2001年度森基金研究育成費森基金成果報告書
真核生物における選択的スプライシングのメカニズム解明
政策・メディア研究科修士課程1年 小知和裕美

4.考察

1.完全長cDNA配列とゲノム配列との比較

mRNAやcDNAのエキソン/イントロンの情報を得るにあたり、BLASTによる荒い範囲決定などにより効率よくゲノムマッ ピングができるプログラムが構築された。このプログラムを利用して、選択的スプライシング候補をゲノム配列にマッピングするにあたり、cDNA同士の比較では分からなかったスプライスシングパターンの推定や、ギャップ領域の性質の検証 ができることが示唆された。その中でも特に、一方のcDNAのイントロン内にもう一方のcDNAの転写開始点もしくは転写終結点が存在するcDNAクラスターの導出は大きな成果と言える。選択的スプライシングは、一つの遺伝子から複数種のmRNA が産生されることにより産物であるタンパクを多様化するだけでなく、非翻訳領域(UTR:untranslated region)での選択的スプライシングが翻訳調節に関わっている場合もあることが報告されている[22]。今回導出された例も、このような遺伝子発現の調節に関与している可能性が考えられる。

また、Retained intronと分類されたクラスター数が予想以上に多かった点にも注目したい。選択的スプライシングは、おおむね、両端のイントロンにはさまれたエクソンのON/OFFによるとされており、イントロンのON/OFFによる選択的スプライシングは、前述の例に比べて少ないと考えられている。しかし今回の結果では、一方のcDNAではイントロンである領域がもう一方のcDNAにおいてはエキソン領域となっている例が少なくないことが認められた。よって、単なるunsplicedイントロンが混在している可能性も否めないが、イントロンが採用されたりされなかったりすることによる「スプライス・バリアント」が実際には考えられている以上に多く存在することが示唆される。

このように、ゲノムマッピングを利用した選択的スプライシングサイトの推定手法を確立したことにより、多くの新たな知見を得られたと言えよう。今後、ヒトやマウスをはじめとして、モデル生物のゲノム配列、及び、cDNA配列の情報が蓄積していくことは必至であり、このようなゲノムワイドな解析が果たす役割は大きいと考えられる。今までの研究で挙げられたマウス以外の生物種の選択的スプライシング候補はもちろん、選択的スプライシングに関した遺伝子ばかりを抽出したデータベースに含まれる、大量の既知選択的スプライシングをゲノム配列にマッピングさせることで、さらに多くの選択的スプライシング由来の遺伝子を特定することが期待される。


2.マイクロアレイデータを用いた組織特異的cDNAの特定

先行研究としては、遺伝子発現プロファイリング手法を用いて1600個のラット遺伝子のうち69個を選択的スプライシング遺伝子として特定した[23]という報告があるが、我々の研究はまず選択的スプライシング候補を特定し、それらにマイクロアレイデータを適応したという点について異なっている。選択的スプライシング遺伝子の特定に際して、前者の手法では1600個すべてについてマイクロアレイデータを作成する必要があるが、我々の手法では絞込みを行ってからマイクロアレイデータを作成するため、実験的なコストを軽減できる。この手法はポスト・ゲノム時代の transcriptome analysis の先駆けとなるものであると確信している。

また、mRNAの発現パターンを盛り込むことによって、各クラスターにおける選択的スプライシングの意義を予測しやすくなることが示された。特に、タンパク質のコード領域以外でスプライシングが起こることにより、遺伝子の発現量を制御しているクラスターがあることも今回の結果により示唆された。選択的スプライシングはエキソンを組替えることによってタンパク質の多様性を増すものであるという認識をされやすいが、遺伝子発現の制御に大きく関わっていると考えられる。

3.選択的スプライシングサイト周辺配列の解析

今回の研究では、選択的なスプライスサイトと通常のスプライスサイトにおいて、周辺配列の違いは特にみられなかった。これは、選択的スプライシングがスプライスサイトの周辺配列を認識して生じているのではなく、別の要因が関与することを示唆する結果である。今後は、今回作成したデータベースを活用してイントロン内の配列などについて解析を行い、選択的スプライシングの制御配列を導きだしたい。選択的スプライシングの指標とあるような制御配列が発見されれば、新しい遺伝子候補が発見された際に、それが真に新しい遺伝子なのか、それとも選択的スプライシングによる複数のmRNAの1つなのかを判断することが可能となる。将来的には、与えられたmRNAの配列から選択的スプライシングパターンを予測していくことを目指したい。


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