kochi.kochi.jp/uploaded/attachment/48940.pdf. Accessed 5 Feb 2019
高知県 (2013) 【高知県版】南海トラフ巨大地震による被害想定について | 高知県庁ホームページ. http://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/010201/higaisoutei-2013.html. Accessed 4 Feb 2019