2007年度 森泰吉郎記念研究振興基金
研究者育成費(博士課程)
「社会的排除から包摂への実践的取り組みに関する研究」
研究報告書
伊藤裕一(慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程)
1.はじめに
本研究は、若年の雇用・労働のあり方そして失業問題を社会的排除から包摂へという新しい視点により位置づけることを目的としている。そしてその世代のエンプロイヤビリティの向上機会の確保というミクロ的な政策、具体的には企業や教育機関、公的機関による人材育成、人材管理、キャリアカウンセリングやキャリア形成支援などを、社会的包摂を可能にする実践的な取り組みとしてまとめる。
研究は複数の自律した研究者の協同によるプロジェクト方式をとり、定期的な研究発表会を開催し、成果をまとめる。成果のとりまとめとしては、各研究者の分担部分を学会発表や論文投稿として行うとともに、最終報告書を作成し、理想的には出版助成などに再度応募することで、編集書籍としての出版を目標としている。
2.研究の背景
 社会的排除の概念は、1974年フランスの当時社会事業担当大臣であったルノワールによる「排除された人々」という論稿によって提示された。貧困者のみならず、精神・身体障害者や自殺志願者、高齢者、若年ドラッグ中毒者、アルコール中毒者などを例とした社会的逸脱者が、「排除された人々」として挙げられた。1980年以降オイルショック後の経済は全体でみれば回復基調にあったが、その反面で豊かな社会における「新しい貧困(New Poverty)」問題としてパリ郊外に定着しつつある状況が次第に明らかになった。これは、従来の意味での所得面での貧困は、社会給付や社会保護により根絶されたとしても、労働市場上の地位や教育、居住地域など多様な面において不利益な状況が生じている、との理解から生まれた考え方である。
日本においては、90年代以降、失業率の上昇がみられるが、2000年に入ってからの失業の急増は、若年層の非自発的失業の増加が大きく寄与している。従来の知見では、若年層は自発的な離職が多く、産業構造の転換に伴う摩擦的な失業であったので、失業期間も短くあまり大きな問題ではないと考えられてきた。それに対し現実に観察された事象は、仕事とのつながりをなくした若年層は、その結果コミュニティとのつながりを失い、結果として非労働力化(=ニート)や引きこもりなどという現象がみられた。重要な点は、本人たちの勤務意欲いかんに関わらず、本人のコントロールできない要因(家庭環境や景気環境)によって新卒採用の機会を逸した層は、企業内教育訓練を中心としてきた日本型キャリアパスの中では、取り残された層となり失業の長期化とそれに伴う多様な問題の深刻化を生み出してしまう。
このような社会的排除の問題の解決は、社会的包摂を可能にする条件を整えることである。日本の若年失業問題は、その点からいえば、雇用につくこと、適切なキャリア形成を継続的に行っていくことがスタート地点であるといえる。その意味では個々人のエンプロイヤビリティの向上機会を確保する必要がある。従来は企業内の訓練によって能力向上とそれに伴う年功賃金が前提とされていたが、雇用が多様化・流動化している現状においてはそのような勤務形態と職業能力向上の機会の組み合わせは必ずしも所与のものとはいえない。
そのようにエンプロイヤビリティを社会的排除の視点から考察すると、従来のような狭義の職業能力開発にはとどまらない。従って本研究においては、企業や教育機関、公的機関による人材育成、人材管理、キャリアカウンセリングやキャリア形成支援などを、社会的包摂を可能にする実践的な取り組みとしてまとめる。
3.研究の内容
開始されて2年が経過しようとしている若者サポートステーションの現状はどのようになっているのだろうか。また、その問題の改善を行い、より良い若年無業者の求職支援を行っていくためにはどのようにすればよいのであろうか。それが本研究の問題意識である。
まず着目したのは、若年無業者の就労支援として、どのような施策が実施され、各地域のサポートステーションではどのような工夫がなされているのか、という点である。キャリアカウンセリングや心理カウンセリング、就労体験、といった大枠は示されているが、具体的にどのようなことをどのような順序で行っているのか、といった点については各サポートステーションの創意工夫に任されている。本研究においては、まず支援の全体像を明らかにし、若年無業者がどのようなプロセスで就労に向かっていくのか、という道筋のパターン化を試みる。
また、各サポートステーションがそれぞれ特徴的な支援を行っている場合、それはどのような理由で、独自の支援を行っているのであろうか。あまりに各地域に差がある場合、全国的に運営している施策として問題があったり、そもそも場所によっては支援がうまく機能していなかったりするサポートステーションがあるのではないだろうか、という疑問が生じてくる。
本研究においては、このような問題意識から、まず来所者の属性についてまとめた後、各サポートステーションにおける支援施策の全体像を明らかにする。その後全体像と照らし合わせた上で、各サポートステーションの支援の特徴から類型化を行う。
4.研究手法
まずは、来所者の特徴について把握するため、報告書のまとめを行った。その後各地域のサポートステーションに訪問し、以下のようにインタビュー調査を行った。
表 1 若者サポートステーション訪問調査日程
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     日程  | 
    
     場所  | 
    
     名称  | 
    
     運営母体  | 
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     2007年  | 
    
     9月4日  | 
    
     山口県防府市  | 
    
     防府市若者SS  | 
    
     特定非営利活動法人 コミュニティ友志会  | 
  
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     9月6日  | 
    
     岡山県岡山市  | 
    
     おかやま若者SS  | 
    
     特定非営利活動法人 リスタート  | 
  
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     9月17日  | 
    
     長崎県長崎市  | 
    
     長崎若者SS  | 
    
     若者自立支援長崎ネットワーク株式会社  | 
  
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     9月19日  | 
    
     福岡県福岡市  | 
    
     福岡県若者SS  | 
    
     NPO法人 九州キャリア・コンサルタント協会  | 
  
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     9月19日  | 
    
     佐賀県佐賀市  | 
    
     さが若者SS  | 
    
     NPO法人 NPOスチューデント・サポート・フェイス  | 
  
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     9月21日  | 
    
     大分県大分市  | 
    
     おおいた地域若者SS  | 
    
     株式会社ベンチャーラボ  | 
  
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     11月7日  | 
    
     岩手県盛岡市  | 
    
     盛岡地域若者就業SS  | 
    
     NPO法人 いわてNPOセンター  | 
  
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        | 
    
     11月8日  | 
    
     宮城県仙台市  | 
    
     せんだい若者SS  | 
    
     特定非営利活動法人 わたげの会  | 
  
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     11月8日  | 
    
     宮城県大崎市  | 
    
     みやぎ北若者SS  | 
    
     企業組合労協センター事業団  | 
  
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     11月9日  | 
    
     青森県青森市  | 
    
     青森県若者SS  | 
    
     財団法人 21あおもり産業総合支援センター  | 
  
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     11月12日  | 
    
     山形県酒田市  | 
    
     庄内地域若者SS  | 
    
     山形県中小企業団体中央会  | 
  
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     11月19日  | 
    
     香川県高松市  | 
    
     かがわ若者SS  | 
    
     株式会社 穴吹カレッジサービス  | 
  
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     11月20日  | 
    
     愛媛県松山市  | 
    
     えひめ若者SS  | 
    
     イヨテツケーターサービス株式会社  | 
  
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     11月22日  | 
    
     高知県高知市  | 
    
     こうち若者SS  | 
    
     社会福祉法人 高知県社会福祉協議会  | 
  
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        | 
    
     11月22日  | 
    
     徳島県徳島市  | 
    
     徳島県若者SS  | 
    
     社団法人 徳島県労働者福祉協議会  | 
  
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     2008年  | 
    
     2月21日  | 
    
     広島県広島市  | 
    
     広島地域若者SS  | 
    
     特定非営利活動法人 中国キャリアコンサルタント研究会  | 
  
インタビューの対象者は、各サポートステーションの代表者や責任者の方で、実際に来所者にも対応されている方たちであった。また多くの場合そのサポートステーションでキャリアカウンセラーとして来所者の支援を行っている方からも話を伺った。臨床心理士については、非常勤で勤務をしているというサポートステーションが多く、実際に話が伺えたのは限られたサポートステーションのみであった。
インタビューは各施設内で行われた。ほぼ1時間から2時間の間かけて質問項目を事前に定めた半構造化面接を実施した。内容は、サポートステーションを受託するに至った経緯、来所者の状況や支援の具体的な内容、地域内のネットワークについて、スタッフの勤務状況、運営や若年者支援について困難を感じている点である。また、サポートステーションの立地や設備の状況については、それぞれのサポートステーションにおいて大きな差異があったので、適宜質問を行った。
5.研究成果
本基金に基づいて行われた研究成果は、以下の数本の論文にまとめられるとともに、韓国での国際学会での発表となった。
論文
国際学会発表
以上