デジタルファブリケーションによる凸版画印刷に関する研究:
制作支援ソフトウェア「IPBP」の開発とワークショップの実践を通じて
Mikiya
Sasaki / Hiroya Tanaka Lab. M2
■概要
凸版画印刷技術を、現代のデジタルファブリケーション環境下で活用可能な技術としてとらえ、その表現可能性、および発展性を探索する。本研究では、デジタル画像から、凸版画印刷用版面を生成するための画像2値化ソフトウェアの開発をおこない、それを利用して制作をおこなう。
■背景
印刷技術は現在、個人においてはDTP(Desk
Top Publishing)によるデジタル製版と、ノンインパクト方式プリンタによる出力の組み合わせ、大量印刷においてはDTP製版と平版オフセット印刷が主流となっている。これらは手軽、速い、高精細、均質などの魅力がある一方、印刷物が画一的になり、個性に欠けるという問題がある。
■先行プロジェクト
近年、デジタルファブリケーションの膾炙によって、使われなくなった「枯れた」技術を再び取り上げ、現在の文脈で捉え直すことで新たな発見や表現を探索するという志向が少なくない。本研究もその立場に立脚している。本研究と文脈を共有するものとしては、レーザー彫刻を利用して、mp3音声データを樹脂に焼き付け、アナログレコードを制作する「レーザーレコード」の城一裕、CNCマシンを利用して木版画を制作するアーティスト、Mike Lyonなどがいる。
(左)(右) Mike Lyon ‘Hannya’
■目的
現在のデジタルファブリケーション環境下における凸版画の印刷、という体験を探求する。換言すれば、凸版画印刷に、デジタルファブリケーション特有の計算可能性、複雑性、高速性を付与することで、従来のメジャーな印刷である平版オフセット、NIP等に対するオルタナティヴとして凸版印刷を定義する。
■調査
本研究は主に2つの調査を並行して行ってきた。以下に示す。
1.印刷史(紙)、版画史、写真史等の文献調査
2.凸版画版面制作の実践的研究
1に関しては、『日本印刷技術史』『印刷文化論』『世界版画史』等を参考文献とした。1をふまえ、凸版版面の制作を通じての検証が2である。
調査2に関して制作した作品例
これまでの調査によって得られたものの例として、「浮世絵に代表される、スクリーニングを利用しないベタの多色摺り」「本研究特有の表現となりうる、離散的なマチエール」などがある。
そのなかでも特に、「ファブリケーションの物理的要件を入力として与え、ソフトウェア上でシミュレートする」という点が重要となる。デジタルファブリケーション環境の進歩によって、CADからファブリケーションまでのプロセスは従来の一方通行(CAD→CAM→FAB)から相互通行へと拓けた。つまり、FAB上で生じる制約条件を事前に入力し、制約条件内での解を探索するということである。
■多色摺りに対応した凸版画版面制作ソフトウェア
上記によって得られたものを要件として、最終制作のソフトウェアを開発した。
ソフトウェアのイメージ
このソフトウェアはデジタルカメラなどで撮影したビットマップ画像1データから、1色1版に分割した製版データを生成する。入力としてビットマップ画像、そして実際の印刷をする際に使用したい色を与えると、重ね摺りをおこなった際に予想される完成図のシミュレーション結果を返す。そのため、利用者は気に入った絵面になるまで何度も試行しながら版面の設計をおこなうことが可能である。
版面用のデータは2値の画像データ(1版につき1データ)として出力される。ゆえに、減算系のCNC工作機器(レーザー彫刻機、CNCルータなど)にて容易に彫刻することが可能である。
(左上)4色版(右上)入力画像と重ね摺り結果
(下)4色を別々に摺刷したもの
■検証
ワークショップによる検証をおこなった。2012年12月13日と同月20日、13年1月30日に,慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスにておこなった.参加者は20代の9人の男女である。
得られた意見
目立った点としては、1枚の紙に摺りを重ねていくことの難しさが挙げられた。版画の摺刷に不慣れな参加者にとって、見当用の治具を利用しても,ズレが生じる事例がみられた。また,絵具と水溶き糊のバランスによっては印刷時の絵具の乗り具合が調整しづらく、水っぽくなってしまったり、反対に絵具が固すぎて乗りきらなかったりという事例もみられた。
また、切り出した後の版面は判別しづらく、どの版がどの色に対応して彫刻されているのかを区別するのが難しいという点がみられた.なお,彫刻終了時すぐに対応する名を記述することで対応した。
凸版画の製作プロセス自体については,いずれの参加者からも「けっこう手間がかかる」という声があった。続いて無版印刷などの印刷に対して手軽さ、精細さを再確認をするという意見があり,自分で印刷をおこなうことによって,印刷技術への関心を高めたという声もあった.
■考察
IPBPでは、入力をデジタル画像にしたために特有の事例が生じていると考える。参加者は、入力画像に対して各々、異なった視点から印刷をおこなっていた。入力画像を再現しようと、色を合わせる参加者、画像にうつる対象の、質感を表現しようと試みるもの、あるいは3画像から得た感情を表現しようとしたもの、画像とは異なる表情をあらわそうとするものが認められた。