企業間での経験則的な技術の共有における誘因の探究

-技術セミナーの事例研究-

 

竹本健太郎

慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科

政策形成とソーシャル・イノベーション専攻

 

 

本研究の主題は、国内企業間での「経験則的な技術」の共有への誘因を、共有する側の企業内技術者の視点から探究することである。経験則的な技術とは「技術者が実務経験に基づいて体系化した目的達成のための形式知」であり、本研究では主に電機・化学・医薬品業界の研究・開発・製造部門を対象にしている。

 

図:経験則的な技術とは

経験則的な技術が企業間で共有されれば、業界全体の実務的な技術力底上げや効率化が望める。本研究の目的は、従来の企業内の枠を越え、企業間での経験則的な技術の共有が必要と考え仕組み作りに関わる組織・技術者にとって、誘因の提示という側面で有意義な示唆を与えることである。

本研究では、企業間での経験則的な技術の共有が行われている場として、企業内技術者である講演者と受講者が技術を共有する場を第三者の立場で営利活動として提供している、技術セミナーを調査対象とした。

 

 

 

そこで、約5,000社と取引し最大規模かつ22年間継続している㈱T社が運営する技術セミナーを事例とし、105名の企業内技術者からのアンケート回答におけるデータ・記述内容、インタビュー調査、及びウェブ調査による分析を行った。

 

まず、技術セミナーを経験則的な技術が共有されている場として研究することの妥当性を4つの調査方法で分析した結果、「技術セミナーでは、学会と比較して経験則的な技術が共有されている」ことが裏付けられた。そして、特に医薬品業界、また、専門分野での従事年数が19年目頃までの技術者にとって技術セミナーの果たす役割が特に大きいことがわかった。以上からの示唆として、技術の伝播ルートに着目すると、技術セミナーは学会を補完する役割を果たしていることが明らかになった。

 

■図:得られた知見①

 

次に、企業内技術者にとっての技術セミナーでの講演(=経験則的な技術の共有)への誘因を分析した。先行研究と実態調査により仮説として導出した14の動機を動機・動機外に分類し、そして、実際に講演することで得られている「動機を満たすリターン」誘因と捉えた。その結果、電機・化学・医薬品業界共通の誘因は、他技術者の悩み解決、経験整理、スキルアップ、企業PR、評判獲得というリターンだった。そして、化学業界に特徴的な誘因は技術提携先獲得と取引先獲得という「企業間の相互作用による企業利益」、医薬品業界に特徴的な誘因は業界の技術力底上げと業界発展の新しい動きという「技術者間の相互作用による業界貢献」というリターンだった電機業界では両方のバランスが取られていることがわかった。

 

所属企業の視点からは、自社技術者が講演し他企業へ経験則的な技術を開示することで、参加した技術者間で相互作用が発生し、それを基盤として共同研究や商談等の企業利益が導かれていることが明らかになった。つまり、「経験則的な技術の開示→企業としての顔を持つ技術者間の相互作用の発生→企業利益」という企業にとってのリターンが生まれる道筋が示唆された。

 

■図:得られた知見

 

本研究のまとめ: 学会では満たされていないニーズを補完しているのが技術セミナーであり、そのニーズとは、「経験則的な技術を企業間で共有する場」である。その技術セミナーでは参加した技術者間の相互作用を基盤として、リターンが生まれている。それらのリターンは、企業にとっても、企業内技術者にとっても、誘因となり得ている。

以 上