2011年度森泰吉郎記念研究振興基金 研究助成金申請書活動報告
政策・メディア研究科修士2年 馬場葉子
学生番号: 81025245
e-mail: yokobb@sfc.keio.ac.jp
概要
2011年度研究活動
1.研究題目
2.研究目的
3.調査／分析手順
4.本研究の結論
1.研究題目
「習い事」におけるコミュニケーション構造と過程に関する研究—ピアノ教室を事例としてー
2.研究目的
本研究は、経験学習のひとつである「習い事」における、コミュニケーションプロセスと構造がどのように記述でき、観察可能であるかを調査することで、解釈・意味付けを行う。
ピアノ教室を事例として、レッスンの中での専門家と学習者のコミュニケーションプロセスを構造化する。さらに、習い事における専門家の役割がどのように生起するのかを、プロセスの特性とともに分析する。
その調査手法として、ビデオデータを活用し専門家と学習者の相互作用を、ピアノ教室での特性である変数を抽出し、タイムライン上にコーディングし構造化する。
Schön、Katoの省察的行為の構造という概念枠を参照し、ピアノ教室における専門家がどのように行為の中の省察を行いながら、レッスンを組み立てていくのか、省察行為のパターンを抽出し考察する。
本研究の目的は、記述困難とされる専門家の指導方法やピアノを介しての専門家と学習者のやりとりを可視化し、コミュニケーションプロセスと構造の一例を提示することで、経験学習におけるコミュニケーション・デザインの一助を目指すものである。
3.調査／分析手順
まず、ピアノ教室でのフィールドワークを通じて、ピアノ教室でのプロセスと構造を記述するために必要な変数を設定した。そして、一年間のフィールドワークより得られたビデオデータ3本の中から、サンプルとして使用する課題曲6曲（初期2曲、中期2曲、後期2曲）を選定した。さらに、課題曲のレッスンプロセスの特性を明らかにするために場面分けを行った。
これら抽出したデータを、課題曲ごとにタイムライン上にマッピングしたコーディング結果をまとめた。さらに、課題曲6曲のレッスンプロセスを記述した。
続いて分析データをもとに、�@場面ごとの特性を時間の経過とともに変化するレッスン構造として、専門家の発話と手のアクションが場面ごとにどのような役割を果たしているのかを分析した。�A専門家の学習者からの距離が、レッスンプロセスでどのような役割を果たすのか場面ごとに分析した。�B専門家がどのような省察行為を行っているのか、学習者からの距離、近い／遠いの2フェーズで、発話と手のアクションの2軸を設け、場面ごとに専門家の省察行為を分析した。�C省察行為がどのように生起したのか、Schön、Katoのフレームを元に分析した結果、3パターンの専門家の省察行為を得られた。さらに、各レッスンが上手く行ったとき、失敗したとき、どのような省察行為があったか整理した。
4.本研究の結論
本研究では、我々の日常にある経験学習「習い事」のひとつであるピアノ教室を事例に、子どものレッスン模様をフィールドワークすることで、その場での専門家と学習者のやりとりから、「習い事」の場がコミュニケーションによって成り立つ相互作用の場であることを明らかにした。
本研究の目的を、以下の3点に焦点をあてることとしたので、本説ではこれらをふまえ、研究の意義と成果について述べる。
1)「習い事」を相互作用の場として捉え、構造化し理解する。
2)専門家の指導方法を、省察的行為という概念で説明する。
3)経験学習を理解する方法として、ビデオデータを活用した調査方法を提示する。
まず1)に対して、本研究では、その分析手法としてビデオデータを活用することを選択し、ピアノ教室におけるコミュニケーション構造を記述するための変数を抽出した。ピアノ教室を可視化するための特性は、ピアノからの音の発生、専門家と学習者それぞれの発話、手のアクション、学習者またはピアノからの距離、移動とし、発話、手のアクションについては、さらにその内容の変数を設定し、2者間のやりとりを相互構成的にタイムライン上にマッピングした。
2)では、1)でのピアノ教室での構造化から、専門家の学習者からの距離とレッスンへの介入という点に着目し、省察的行為という概念で専門家の指導方法の説明を試みた。専門家の省察行為は成功したとき、レッスンでの課題は達成できたといえる。また、課題曲一つひとつを捉えるのではなく、レッスン全体として、さらには中長期的な課題の達成を目指して、専門家は省察行為をおこなっていることが明らかになった。さらに、省察行為が失敗したときでも、課題の設定と学習者のレベルによって、達成できることもあり、また学習者のレッスンに対する積極的かつ能動的な姿勢がみられないとき、レッスンでの課題が未達成に終わるといえる。
3)においては、経験学習という実践におけるプロセスと構造の理解において、ビデオデータをくり返し観察すること、一秒ごとに変数をマッピングすることで、微細なやりとりの記述をすることが可能となった。とくに身体や道具を使うレッスンプロセスにおいては、会話分析では分析不可能な特性を記述することができた。本研究では、特に専門家の学習者からの距離と指導方法になんらかの関係性があるのではないかという気づきから、プロセスへの介入とその際に生起する省察行為に着目することが可能となった。
以上のように、本研究の意義は、記述困難とされる専門家の指導方法やピアノを介しての専門家と学習者のやりとりを可視化し、コミュニケーションプロセスと構造の一例を提示することで、経験学習におけるコミュニケーション・デザインの視座を提示したといえる。
近年、コミュニケーションにおける成果や結果に着目した研究は多々あるが、本研究で取り上げた「習い事」教室の事例は一例ではあるが、個別具体的なプロセスに着目することで、経験学習におけるプロセスと構造を解釈・意味付けすることを試みた。本研究がいまだ発展途上であるコミュニケーションプロセスにおける事例研究の一助となることを期待する。