森基金研究成果報告書

研究テーマ:「大道芸」による賑わいや交流のある街づくり方策

政策・メディア研究科 修士課程1年
丑山佐枝子
学籍番号(80524286)

1.研究概要2.調査内容3.調査から得られた知見4.今後の展望5.参考文献

1.研究概要

本研究の大きな課題は,「大道芸」を通して,賑わいや交流のある日常的な時間と空間を生み出す装置となる街の創造に向け,その成果と役割について分析を行うことである. 研究を進めるにあたり,注目している点は,以下の2点である.

@2002年度から東京都が始めた大道芸人やミュージシャンらに公共空間*注1での活動を認める資格試験である「ヘブンアーティスト」制度*注2の在り方を検証し,その改善策を行政(東京都生活文化局ヘブンアーティスト課)に提言することで,今後の日本社会における地域や都市の活性化に最適な「大道芸」*注3の活用法と運営法を導き出す.

A「大道芸」が本来持つ魅力や利点を探る.そしてそれらをどのように活かすと,賑わいや交流のある街が創造できるのか,分析する.


◎ 用語の定義 ◎
*注1
公共空間…公園,道路,駅前,広場,商店街,アーケード,寺社など
*注2
ヘブンズアーティスト制度…大道芸人やミュージシャンらに公共の場での活動を認める資格制度のこと.公開オーディションを行い,合格者には東京都からライセンスが発行され,都内の公園や都営地下鉄の駅構内といった公共空間での活動が可能になる.この制度は,アーティストたちに自己表現の場を提供し,また文化振興にもつながることを目的としている.2002年度,東京都により制定された.
*注3
大道芸…自然発生している文化・芸術的な表現活動・芸能活動を指し,代価を要求するか否かについては特に問わない.よって,物品販売や飲食を主たる目的とした屋台・露店,また店舗等に雇用され宣伝の一環で行われる活動は除外する.「大道芸」の言い換えには主に,「ストリート・パフォーマンス」,「ストリート・ミュージック」を用いる.「ストリート・パフォーマンス」に関しては,なにか「もの」を製作し,それを芸術・文化的な意味合いで販売するパフォーマンスを行う場合もごくたまにある.

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2.調査内容

今年度は,ヘブンアーティスト制度・事業の調査を中心に進めた.

(1)最も検証したい課題

行政は,己の掲げる「ヘブンアーティスト」制度のビジョンをどの程度,どのように達成しているのか

(2)「ヘブンアーティスト」事業の目的

@「次代を担う人材が育つ環境を整えるため,審査により選定したアーティストに資格を与え,公共施設の一部の場として提供する.」

A「活動の場を,都民が気軽に芸術と親しむことのできる「街の中にある芸術」とし,アーティストと観客の交流を通して芸術文化を育む場とする.」

(3)調査方法

@東京都生活文化局ヘブンアーティスト課で,実際にスタッフとして働きながら内部の状況を把握しつつ,問題点を探った.また,関係者にインタビューなどをする中で,個々の事業内容について調査した.

◎特に以下の項目に着目し,問題点と改善策を導き出した.

A「ヘブンアーティスト」制度の前例とされるニューヨークの「メトロアーティスト」制度について,実際にニューヨークまで赴き調査した.(4)で要点を示す.

B基礎研究として,文献・資料(文化政策,アートマネジメント,公共空間使用,歴史学,社会学など)の収集,分析,解釈を行った.先行研究に関しては巻末に付す.

(4)調査結果

*(3)に記述した調査方法3点のうち,@とAの要点について報告をする.

@ヘブンアーティスト制度の問題点と改善策

<問題点:認定地の質>

・都が認知したパフォーマンス空間はいくつもあるが,上野以外は不人気で大道芸人はパフォーマンスをしたがらない.行政は集客率を高めたい場所を認定地と定めており,これは全くの独りよがりにすぎない.実際人々が訪れやすい,または大道芸が必要とされる場所がどこなのか理解できていない.

⇒改善策

なぜ現在の認定地には人が集まらないのか,またどのような場所なら人が集まってくるのか分析し,大道芸に最適な場所はどのような要素があるのかを見つけだす.

<問題点:審査員>

・現在の審査員は,大道芸のプロデューサー,行政人,芸能人で構成されており,贔屓が起きたり,芸人の質の見極めがきちんと出来ていなかったりしている.

⇒改善策

・審査員を変える
・市民も交えて審査するようにする.

これにより一般客の反応をみることができ,審査員のみで行う審査結果による偏りを防止できる.

<問題点:オーディション>

・現在のオーディションは,年に一度,平日に都庁前広場で行われている.そのため一般の観客はいない.

本当の「市民」受け入れられる大道芸を選考できていない恐れがある.

⇒改善策

・オーディション会場を変える
・例えば上野で大々的なフェスタがある際を想定…パフォーマンススペースのひとつをライセンス取得者のオーディション会場にする.

<問題点:予約システム>

・毎月三週目の月曜日に,電話で,次の月分の選考予約ができるが,早いもの勝ち的なところが大きい.いつも決まった芸人ばかりがいい場所を陣取っている状態.電話競争に負けた者,電話がかけられないorかけない者などは,気まずさや面倒臭さから,予約をしなくなる傾向がある.
・電話予約は,現場で手違いが生じ易く,また効率も悪い.

⇒改善策

・予約時における効率性,正確性を高める方法が必要.
・電話予約自体変えるか,他の方法も増やす(ex:WEB予約)

<問題点:パフォーマンス実施状況>

・ライセンス取得者は,最低でも年に一度は認定地でパフォーマンスをすることが求められている.
・パフォーマーの中には,「ヘブンアーティスト」ライセンス取得者,という肩書きだけを得るだけで,実際ヘブンアーティストとして果たすべき活動をしていない者が少なくない.

⇒改善策

行政は,ライセンス取得者に正しい情報を提供し,パフォーマンスをするよう彼らを導くべきである.

<問題点:ライセンス非取得者への配慮>

・ライセンス非取得者(大道芸人の卵)が大道芸をするチャンスが少ない
―ライセンス制度を設けたことで,公共空間では誰もが好きにパフォーマンスすることができない(法的規制があるため).
―予約制で,都庁前広場でだけ,極短時間,非取得者にも大道芸をすることを許しているが,それでは不十分.(実際都庁前広場は,観客少ない&地面の状態悪いため,大道芸空間としては適していない)

この結果,若手芸人は育たず大道芸のレベルは上がらない.日本の芸術文化は成長しない.

⇒改善策

ライセンス非取得者をもっと考慮した,大道芸人の支援,育成システムをつくる.
−Exライセンス非取得者への対応の柔軟性が高い制度制作に向けた提言を行う.(練習場所や練習時間帯を増やすなど)
大道芸人を育成し経営するシステムを構築する(ex 大道芸劇場)

<問題点:イベント>

・行政が主催するイベントでは,「ヘブンアーティスト in ○○」(○○の中は,新宿,渋谷,上野,秋葉原等)
・その他,各地で大道芸フェスティバルが実施されている(行政が関わるものもある)

新しいタイプのイベントがほしいところだが・・・

⇒改善策

・美術館などアート関係の文化施設内で,パフォーマンスができるような環境をつくる.
・騒音問題などで嫌われがちな音楽系パフォーマーの活躍の場が増える.

生粋の大道芸ではなくなるが,大道芸っぽい新しいパフォーマンス空間,アート空間を提供できる.

<問題点:新しいライセンス制度>

⇒改善策

ヘブンアーティスト制度の他に,更に大道芸ライセンス制度をつくる
(ホンモノの大道芸人だけに与えられるもの.厳しいルール,審査を定めるが,完全なフリースペースで活動できるシステムにする.)

Aニューヨークのメトロアーティスト制度について

ニューヨークでは,MTA(The Metropolitan Transportation Authority)という公共交通機関を統括している一大組織がある.それが,1982年当時,老朽化が著しく,犯罪の巣窟とも呼ばれていたNYの地下鉄を再生させるため,「公共交通機関による公共交通のための文化事業」を実施したのがことの始まりだ.地下鉄のホームや構内で視覚と上演系芸術もプログラムを管理するArts for Transit (AfT)と呼ばれるプログラムがつくられ,その中でも特に,MUSIC UNDER NEW YORK (MUNY)というプロジェクトが,現在のメトロアーティスト制度の基盤となっている.

●MUSIC UNDER NEW YORK (MUNY)の概要

鉄道を利用する人々がより安全で快適に鉄道を利用するために,the Metropolitan Transportation Authority's Arts for Transit office が管理運営する多くの視覚・上演系芸術プログラムのひとつである.

MUNYは,1985年に試験的なプログラムとして始まり,1987年1月に,The General Electric Foundationから75000ドルの補助金を受け,正式に開始された.このプログラムは,現在,the MTA Arts for Transit officeによって,設立され管理・運営されている.

今のところ,100組を越える個人や団体のパフォーマーがおり,そのジャンルは,クラシックからケイジャン,ブルーグラス,アフリカン,南米,ジャズといった様々なものがある現在,このプログラムのシステムを通して,毎週150組以上の芸人が,認定された約25ヶ所で活動している.

●現地調査報告
 <地下鉄構内でのパフォーマーのタイプ>
・プロ ― @ライセンスを取得し,それを使って地下鉄内などでパフォーマンスを行う芸人.
      Aライセンスを取得していないが,パフォーマンスを生活の糧として生きている芸人.

例)音楽グループに所属していて,普段はどこかで公演依頼があればパフォーマンスを行っているが,暇があれば小遣い稼ぎのために地下鉄構内や大きな駅構内でパフォーマンスをしたりもする.

・若者  ― 高校生,大学生など.自己表現,趣味として行っている.
・一般人 ― 地下鉄のホームでの演奏活動をする主婦や,所謂ふつうの人.

電車の中などでいきなり歌いだすひともいる.小遣い稼ぎのためか?

浮浪者 ― ホームレス,投げ銭(donation)が唯一の収入として生きているような人.品疎な声を張り上げ,もしくはなにかよくわからないことを呟きながら只管お金を乞う.

<3タイプのパフォーマー(地下鉄構内に限らず>

大道芸と一言に行っても,パフォーマーのタイプによって「大道芸」の捉え方が全く違ってくる.

  1. パフォーマンスを生きがいとして,スキルやモチベーションを常に高めようとしている本物の大道芸人
  2. 趣味,楽しみ,自己表現,+ちょっとした小遣い稼ぎ,という軽い気持ちから活動する若者,一般人
  3. 仕事がなく特にできることも無いので大道芸をやって生きながらえているような浮浪者
<その他,気づいたこと>
・ライセンスを取得していない人も,地下鉄構内でパフォーマンス活動をしている.
・また,どのパフォーマーも,地下鉄構内だけではなく,人の集まる公園,路上,観光地などで自由に(勝手に)パフォーマンスを行っていると思われる.
・パフォーマーは,黒人が多い.

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3.調査から得られた知見

@現行の「ヘブンアーティスト」制度自体について
調査を行う中で,ヘブンアーティスト制度を分析する際は,行政,大道芸人,観客の3つの視点から見る必要があるということに気づいた.これまで公共空間でのパフォーマンスは,行政によって禁止されていたが,ヘブンアーティスト制度ができたことにより,大道芸人と観客にとっては,以下のようなメリットがうまれたと思われる.
<メリット>
・大道芸人は,ライセンスを獲得し,アーティストとして認められることで,社会の中で地位を認められたり,制度の範囲内ではあるがそれなりに由な発想,創造活動ができるようになった.経済面からみても,東京都主催のフェスティバルに参加するなどの特権が与えられるため,収入が増えるきっかけを得ている.
・観客にとっては,身近に質の良い芸術文化に触れる場,多様な価値観を知るきっかけを得ている.

さらに,今後「ヘブンアーティスト」制度がうまく機能していくと,社会全体的に以下のような効果が生まれると思われる.
・芸術文化が保護・育成・発展され,自由で活発に発信・受信,流通できるようになる.
・既存の概念に囚われない新しい生き方,多様な価値観,クリエイティブな物や発想や活動,などが拡がる社会への一助となる.
・人々が多様な形で交流できる場が生まれる.

  だが,現行の制度には,上記したように,問題点がいくつもある.これらを,ひとつひとつ吟味し,最適な制度を確立させることが今後最も重要な課題である.

Aニューヨークの「メトロアーティスト」制度について

 現地調査から言えることとしては,制度自体はコンセプトも内容もしっかりしているが,現実の機能性としてはあまり高いとは思えなかった. 日本とも共通することだが,ライセンスを取得している人も,いない人も地下鉄構内でパフォーマンス活動を行っており,それに対し行政の取締る様子は見られなかった. 日本と異なる点は,パフォーマーの中に,所謂人々の投げ銭で生計をたてているホームレスが多くいたことだ.ニューヨークという土地に特有の,貧富の差に関する問題がそこにはあった.また,日本の観客は大道芸を少し退き目で見るのに対し,ニューヨークの観客は,何かパフォーマンスが始まるとすぐに,皆,その場に溶け込み一緒になって楽しんでいる様子が伺えた.日本には無い,人種や階級の差を越えて,ハートとハートで,触れ合い,駆け引きし,楽しみ合っているように思った.ニューヨークでは,そのような貴重でかけがえのないあたたかな人々の交流が,日常的に行われており,皆が皆,楽しみながら楽しませる,エンターテイメントの世界をつくっていると感じた.


4.今後の展望

 今年度,日本とニューヨーク(+シアトル)両方の大道芸,その制度について調査したことで,都市のサイズ・タイプ,パフォーマーの取り組み態勢・意識,住人の受け入れ態勢の違いによって,都市の中の「大道芸」の在るべき姿も違ってくるということがよくわかった.

 今後はこの調査を踏まえ,実際に有効活用できる日本に最適の制度を分析,提案できるよう研究を続けていきたいと思う.

 また,制度だけではなく,芸術論的視点からみて,大道芸の本来持つ魅力や利点を追求したい.大道芸の何がよりよい賑わいや交流の場をつくるのに有効的なのか,十分に考えていきたい.フィールドワークとしては,大道芸フェスティバルを実施しまちの活性化を成功させてきた,野毛,静岡,三軒茶屋,日立などで実際に内部に入り調査を進める.その他,海外の事例調査として,フランス,韓国などにも出向く予定である.


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5.参考文献リスト

書籍

◆大道芸
◆アートマネジメント系
◆文化政策,芸術文化政策
◆コミュニティ
◆その他

論文・論説・雑誌記事

◆大道芸の歴史
◆ヘブンアーティスト
◆公共空間利用

<大道芸>
<パブリックアート>
<アート>
<コミュニティアート>
<音環境,音楽関係>
<賑わい,魅力>
<行政>
<集客>
<公共空間>

参考URL


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