2016年度SFC研究所プロジェクト補助費報告書
プロジェクト名:アフリカにおける日本と協働型アントレプレナー育成プログラムモデルに関する研究-コンゴ民主共和国を事例に-
研究代表者:環境情報学部 准教授 長谷部葉子
(研究背景)
2016年3月より、本プロジェクトでは、教育の分野からの日本と協働型のアントレプレナー育成プログラムづくりの実践的研究に取り組んでいます。本プロジェクトは2007年にコンゴ民主共和国首都キンシャサ郊外に小学校を建設・運営するプロジェクトから始まりました。10年を経た今、教育プログラムから発信する、アントレプレナーの育成が、学歴があっても就職が保証されないコンゴ民主共和国の国情を踏まえると急務です。
(成果報告)
コンゴ民主共和国国内では、アントレプレナー育成に先駆けて、ソーシャルトランスフォーメーションの実現に向けてのセミナーやワークショップが広く開催され、私立プロテスタント大学大学院では、フランス語圏のアフリカ諸国初のソーシャルトランスフォーメーションコースが2015年に開設されました。教育分野での日本との協働型ソーシャルトランスフォーメーション実践のモデルづくりとして、2016年3月に長谷部にソーシャルトランスフォーメーションコースでの1週間の集中講座の要請がありました。そこで教育におけるモノづくりの一例として、その集中講座の一環でチョークづくりを紹介し、実際に日本との協働プロジェクトでチョークづくりを導入し、ビジネス化している小学校へフィールドワークに出かけ、現地調査をした結果、大学院生それぞれの地域における教育からの日本と協働型のソーシャルトランスフォーメーション案の策定までを行い、優秀プロジェクト案を表彰しました。その結果勢いを得た大学院履修者の中から様々なプロジェクト案と予算計画が提出され、実現可能性について議論が生まれ、具体的な実践に向けての環境が整いました。この春のコースの受講者から、さらなる日本との協働型プログラムの実施への要望が高まり、UPCからの要望に応え、夏に同テーマでの4日間のシンポジウムの開催が決まりました。
それに伴い、大学院生から提案された、一つ一つの地域でのプロジェクト案を検討する中で、塾員で認定NPOあすなろの会の吉田貞之氏から、日本古来から伝わる上総掘り井戸の技術を水道設備のない、経済力のない集落に普及させたらどうかとのご提案がありました。実際に吉田氏は、以前に上総掘り井戸づくりの技術をアフリカ地域で実践した経験のある技術者から指導を受け、日本の成田地域で実験的に上総掘りの井戸を掘っていました。技術としては、ノウハウを覚えてしまえば、女性や子どもでもそれほど力をかけずに着実に掘り進めることができ、忍耐強く地域でチームをつくって取り組むことで、成功した暁には、水が得られるばかりではなく、地域の結束も強まるという狙いの元、経済力のない地域に水インフラを普及させるもので、この発想は、上記UPCの大学院生に大いに共感を呼び、2016年夏の上総掘り井戸のフィールドワークプログラムが出来上がり、履修者が20名集まり、コンゴ民主共和国大学院初の2週間にわたるフィールドワークプログラムの実施が決定しました。
2007年からコンゴ民主共和国を例年訪れ、教育分野での建築・教育・医療の協働プロジェクトを実践的に実施してきましたが、地域のインフラ環境を整える上総掘り井戸の技術を紹介し、普及させるという取り組みは、初めてで、学校を中心とした教育分野での取り組みとは大きく現地の認識も日本側の認識も食い違いが生じました。
まず、第一にコンゴ人の参加者の認識にある日本の存在は、ODA事業に限定されたイメージであり、まずプロジェクト実施に際しての予算策定が、想像を絶する額に膨れ上がり、まず本プロジェクトがODAのような政府単位のものではなく、草の根規模での取り組みであり、それだからこそ、経済力のない多くの地域での普及が可能であり、さらに地域の生活環境の向上に即効性があるということを理解してもらうまでの過程に大きな困難が伴いました。また作業器具の受け入れ先、またその船便輸送にも多大な困難が伴いました。作業器具の受け入れ先を私立プロテスタント大学の担当教員にしたのですが、日本からの積み荷ということで、骨董品と勘違いされ膨大な課税をされたり、不必要な輸送費を課せられたり、コンゴ側の日本への思い込みの過大評価と経済的な期待が、全てのフィールドワーク計画の前段階に大きな躓きをもたらし、日々様々な輸送費用が加算され、予定されていた2週間のフィールドワーク期間が残すところ4日間になったところで、やっと作業機材が届くというありさまでした。
その後の作業も、さまざまな作業工程への価値観の食い違いが度重なり、日数も限られた中で作業は一進一退で、井戸が水を掘り当てる前に、期限切れ、またさらに井戸掘りのポンプが些細な作業ミスから井戸にはまり、掘り進められなくなり、新たな井戸をまた1から掘り始める事態に陥り、コンゴ人と日本人のコミュニケーションは合意に至るどころか、価値観の相違に折り合いがつかず暗礁に乗り上げました。
今回の上総掘りのフィールドワーク以前の実践的研究の取り組みでは、無理のない関係性構築を最優先に心がけ、生活を共にするところから生まれる共感性に基づいて、協働体制を構築してきたため、今回のような異言語異文化理解の困難にぶつかることはありませんでした。フランス語、リンガラ語、日本語、英語すべての言語において不十分な言語能力での予測に基づいた厳密な作業工程の共有は困難を極め、関係者の全てが疲弊し、関係性は見事にいたるところで決裂しました。
こう述べてくると最悪の事態に陥ったプロジェクトのように見受けられますが、今までになかった取り組みだったことが幸いして、決裂した関係者全員が何とか結果にこぎつけようと、秋を迎え、冷静に状況把握の調査に努め、コンゴはコンゴ側で、日本は日本側で、より効率的で、リスクの少ない上総掘り技術の開発に余念なく取り組みました。井戸というモノづくり技術は、人間のコミュニケーションの決裂にまさり、結果的にコンゴ側では場所を変えて大学の構内で上総掘りの井戸堀に挑戦し、水を得ることが出来ました。また日本側でもさらに上総掘り井戸の技術の改善に取り組み続けており、技術を介しての対話と将来に向けての検討が決裂した関係者間で生まれるに至り、新たな合意形成が無理のないカタチでまとまりつつあります。
政府単位のプロジェクトは、そのプロジェクトを円滑に進めるために、経済力で異言語異文化理解の困難さを補いプロジェクトを先に進めます。ところが、今回のように大学及び大学関係者との草の根レベルのプロジェクトでは、異言語異文化理解の困難さを埋めるのは経済力ではなく、実際のコミュニケーションであり、そこで生じる喜怒哀楽にあふれた異文化間接触と衝突です。それを経験しながらもプロジェクトを進める根気があるかどうか、そこにその先の可能性が100%左右されます。今回の上総掘り井戸の実践的研究の取り組みは、まさにアフリカに於ける日本と協働型のアントレプレナー育成のプロセスとして必要不可欠な研究課題であったといえます。現在、コンゴ側も日本側も2017年夏のフィールドワークでの再挑戦に向けて、それぞれの立ち位置からの準備とその共有を始めたところです。2016年夏の終わりには、風前の灯火のような状態にあった上総掘りの井戸プロジェクトが、今では勢いを増し、夏の再挑戦に向けて、いかに実績となる結果につなげるのか、異言語異文化の壁はそのまま維持しながらの協働実現への道を手探りで進んでいます。
1年後には、技術移転とその普及、定着までのプロセスに関する論文が良い結果と共に完成する予定です。最近ではシルバーボランティア制度が盛んですが、その素晴らしさと難しさの両方の側面を実践的な研究報告としてまとめられる貴重な機会となりました。これからアフリカ諸国と日本間で今回のようなODAとは異なる草の根規模での協働プロジェクトが増えてくるものと予想されます。その際の相互理解、異文化間衝突の先を見越した関係性構築のプロジェクトスキームとその実現に向けての協働へのプロセスに関する研究として、導入課程、共感に基づく普及過程、自立的な発展過程の3つのプロセスに焦点を絞った3年計画のアフリカに於ける日本と協働型のアントレプレナー育成を引き続き実施していく所存です。今回の補助により、このような機会をいただけたことに心より感謝し成果報告とさせていただきます。
まだプロジェクトが発展途上であることと、各関係者の現在の心情を考慮して画像は控えさせていただきます。
文責 研究代表者 環境情報学部 准教授 長谷部葉子